18話
ある夜に行われたマリンとの密談を終えてから私は両親に旅に出たい話をしようと思っていた。
でも、年のせいか腰を痛めたり、体力が衰えてきたりと何かと生活に支障をきたしている両親をみるとその決意も揺らいでしまう。もし私が旅に出たら二人はどうなるのかと、拾ってここまで育ててもらった恩をどうするのかと、たくさんの悩みが自分の頭の中でぐるぐると駆け巡っている。
その悩みを抱えながら気づけば薬草師の試験の1か月前になっていた。
お父さん達には隣の島でその試験を受けることは勉強を始めた頃に言っていたけれど、その目的はずっと今も言えずにいる。
理想を追えば追うほど、現実との差に気づかされ悩みの底にずっといるような感覚になる。
自分がもしお父さん達に拾われなければ、もし私が本当の両親を失ってなければなんてありもしない妄想をしてしまう、本当にこんな自分が嫌になる。
そんな私の異変に気付いたのかお父さん達は心配そうな顔でどうしたのかと聞いてくれるけど、何でもないと言ってはぐらかすしかなかった。
それが続いてなのか、もうこれ以上私のことをほっておけないと思ったのか、それとも何かあったのか、お父さん達が私を呼び出して話し合いをしようと言ってきた。
「カリナ、最近はどうしたんだ?よく暗い顔をしているし、元気もない気がするぞ。」
「ええ、ペンタの言う通りよ。カリナ、悩み事があるならちゃんと相談しなさい。」
「本当になんでもないんだよ、ただちょっと最近は疲れやすいみたいな。
きっと運動不足なのかも、やっぱり日々の運動は大切だよねー。」
いつも通りにはぐらかして席を立とうとすると、お父さんが厳しい声で座りなさいと言った。
そう言われたら座るしかなく、でも何をどうはなせばいいかもわからなくて沈黙が続いた。
どうしようかと考えていると沈黙を破るようにお父さんが口を開き、その後に紡がれた言葉で私は驚いた。
「カリナ、君は旅に出たいんじゃないか?」
まさかお父さんにこんなことを言われるとは思ってもみなかった。
「、、、そんなことないよ、どうしてそう思ったの?」
「カリナ、正直に言いなさい。君が最近悩んでいることはそれなんだろう?」
お父さん達の真剣な目で見つめられたら本音を言わざるを得ない。
「うん、旅に出たいの。それで私、たくさんの景色を見たいの。」
「そうか、でもカリナが一人で旅をするのは危険だし今の状況では許可できない。」
「うん、分かってるよ。
安心してよ二人とも、私は旅に出たいって思ってるけど本当にそうするつもりはないよ。
二人を置いてどこかには行けないしね。」
その言葉を聞いたお父さん達は何か言いたげな顔をした。
「カリナ、私たちルイ君から手紙で色々聞いたのよ。」
「ルイからの手紙?」
「ああ、バーク経由でね。」
何となく何が書かれているのかは見当がつくけれど、一応聞いてみる。
「それにはなんて書いてあったの?」
「カリナが孤児で拾われた身だからこそ、その恩を返すために夢を諦めようとしているよ
書かれていた。」
お父さん達はとても悲しい顔をしていた。嫌な汗が頬を伝う。
「ち、違うよ!
私は旅に出たいけどでも危険だからやめようって思ってて、だからお父さん達は関係ないよ!」
お父さん達にはこの悩みを知られたくなかったし、まさか他人からそれを知らされるなんて、、。
ぐるぐると頭の中で色々なことがさまよっているとお父さんがこちらをまっすぐ見つめて昔のことを覚えているかと聞いてきた。
「カリナ、僕たちが君を拾って正式な家族になった日に君に言った言葉を覚えているかい?」
「家族になった日に言われた言葉、、?」
私がこの家に来たときのことを思い出す。
その日は雨の季節だから空は曇っていて、弟と会えないところまで来てしまった悲しい私の気持ちを
表しているみたいだった。
港から家まで歩く途中に土砂降りにあって、急いで家まで帰ったのを今でも覚えている。
お母さん達は急いでお風呂の準備をして真っ先に私を入れて風邪をひかないようにと、服に熱いココアまで出してくれた。
孤児院にいた頃は、普通の子供たちみたいに誰かに優先されることはなかったし、私はずっと弟のために生きてたから言葉で言い表せれないけれど、心があったかくなったのを覚えている。
お風呂に入ったら家族全員で食卓を囲んで座った。
私は目の前にある綺麗な、ゆらゆらと揺れているランタンの炎をぼんやりと眺めていた。
ゆったりと優しく流れる時間の中でお父さんが口を開いた。
『カリナ、君は今日から僕たちの家族だ。』
『ええ、そうよ、あなたは私たちの大事な娘になるの。』
『おじさんたちが家族になるの?でも私たち、血はつながってないよ?』
『ああ、血はつながっていないね。でも、そんなことは家族になるときには関係ないんだよ。
お互いに思いやりを持ち、大切に思えば、僕たちは家族になれるんだ。
君のことを大切にするよ、君も僕たちのことを家族として認めてくれたら嬉しいな。』
『私もそう思っているわ、カリナ。でもね、私たちは無理やり家族になりたいわけじゃないの。
時間をかけてゆっくりと絆を深めて、いつの日か家族なのかもって思ってもらえるように頑張るわ。』
『ああ、テトラの言う通りだ、いつの日か本当の家族になれるといいな。
僕たちはカリナが自由で何にも縛られずに生きられることを願っているよ。
好きなように生きなさい。』
お父さんがあの日、私に言った言葉を思い出した。
「何にも縛られずに自由に生きる。」
私の口からぽろっとその言葉が漏れた。
「僕が言った言葉を覚えてるのか、さすが僕たちの娘だ。」
「ほんとよね、私は忘れていたわ。」
「テトラも覚えておいてよ、、。」
「あらあら、ごめんなさいね。」
「あの、つまり、お父さん達は、私が旅に出ることを許してくれるの?」
「許す!と言いたいところだけど、やっぱり君はまだ子供だし、しかも女の子だ。
大事な娘を今の状態で送り出すことはできないな。
だから、僕たちが旅することを許可できるような大人になってほしい。」
「ええ、私もペンタと同じ気持ちだわ。それに私もカリナの気持ちはよく分かる。
旅ってなんだか魅力的よね。」
「お母さんも旅したことあるの?!」
「まあね、でもそれはまた別の時に教えてあげるわ。」
「テトラは昔からお転婆だったもんな、、。」
「昔からってどういうことよペンタ?」
「それはまた話すさ。
それよりカリナに伝えたいことがある。
僕たちは君のことをただの労働力のために引き取ったわけじゃない、僕たちは君と家族になりたいから
引き取ったんだ、だから変なことを考えるのはやめなさい。君の夢をできるだけ応援したいと思って
いるし、君の夢を反対しているのは君が大事だからなんだよ。
僕たちに恩を返したいなら、健康に楽しく自由に生きるんだ、いいね?」
「うん、分かった。ありがとう、お父さん達。私、旅に出ても大丈夫な大人になるように頑張るね。」
「ああ、僕たちもできるだけカリナの夢を応援するし、もちろんマリンの夢を応援しているよ。」
そういってお父さんの視線は後ろにある扉に注がれた。
「え、マリン?」
後ろを振り返ると、扉を少し開けて聞き耳を立てているマリンの姿があった。
「え、マリン何してるの?」
見つかったのが分かったのか堂々と部屋に入ってきた。
「だって、カリナのことが心配だったのよ。
私だってカリナが旅に出ることは賛成できないけど、でも夢を自ら諦めようとはしてほしく
なかったし。」
「そっか、ありがとう。」
「どういたしまして、でも私は途中でハラハラしちゃったわ。
だって、あんた旅には出ないとか言っちゃうし、私が割って入ろうかと思ったわ。」
「マリンは最初から聞き耳を立てていたものねえ、やっぱりマリンも心配性よね。」
「叔母さんたちはやっぱり気づいてたんだ、、。何度か目が合う気がしてはいたけれど、、。」
家族全員で笑いあう、言葉にすることは大事だと思った。
ずっと一人で悩んでいたのが馬鹿みたいだ。
「あ、ねえ、ルイからの手紙って他にも何か書いてあったの?」
「ん?ああ、ルイからは僕たちと、カリナ宛の2通が届いていたよ。」
これだねと言われて差し出されたのはルイから私への手紙だった。
ルイは細かい作業も丁寧にこなす人で、すこし几帳面なところもあった。
手紙に押されたシーリングスタンプがそれを物語っているようだ。
真っ白な手紙を開けばそこにはこの島を出る前にした喧嘩の謝罪が書いてあり、その後にはルイがお父さんたちに私の悩みなどを綴った手紙を送ったと書かれている。
『僕の行動がまた君を怒らせているのはわかっているよ、だから謝罪するよごめんね。
あの日、君が僕に言ったように、僕は孤児でもないし他人に拾われた訳ではないから君のことをすべて
理解しているなんて言えない。
僕は君の考えていること、思っていることを全て理解できるわけじゃないし、共感できないことも
多かったと思う。
僕のやっていることはエゴだと分かっているよ。でも君はこのままじゃきっと結局夢を諦めるんだろ?
大切な友人が置かれた環境で夢を諦めるなんて嫌だったんだ。
海のその先を夢見て話す君は確かに海の宝石のようだったよ、だから、そのままでいてほしいんだ。
もし、君が許してくれるならあの島で過ごしたようにまた友人として仲良くしてほしい。
君の夢が叶いますように ルイ。』
ルイの文字は相変わらず綺麗で読みやすかった。
「謝るのは私の方なのに、、。」
手紙を読んだ後、ボソッと口から言葉が零れた。
「あの、お父さん、私もルイに手紙を書きたいんだけれど、、。」
「ああ、それなら海軍基地で取り扱ってくれるからな。また手紙をだすときに言ってくれ。」
「うん、分かった。あの、みんなありがとう。」
この感謝の言葉は、私を大事に思って夢を応援してくれる家族だけでなく、夢に足を踏み出すチャンスをくれたルイにまで伝わるように願って言った。
なんだか照れくさい雰囲気になって私は部屋に行って5か月後と少しに迫った試験勉強に没頭する。
「旅に出られるって証明を頑張ってしなくちゃ!」
本を開いて、窓から入ってくる潮風の香りを感じながらペンを走らせる。
パラパラと紙をめくる音とペンを走らす音が部屋の中に響いている。
悩みがなくなったからかいつもよりも集中して時間を忘れて勉強をする。
きりがよくなったと思って外を見たらもう真っ暗だと気が付くのは少し後のことだった。




