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第17話 家を持たない人

古文書の話は住人へ広がった。


オルドは聞くなり怒った。


「なんじゃ、その勝手な決まりは」


「大地に言ってください」


ヨナスが笑う。


「笑い事か」


「理由が分かっただけ、楽になりました」


オルドは不満そうだったが、それ以上言わなかった。


ミレイだけは違った。


夜、診療所で薬草を整理しながら言う。


「自分で建てられないだけですよね」


「何がです」


「家」


手が止まる。


「古文書には、自分で建てられないとしか書いていない」


「だから?」


「誰かに建ててもらえばいい」


ヨナスは笑った。


「私一人のために、誰かの時間を使わせる必要はありません」


ミレイの手が止まる。


「また」


「何がです」


「必要かどうかを、自分一人で決める」


胸を突かれる。


「あなたは誰かに何かを渡す時、その人が申し訳ないと言ったらどうします?」


「気にしないでください、と」


「言うでしょう」


「はい」


「じゃあ、自分にも言ってください」


パン。毛布。お帰り。ここにいて。


ヨナスは少しずつ受け取ってきた。


でも大きなものは、まだ怖い。


「……練習ですね」


「そう。ずっとやってるでしょう」


二人は笑った。


ヨナスは思う。


家を持てなくても。


こういう時間があるなら、それでもいいのかもしれない。


まだ、その程度だった。


能力の真実を知ってから、ヨナスは自分の寝場所を以前ほど意識しなくなった。


不思議だった。


理由が分からない時は、拒絶されているようで苦しかった。今は「そういう力なのだ」と分かると、少なくとも自分の価値を否定されているわけではないと思える。


ただし、周囲の人間は納得していなかった。


「診療所の空き部屋をヨナスの部屋にすればいい」


バルトが言う。


「患者が増えたら困る」


「じゃあ広場の横へ普通に小屋を建てる」


「私一人のために?」


「何が悪い」


ヨナスが首を振ると、今度はエナが言った。


「私たちの家に一部屋足します?」


「リクが喜びます」


「それはさすがに」


ヨナスは困り果てた。


皆が本気で自分の寝床を考えている。


その事実自体が居心地悪く、それ以上に嬉しい。


でも受け取ることはできない。


自分だけのために材料や時間を使わせることが、どうしても贅沢に思えた。


ある夜、オルドが言った。


「お前さん、自分を客だと思っとるじゃろ」


「客?」


「ここへ来た人間へは何でもする。自分は世話になる側へ回らん。ずっと旅人のつもりじゃ」


ヨナスは否定しようとして、できなかった。


「雨宿って名前をつけたのは誰じゃ」


「私です」


「誰でも休める場所にしたいと言ったな」


「はい」


「なら、お前さんも『誰でも』の中に入っとる」


オルドはそれだけ言って去った。


ヨナスは広場に残り、長い間考えた。


自分を例外にする癖。


ミレイにも何度も言われた。


それは謙虚さではなく、自分を人の輪から外す方法なのかもしれない。


翌朝、ヨナスは一つだけ試した。


「ミレイさん」


「はい」


「診療所の空き寝台、今日だけ借りてもいいですか」


ミレイは驚いた顔をした。


「熱でも?」


「違います。昨日あまり寝てなくて」


「もちろん」


ヨナスは半日だけ昼寝をした。


誰も文句を言わなかった。


起きた時、枕元にリクが置いた木の実が三つ並んでいた。意味は分からない。


「お見舞いだそうです」


ミレイが笑った。


「病気じゃないんですけど」


「リクにとっては寝てる人は皆お見舞い対象らしいですよ」


ヨナスは木の実を掌へ乗せた。


何もしない自分へ、誰かが何かを持ってきた。


それだけで胸が温かくなる。


その夜、ミレイが「受け取る練習」と言った意味を、少し理解した。


受け取ることは、相手へ負担をかけるだけではない。


相手が「渡したい」と思う気持ちを受け入れることでもある。


それでも家一軒となれば、まだ大きすぎた。


ヨナスはまさか、町の人々が自分に内緒で本当に家を建て始める日が来るとは想像もしなかった。


この頃、雨宿の外では王都との緊張が高まっていた。


中では人々がヨナスを輪の内側へ引っ張り、外では王都がヨナスを「危険な力」として切り離そうとする。


その二つの力の間で、ヨナス自身がどちらを自分の居場所として選ぶのか。


答えは、もう半分出ていた。


この頃、ヨナスは寝る前に「今日受け取ったもの」を一つ思い出す癖をつけた。ミレイに言われたわけではない。自分で始めた。


パン一切れ。誰かの手伝い。オルドの冗談。リクの木の実。


何かを受け取ると、自分が借りを作ったような不安がまだあった。そこで翌日に必ず返そうとせず、まず受け取ったまま一晩置いてみる。


不思議なことに、それだけで少し楽になった。


人間関係は帳簿ではない。


すぐ等価に返さなくても、長い時間の中で行き来すればいい。


雨宿で暮らすことは、ヨナスにその感覚を教えていた。


ヨナスは時々、自分がもし普通に家を持てたら何を置くか考えるようになった。


作業机。


本棚。


大きすぎない暖炉。


窓は東向き。


以前なら、そんな想像を始めるとすぐ「自分には無理だ」と止めていた。今は最後まで想像してみる。


それだけでも、少し変化だった。


欲しいと思うことと、奪うことは違う。


自分の望みを認めることまで禁じる必要はない。


最終話で実際に与えられる家は、偶然にもヨナスが想像していたものとよく似た小さな暖炉と作業机を持つことになる。ミレイが何気ない会話から覚えていたからだった。

挿絵(By みてみん)

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