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この恋は上書き保存できない  作者: 永井一花
第五章 さよなら、運命の恋
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第二十三話

 週明けの月曜日の朝。廊下を歩く私の足どりは重かった。

(どうしよう。緊張してきた……)

 教室に一歩、足を踏み入れる。すると、教室で喋っていたクラスメイトの視線がいっせいにこちらに向けられた。

(え、なに?)

 けれど、すぐにその視線はそらされる。気になったけど、今の私はそれどころじゃない。

 私が彼の姿を探していると、

「ねぇねぇ、目黒さんって倉田くんと付き合ってるんでしょ!?」

 クラスメイトがすごい勢いで私に近寄ってきた。

「え?」

 気がつくと、教室は静まりかえっている。みんなは何気なくこちらの会話に耳を澄ませていた。

「私見ちゃったんだよね。倉田くんと目黒さんが抱き合ってるとこ! しかも目黒さん、今までよりメイクとか髪型とかすっごい気合入れてたじゃん! 本当に好きなんだねぇ!」

「ち、ちが……」

 凪くんからの告白は、あの後断っていた。ファッションに気合を入れたのは楓ちゃんのためで、でもそれを言うのは憚れる気がした。

「否定しなくていいよ~、確かに乗り換えるの早いなぁとは思ったけど。渡会くんも納得してるみたいだったし!」

「納得、って?」

「目黒さんたち付き合ってるみたいーって言ったら、別に関係ないって。ちょっと冷たいよねぇ」

「!」

(そんな……)

「ていうか、大智くんは……」

「あ、なんか学級委員の仕事があるとかで職員室に行ったみたいだよ~」

 その言葉に、私は教室を飛び出した。

 大智くんが美宙を好きでも、私はやっぱり彼が好き。凪くんに告白されて、私は改めて思った。

 だから今日は頑張って声をかけようと思っていたのに。

 でも、大丈夫。楓ちゃんのためだったって言ったら、きっとわかってくれるはず。私が早足で階段を駆けおりていると、のぼってきた人とぶつかりそうになった。

「あ、ごめんなさ――あっ」

 大量のノートを持った大智くんが、私をよけた反動でノートを落としてしまった。拾おうと手を伸ばすと、

「――いいからさわんな」

 すべてを拒絶するような冷たい声音に、体が凍りついた。

 なんで? 前まではそっけなかったけど、こんな風に拒絶することはなかったのに。やっぱり凪くんの話を聞いたから?

「あの、ちがうの、私、凪くんと付き合ってない! 楓ちゃんのお見舞いに行っただけで、私は大智くんのことが……」

「つーか、おまえ誰? 大智くんって、なれなれしすぎてこえぇんだけど」

「――えっ?」

 彼は軽蔑したような冷たい目を私に向けると、ノートを集め立ち上がり歩き出した。

「待ってよ、私たち付き合ってたじゃん。私のこと好きだって言ってくれたじゃん……それなのにもう、忘れちゃったの!?」

 彼の制服の裾をつかむと、彼は心底嫌そうな顔でふり向いた。

「気持ち悪いよ、おまえ。付き合ってたって、なに? 本気で言ってるなら病院行った方がいいぞ」

 バッと勢いよく私の手をふり払うと、彼は逃げるように早歩きで私から離れていった。

「嘘……本当に、忘れちゃったの?」

 彼と別れて二週間が経っていた。正直、私は美宙が好きでもちょっと気になっている程度かと思っていた。でも、そんなことはなかった。大智くんはもう、本当に美宙を好きになっちゃったんだ……。


 それからの私は、何をしていたのか全くわからない。ただ授業中に泣き出さないように必死で、気がつくと放課後になっていた。

「それじゃ、今日のホームルームは席替えをするぞー」

 担任の先生の声に、教室は色めきだった。でも、私の心はどんどん冷えていく。

(そんな……このタイミングで席替えなんてしたら……)

 さっき私を忘れたのは一瞬だったのかもしれない。もしかしたらまだ望みはあるのかも。そう自分を奮い立たせていたが、席替えしてしまうと話は別だ。席が離れたら大智くんとの心の距離まで一気に離れてしまいそうで――。

 横目で大智くんをうかがう。彼は「ぜってー前の席にはなりたくねぇ」と言って、先生は「渡会が前の席になったら学級崩壊待ったなしだな」と嫌そうな顔をした。

「ひでぇ! こうなったらガチで学級崩壊させてやる!」

 彼のそんな冗談に、笑い声が上がる。大智くんは私のことなんて気にしていない。それがとても悲しかった。

 先生が作ったくじを出席番号順に引いていく。

「ねぇ、どこの席だった?」

「えー、近くじゃん!」

 くじを引いた人たちがお互いのくじを見せ合って盛り上がっている。

(どうか、大智くんと近くの席になれますように……!)

 心の底から祈りながら、箱の中に手を突っ込みえいっとくじをつかむ。席は前から二番目の一番右端の席だった。

 席に戻っても、大智くんは私に話しかけてこない。一番最後の大智くんがくじを引く。

「なんだ、また同じ席じゃん。奇跡じゃね!?」

 大智くんはくじを周りに見せびらかし、楽しげに笑っていた。

 彼の近くどころか、こんなにも離れてしまうなんて。みんなが席を移動しはじめ、私も渋々立ちあがろうとしていると、

「光莉、よかったら交換しない?」

 美宙がこそっと耳打ちしてくる。美宙の席は前の私と同じ席だ。つまり――大智くんの隣の席。

(よりによって美宙なんて……)

 彼女と交換したら大智くんの隣の席になれる。本当はまた彼と隣になりたい。でも……。

「椎名の席どこなの?」

 大智くんが美宙が持っていたくじをひょいっとつかんだ。

「あ……」

「なんだ。隣の席じゃん! よろしくな」

 美宙に笑顔を向ける大智くん。その表情には、私への未練など一切感じさせなかった。

(やっぱり私のこと、もう完全に忘れちゃったの……?)

「で、でも……」

 私の方をちらりと見て、美宙は気まずそうにしていた。

「前に好きって言ったこと気にしてる? 大丈夫だよ。椎名にしつこく言い寄ったりしねぇから」

 その言葉にずきりと胸が痛む。

 私にはかなり積極的にアプローチしていた。でも、美宙にはしないんだ。本当に好きだから彼女のためを思って遠慮してるのかもしれない。

 大智くんが積極的だから、それほど私のことが好きなんだと思っていた。でも、それは全部私の勘違いだったんだ……。

「移動しねぇの?」

「!」

 二週間ぶりに彼から話しかけられ、心臓が止まりそうになる。

 でも、大智くんは迷惑そうな目でこちらを見ていた。

 私を気にしてじゃなくて美宙と早く隣に座りたいんだと気づいて心が冷える。

「ごめん、移動するね」

 私が席を立つと、彼は興味を失ったように私からもう視線をそらしていた。

 私がとぼとぼと新しい席に移動すると、

「光莉ちゃん、僕の前なんだね。近くてうれしいよ」

 凪くんに話しかけれられ、沈んでいた気持ちが少しだけ浮き上がる。

「うん、私が授業中指されて答えられなかったら、こっそり答え教えてね」

「わかった。間違った答え教えるね」

「ちょっと!」

 凪くんはおかしそうに目を細めた。

「……倉田くんってそんなキャラだったっけ?」

 凪くんの隣の席の女子が、目をまるくしている。

「倉田くんが冗談言ってるの、初めて見たかも」

 彼女に言われても、凪くんの記憶を失っている私はいまいちピンとこない。私が記憶を失ってから接している凪くんはずっとこんな感じだったと思うけど……。

「冗談じゃないよ。僕は本気」

 真顔で答える凪くんは、私が知っているいつもどおりの彼だった。でも、彼女はそう思わなかったらしい。

「ずっと思ってたけど、目黒さんと倉田くんって仲良いよね。それに呼び方だって……」

 あれは私が間違えたのを凪くんが気を使ってくれただけだ。

「二人ってやっぱり付き合ってるの?」

 もう大智くんと別れたってみんなは思っているようだ。私が悲しくなっていると、

「付き合ってないよ、僕の片思い。ね、光莉ちゃん?」

 凪くんが私に微笑みかけた。

「えーっ!」

 周りの女子が悲鳴を上げる。

「目黒さんモテすぎてうらやましい。渡会くんだけじゃなく倉田くんまで……」

「目黒さんは倉田くんと付き合わないの!?」

「えっと、私は……」

 ちらりと後ろを見る。そこには楽しそうに話す大智くんと美宙の姿があった。

「そっか。目黒さんまだ渡会くんを……」

「えー、でも私だったら倉田くんと付き合っちゃうなぁ。それで渡会くんの気も引けるし」

「目黒さんはあんたと違って純粋なんだよ」

 女子たちが話す声も私の耳には入らなかった。

 このまま二人は付き合っちゃうのかな。なんだかいたたまれなくなって、「ごめん、用があるから帰るね」と私は教室を出ていった。


 大智くんと美宙、あのまま付き合っちゃうのかな……。

 とぼとぼと私が校門を出た時だった。

「ねぇ、君、うちの高校じゃないよね?」

 その声に何気なく視線を向けると、三浦さんが男子二人に話しかけられているようだった。

「もしかして彼氏待ってる?」

「よかったら俺らと遊ばない? 彼氏よりも楽しませてあげるよ」

 その軽薄な物言いに、思わず顔をしかめていた。三浦さんならズバッときついことを言って退散させるはず。そう思っていたのに、彼女はうつむいたままだ。

「ほら、行こうよ」

「君、何年生? 可愛いね」

 男子のひとりが彼女の手をつかむ。その時、三浦さんはこちらを見た。

 私と目が合う。彼女はまるで私に助けを求めるような泣きそうな目をしていた。

(三浦さん……?)

 彼女ならナンパくらい軽くあしらいそうなものなのに、どうしたんだろう。

 私は彼女が苦手だった。このまま通りすぎようかとも思ったけど、あんな顔をされては気になって仕方がない。

「ごめん、待ったー?」

 明るい口調をとりつくろい、三浦さんに声をかける。

「え?」

「遅くなってごめんね。早く行こう」

「う、うん」

 とまどいながらも、三浦さんが頷く。

「なぁ、彼氏じゃないなら俺らと――」

「ごめんなさい、この子彼氏いるので!」

 何も喋らない三浦さんの代わりに断ると、男子たちはそれ以上は言ってこなかった。多分あの男子は一年生だし、先輩とはもめたくなかったのかもしれない。

 しばらく歩き、男子たちが追ってこないと確信したところで、

「そういえば、誰か待ってたの? 大智くんとか?」

 三浦さんに尋ねると、彼女は弱々しくうなずいた。

「大智じゃない。あなたのこと待ってた」

「私? あぁ、大智くんに近づくなとか、そういう? でも、もう意味はないんじゃないかな。だって大智くんとはもう別れたし」

「な、なんで!?」

 彼女は突然私の肩をつかんだ。

「やっぱりウチのせい? ウチが邪魔したから?」

「ううん、違う。私、きっと大智くんに夢を見すぎていたの。大智くんだって彼女がいても他の子を好きになる普通の男の子だって、認めたくなかったから」

 彼が転校して離れていた時、三浦さんを気になったこと。そして、私と付き合っても美宙を好きになったこと。

 私が他の子に負けないくらい努力していたら、大智くんは私を好きでいてくれたんだろうか。そんなことを考えても、もう意味はないけれど。

「違う! 大智はずっと、あなただけが好きだった。昔からずっと、今だって……」

「とにかく落ち着こうよ」

 通行人が何事かと私たちを遠巻きに見ていた。三浦さんは我に返ったように私の肩から手をはなす。

 大智くんが今好きなのは美宙だ。それに一度は三浦さんを好きになった。

 彼がずっと私を好きだったなんてありえない。

「話があるの。この後、時間ある?」

 でも、三浦さんの真剣な表情に、私はうなずいていた。


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