第十話「旅の果てに」
第十話「旅の果てに」
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「お前は、少しずつわかってきたな」
西行のその言葉が、真魚の胸の中に残っていた。
わかってきた。
でも、まだ全部はわからない。
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次に飛んだとき、西行は街道を歩いていた。
真魚が現れると、西行は歩みを止めずに言った。
「ついてこい」
真魚は西行の後をついていった。
二人で並んで、道を歩いた。
どこへ向かうのかわからなかった。
でも真魚は、それでよかった。
やがて西行が口を開いた。
「この歌をどう読む」
「道のべに 清水流るる 柳かげ しばしとてこそ 立ちとまりつれ」
真魚は歌を頭の中で繰り返した。
道のほとりに清水が流れている、そのそばの柳の木陰よ、
ほんのちょっとと思って立ち止まったのだが。
「少しだけ休もうと思ったのに、気づいたらずっといてしまった。
それほど心地よかった。という歌ですか」と真魚は言った。
「そうだ」と西行は言った。
真魚は歩きながら言った。
「私にとっての図書室みたいな場所ですね。
少しだけ逃げ込むつもりが、
いつの間にか一番落ち着く場所になっていた」
西行はその言葉を聞いて、わずかにうなずいた。
「旅の途中に、そういう場所がある。
長居するつもりはない。
でも足が止まる。
心が止まる。
そういう場所が、歌を生む」
真魚は柳の木陰を想像した。
清水の音。
木陰の涼しさ。
旅人が一人、そこに立ち止まっている。
「立ち止まることは、悪いことじゃないんですね」と真魚は言った。
「立ち止まらなければ、見えないものがある」と西行は言った。
「急いでいては、清水の音も聞こえない」
真魚はその言葉を胸にしまった。
立ち止まることで、見えるものがある。
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しばらく歩いてから、西行が次の歌を口ずさんだ。
「何事の おはしますをば 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる」
真魚はゆっくりと言った。
「何がいらっしゃるのかはわからないけれど、
ありがたくて涙がこぼれる。
伊勢神宮で詠んだ歌ですか」
「そうだ」と西行は言った。
真魚は少し考えてから言った。
「わからないのに、ありがたいって思えるんですね。
何かを証明できなくても」
「そうだ」と西行は言った。
「理屈ではない。ただそこにある大きなものに、
心が動いた。それだけだ」
真魚はその言葉を聞いて、思った。
歌って、そういうものかもしれない。
うまく説明できなくても、心が動いた瞬間がある。
その瞬間を、言葉にする。
理屈じゃなくて、感じたことを。
「私も、うまく説明できないけど心が動くことがあります」
と真魚は言った。
「土地の名前の由来を調べているとき。
苗字の意味を知ったとき。
昔の人がそこにいたんだと思うと、なぜか胸が痛くなる」
西行は真魚を見た。
「それが、お前の心の動く場所だ」と西行は言った。
「大切にしろ」
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やがて二人は高い場所に出た。
遠くに富士山が見えた。
山頂から煙がたなびいていた。
西行は富士を見ながら、
歌を口ずさんだ。
「風になびく 富士の煙の 空に消えて 行方も知らぬ わが思ひかな」
真魚はその歌を聞いて、静かに言った。
「風になびく富士の煙が空に消えていくように、
私の思いもどこへ行くのかわからない。」
西行は黙っていた。
真魚は富士の煙を見ながら言った。
「思いって、どこへ行くんでしょう」
西行はしばらく黙っていた。それからゆっくりと言った。
「わからない。でも消えはしない」
真魚は煙を目で追った。
空に溶けていくように見えても、
消えてはいない。
形を変えて、どこかへ行く。
「西行さんの歌も、消えていないですよね」
と真魚は言った。
「千年経っても、私のところに届いている」
西行は富士を見たまま、何も言わなかった。
でもその横顔が、かすかに緩んだ気がした。
風が吹いて、煙がたなびいた。
真魚はその煙を見ながら思った。
自分の思いも、いつか誰かに届くだろうか。
自分の歌が、いつか誰かのところへ飛んでいくだろうか。
「お前の思いも」と西行がぽつりと言った。
「きっと届く」
まるで真魚の心を読んだように。
風が、二人の間を静かに吹き抜けた。




