第十一話「種」
第十一話「種」
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「お前の思いも、きっと届く」
西行のその言葉が、真魚の胸の中に残っていた。
届く。
でも何を届ければいいのか。
どうやって届ければいいのか。
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次に飛んだとき、
西行はいつもと違う場所にいた。
草原の真ん中だった。
空が広かった。
風が気持ちよく吹いていた。
西行は立ったまま、遠くを見ていた。
真魚が現れると、西行は振り向いた。
今日は、真魚の方を向いていた。
それだけで、今日は何か違うと真魚は感じた。
西行はしばらく真魚を見てから、静かに言った。
「今日で、わしの歌の旅は終わりだ」
真魚は胸の中に、何かが落ちる感覚がした。
終わり。
「まだ聞きたいことがあります」と真魚は言った。
「聞かなくていい」と西行は言った。
「お前はもう、十分わかっている」
真魚は黙っていた。
西行は空を見上げてから、ゆっくりと言った。
「一つだけ、最後に伝える」
真魚は西行を見た。
「歌とは何か、わかるか」
真魚は首を振った。
西行は草原の風を感じながら、静かに言った。
「やまとうたは、人の心を種として、
よろづの言の葉とぞなれりける」
真魚はその言葉を頭の中で繰り返した。
「日本の歌は、人の心を種として、
万の言葉の葉となったもの。
古今和歌集の仮名序の言葉ですか」
「そうだ」と西行は言った。
「歌は、心から生まれる。
技術ではない。
知識でもない。
まず心が動く。
その後に言葉が来る」
真魚は黙って聞いていた。
「美しいと思う心。
寂しいと思う心。
懐かしいと思う心。
面白いと思う心。
不思議だと思う心。
そうした感情がまずあり、
その後に言葉を選んで歌になる」
西行は真魚を見た。
「お前には、その心がある」
真魚は少し驚いた。
「私に、ですか」
「土地の名前の由来で思いをはせることが出来る心。
見えすぎて疲れる心。
図書室の隅で本の中の人たちと話す心。
孤独の中で静けさを見つける心。」
西行は一つ一つ、ゆっくりと言った。
「それが全部、種だ」
真魚は目が熱くなるのを感じた。
自分の孤独が、
自分の見えすぎる目が、
自分の居場所のなさが。
全部、種だったのか。
無駄じゃなかったのか。
「泣くな」と西行は言った。
でもその声は、優しかった。
真魚は涙をこらえながら言った。
「でも私は、まだ歌を詠んだことがありません」
「だから言っている」と西行は言った。
「種は、蒔かなければ花にならない」
風が吹いた。
草原の草が、一斉に揺れた。
西行はその風を受けながら、
最後にこう言った。
「後は、お前の心を動かす番だ。
心を動かして、真魚らしい歌を作っておくれ」
真魚は顔を上げた。
真魚らしい歌。
今まで誰にも、そんなことを言われたことがなかった。
真魚らしくいることを、求められたことがなかった。
学校では、目立たないことが正解だった。
笑うタイミングを合わせることが、求められていた。
でもこの人は、真魚らしい歌を作れと言った。
「はい」と真魚は言った。
それだけだった。
でもその一言に、真魚の全部が込められていた。
西行はそれを聞いて、静かにうなずいた。
そして、風の中に溶けるように、消えた。
真魚は草原に一人残された。
風が吹いていた。空が広かった。
真魚は空を見上げながら、思った。
種は、ある。
あとは、蒔くだけだ。




