説得フェイズは中盤のテンプレって話。
「……テルス、これどうなって……そうだ居ないんだった」
どちらが上でどちらが下なのか、そして私は頭から落ちているのか足から落ちているのか、というかそもそも落ちているのだろうか。
テルスに判断を仰ごうにも此処は精神世界、入り込んでいるのは呪文を行使した私だけでテルスは現実世界であれこれ制御している……此処からは自力でどうにかするしかない。
「……ひとまず、このまま落ちていけば色々見れるのかしらね」
共鳴で精神を同調させ潜航を拡張解釈して精神世界に突入。テルスの提示したプランに追憶による記憶の閲覧を追加したのが今回の作戦、強化を加えているから余程の事がなければ現実世界に引き戻される事はない筈。
今頃現実世界の私はユピテル……もといシルウィアを抱えたままぐったりしてる事だろう、あの子達が任せられる強さになるまで待っててよかったかもしれない、ほんと。
「ただこれはどこまで……ん?」
一体何処まで落ちていけばいいのだろうと思案していると目の前に現れる真っ白な空間。奥に12時の時計はなく、まあ此処に侵入すればいいのだろうと判断する。
「んじゃ推定記憶の旅と行きましょう……どうやって記憶改竄治せばいいのかは手探りだけど」
落下し続けるこの空間で特にできる事はない。深呼吸して力を抜き、白い空間へと突入……精神世界なのに身体に力って入るもんなんだな、アニメだとよくあるけど実際に体験すると不思議な物だ。
「……」
先程ブラックアウトした視界が今度はホワイトアウト。眩しいと言うわけでもなく、暫く只々何もない風景が広がる。全く持って情報量が皆無だ、目は疲れないけど殺風景すぎて少し寂しい。
「いつまで続くのよこれ……ん?」
まさかこのままずっと落ちていく訳じゃないだろうなと思っていたら段々と周囲が形作られていく、ついでに落下する感覚もピタリと止まって生成された大地にしっかりと立っていた、正直唐突すぎて凄い気持ち悪い。
「……ははあ、此処から」
目の前でキャンバスに絵の具を塗るように風景、建物、そして人ができていく。これが……多分、彼女の記憶。多少モノクロになってるのは改竄の影響なのだろう……あーなるほど。
「要するに私が全部見てやればいい、と」
私と言う精神世界の観測者を作ることでシルウィア・ウヌスという人物の記憶を整理する、テルスがやろうとしていたのはそういうことだろう。要するに封じられている記憶を全部引っ張り出してやればいいのだ。
「なるほどね……じゃあ、映画を観る感覚でやりましょうか」
別に戦う訳でもないしそこまで気を張る必要はない、ポップコーンでもあれば最高……って言うのは流石に油断し過ぎか。ともかく、しっかりとシルウィア・ウヌスという少女の記憶を閲覧しよう。
『おかあさん、かえってくるよね?あのでっかいのやっつけたんだから、かえってくるよね?』
『シルウィア……』
……最初の映像は研究室のような場所で涙目になりながら父親であろう男性の裾を掴む女の子の姿。これが幼少期の彼女か、時系列的には……ティフォンとやらと彼女の母が相打ちになった時か。
『かえってくるって、いってよ。おとうさんがつくったんでしょ!?だからだいじょうぶなんでしょ!?』
『……すまない』
『っ……うぅ……!』
母親の死を受け入れられず泣き喚いている、物凄く痛々しい。受け入れてしまった私とはえらい違いだ、いや、これは私が異常なだけなんだろうな。
(……母の死は、当時の私には到底受け入れられないものでした。大好きだった肉親が唐突に失われたと、そんな事信じたくなかったのです)
……この声は。
「……シルウィア・ウヌス?」
(だと、思います……色々と曖昧で、貴方が見ている記憶から、どうにか私という存在を出力しているようなものですが)
「なるほどね……」
私の仮定は無事当たっていたようだ。つまりこのまま記憶を閲覧していけばユピテルという人格に蓋をされたシルウィア・ウヌスを引っ張り出せる、だったら早く進めよう。
「じゃあ次に行きましょう、早く貴方と話したい事があるの」
(……分かりました)
目の前の風景が再び描き直される。今度は……学校だろうか?随分と端の方の机で1人座っている、なんなら周りに誰もいない……ぼっちか。
(レムス・ウヌスはティフォンからケイオスを救った英雄として周知されました。そして私はその娘……周囲から特別、というか浮いた扱いになるのは当然の帰結でした)
「あるあるね」
身内に凄い人がいるので周りがよそよそしくなる、結構あるパターンだ。本人は普通に接してほしいのに周囲は……想像すると凄い気怠くなるな、ほんと。
(結果として私は父と同じ魔術デバイスの開発に傾倒しました。母は死んだと確定した訳ではなくクロノデバイスを残して消えた、もしかしたら別の世界に飛ばされたのかも、と……淡い希望を信じて)
「それは表向きの理由?」
(……私は「特別」なんかじゃない、ただの……ただの人間なんです。でも、私をそう扱ってくれるのは家族だけで、父は仕事で帰る事は稀で……一緒に居るためには、そうするしか)
「……世知辛いわね」
なんだってこう科学者系の親は家に帰らないことが多いんだ、当時の彼女子供も子供だろ?時間作ってやれよ……
「で、カオスデバイス製作へと繋がる、と」
(あれは父と私の合作です。基礎理論は父が、呪文の同時行使理論は私が……ただ、試作品は制御機構なしでは暴走の危険性があるため制御用AIを搭載する必要がありましたが)
「ああ、そういうこと」
(はい、貴方のカオスデバイスに搭載されたAI……テルスが開発された経緯です)
「それだけのためにしては随分と人間くさいのだけれどあいつ……まあいいわ、次行きましょう次」
風景を三度描き直す。今度は……また研究室か、カオスデバイスの前で親子揃っている。
『今、なんと?』
『先の通りだ。カオスデバイスは設計図を抹消し、存在しなかったものとする。これを今のタルタロスに渡すわけにはいかん』
『ではこの試作品は……』
『そのまま破棄した所で見つかればサルベージされる、誰かが隠し持ち、守りきるしかない……やってくれるか、シルウィア』
『……そうするしか、ないんですね』
『すまない……あいつの計算が正しいのか私にもまだ分からんが、リソース確保の為に他の世界を侵略するのは正しいことではない。そして娘の願いをそのような行為に利用させる訳にはいかん』
『父さん……』
……そういえばあいつ言ってたな、封印のリソースがどうのこうのって。
(この後父はカオスデバイスにテルスを搭載し設計図を含めたすべてのデータを消去。自らも姿を隠す事になりました……それは私も同様です)
「辛くはなかったの?」
(……平気だったと言えば嘘になります。今度は父とも離れ離れになって、バレたらすぐに襲われるであろう生活、息が詰まりそうで……諦めたくなったこともありました。大人しくカオスデバイスを渡してしまえば楽になるのでは、とも)
「……」
(けど、それは父を裏切る事になってしまう。それは嫌でした、ただ私はいつまでも隠し通せる自信なんてなかった……だから)
今度は勝手に風景が描き変わる、シルウィア・ウヌスという人格が順調に復活してきている証だろう。
んで……また研究室?彼女1人だけど……ってああ。
『ごめんなさいっ、テルス!私には……私には、無理です、戦えません!』
『シルウィア、それを気に病む事はない。君は戦士ではないのだから』
『だから……無責任だけど、これしかないんです……貴方を守ってくれる誰かに、貴方と……戦うための力を、託して……!』
『分かっている。どのみち最適化していない君では私を扱えない、ディーデバイスの適合率もそこそこ止まりだ。最良の決断と判断する』
『……許して、くれますか?』
『構わない、私は機械であり、人の命令に従う物だ』
『……ありがとう、ございます』
(こうしてカオスデバイスとディーデバイスはこの世界へと送られました。そして……貴方が偶然それを拾ったのでしょうね)
「ええ、ほんと、些細な偶然だったのだけれど」
あの日デバイスを拾ったのは本当にたまたまだった。色々あって今日までずっと戦ってきてしまったけど……これさえ終われば引退できるんだ、早く引っ張り出して……あれ。
この時拾ったディーデバイスってどうなったんだったかな……まあいいか、今は関係ない。
(拾ってくれたのが貴方でよかった。お陰でこうして今日までテルスは奪われずにいる)
「それはいいのだけれど……カオスデバイス結局2つ目作られてるじゃない。ロムルスさんに何かあったんじゃ?」
(……いえ、違うのです)
また勝手に描き変わる。記憶改竄のことを考えるとこれが最後になりそうだが……っておい。
『やーっと見つけた。ロムルス博士の方は音沙汰も分からないけど……やっぱりまだ子供ね、シルウィアちゃん?』
『何が、目的ですか……!』
『そりゃあもう、ねえ?私達が現在進行形で手を焼いてるアレについて、ちょーっと教えてほしいかなって』
『あれ……?』
『とぼけなくていいのよ……勿論、カオスデバイスの事』
『!?』
「バッカス……!」
タルタロスの魔導士の中で最も性根がカスでやり方が悪どくて周囲からの評価も低いあいつが……いやまあ納得はするが。他の魔導士がオリンピアや私への対処に追われていた都合上フリーで動けるのはこいつくらいだし多分時期的に4つのデバイスも奪われ始めた頃だろう。
『話す気なんかありませんっ、いっそ……!』
『ま、別に話さなくてもいいのよ?無理矢理聞き出すだけだから……いや、覗くって言った方が正しいかしらね?』
『……っ!』
『はーい逃げない、どうせ無駄なんだから抵抗はしないほうが身のため……じゃ、行きましょうか♪』
(……これがシルウィア・ウヌスとしての最後の記憶です)
「……そういうことね」
要するにバッカスはシルウィアを最適化する事でカオスデバイスの情報ついでに製造もできるようにした、と。あいつらしいやり方だ、合理的すぎて反吐が出る。
(後は……まあ、お察しの通りです。タルタロスの魔導士としてカオスデバイスを再製造し、4つのディーデバイスを持って逃げたオリンピアの住人を追い、貴方と戦って……)
「ええ、だから見る必要はない……そろそろ、いいんじゃないかしら?」
(……)
景色が真っ白な空間に戻り、目の前で人の姿……シルウィア・ウヌスが形作られる。もう一息、って所か。
「……正直、このまま殺してくれた方がマシです。私は父を裏切って、願いも果たせず、恩人である貴方にまで刃を向けた……もう、耐えられない」
「そう」
「私は悪くない?そんなの言われたって何の慰めにもならない!やってきた事は変わらない、今更やり直そうだなんて言われても過去からは逃げ出せない!もう、助かりたくなんてない……」
「……はあ」
重症、である。見た感じかなりメンタル弱そうだったし仕方のない事ではあるか。ほんっとこういうのが1番面倒なんだけど……約束しちゃったしなぁ。
「別に私個人としてはどうでもいいのよ、貴方がどうなろうと関係のない事。選択の結果困るのは貴方だし戻りたくないというのなら受け入れて見捨てるつもりだったし」
「だったら……「でも」……?」
「貴方にそうされると困るって奴にお願いされちゃったから。結果的にどうでもよくなくなってしまったわ……はあぁ、ほんっと面倒ね。お願いしてきた奴も、それを作った貴方も」
「テルス……」
お前の面倒くささもしかして開発者譲りじゃないのテルス?
「だから貴方がどういうつもりだろうと無理矢理にでも引っ張り出すわ。だって面倒だもの、約束を反故にしたら困るのは私よ?一生恨み言言われるじゃない」
「……けれど私は……」
「だまらっしゃい、これは決定事項。そもそも殺すつもりだったらこんな面倒なことわざわざしないのよ、わかる?」
「……」
こういうのに効くのは言い訳の隙を与えない事。まずはとにかく引っ張り出す、話を聞くのなんかその後でいい。
「だからさっさと戻ってきなさい、あいつと……回り回って私のために。貴方のためだとか一切思ってないし考慮しないわ」
「なんか、ずるいです。何言っても聞く気ないじゃないですか」
「私は面倒事が嫌いなの、わかる?分かったのならさっさと手を取りなさい、分かってないのなら手を取らせなさい」
「……でも、ありがとうございます」
「何がよ」
強引に詰め続ければやっと手を伸ばしてくれた、後は掴むだけだが……
「……テルスを拾ってくれたのが、貴方でよかった」
「はいはいそういうのは後で聞くわ……さあ、行きましょうか」
「……はい」
外はまだ戦ってるんだからいつまでも無防備じゃいられない。さっさと手を掴めば視界が本当の意味で真っ白になっていく。
「先に言っておくわ、逃げたら追うから」
「……心配しなくても、逃げませんよ」
これで記憶干渉は完了、だろう。さあ、戻らなくては。
「……ん」
目覚めたらそこは市街地でした、と。不思議な事に戦闘音は聞こえない、私がやっている間に撤退でもしたのだろうか。
『ユノ』
「テルス、状況は?」
『ネプトゥーンとメルクリウスは撤退した。ユピテルの奪還が困難と判断したのだろう』
「そう、あの子達は?」
『彼女達なら……』
「ユノさん!」
「……ああ」
変身解除しているあの子達が駆け寄ってくる、本当最初に比べれば見違える程強くなったものだ。後は安心していいな。
「その……上手く、行きましたか?」
「はあぁ……あのねぇ、逆に失敗すると思ってたの?」
「いやそういう訳じゃ……」
「安心しなさい」
まあ、ともかく。
「ちゃんと成功よ……よくやったわね、貴方達も」
これでようやく、引退できそうだ。




