19話
両親に旅に出たいと言う夢を打ち明けることができたから勉強は捗ったと思いきや、幼馴染のルーカスに告白をされたことが気がかりで思ってたように勉強が進まない。
ため息をついて独り言が零れる。
「あの返事の仕方でよかったのかな。」
ルーカスに告白されて丁度1週間が経ち、告白の返事をしようかと思っていた矢先に、ルーカスは剣術の学校がある島へ行かなくてはならなくなった。
そのため、1週間後に返事をするつもりが2週間と少し経ってから返事をすることになった。
仕方がないとはいえ、ここまで返事を長引かせるつもりはなくてなんだか罪悪感を覚えてしまった。
告白を了承するならまだしも、断るのは余計に心が痛む。
ルーカスが剣術の学校から帰ってきたという噂を聞いて、その翌日に彼の家に向かった。
きっと桟橋で釣りでもしてるだろうと思っていたら案の定釣りをしていて、私が来ていることには気が付いていない様子だった。
急に声をかけるのは驚かしてしまうかもしれないしどうしようかとルーカスの背後で悩んでいたら、彼は急に振り返った。
「カリナか、おはよう。」
「え、なんでいるって気づいたの?」
「海に人影が映ってたから後ろに誰かいるなって気づいたんだよ。」
「ああ、なるほど。」
なんとなくいつも通りに話しているけどこの後告白の返事をしなくちゃいけないんだよね、、?
どうすればいいのか分からなくて挙動不審になってしまった。
ルーカスはそんな私の様子を見て察したのか、返事はもう決まったかと聞いてきた。
「カリナ、返事はもう決まっているか?」
「うん、決まっているよ。遅くなってごめんね。
私はルーカスのダンスパーティーのパートナーにはなれないです。
ルーカスは本当のお兄ちゃんみたいで家族と同じくらい大切に思っているの。
だから今さら恋愛対象にするっていうのは考えられなかった。」
私の言葉を聞いているときのルーカスの表情からは何も読み取れなかった。
最後まで私の言葉を聞いたら、微笑んで『そっか。』と言った。
その後は返事をくれてありがとうと言われて話は終った。
このまま一緒にいるのも気まずくて私は逃げるようにその場を後にした。
ルーカスがどんな気持ちで『そっか。』と言ったのかは分からないけれど、少なくとも彼を傷つけるたのは事実だろうから私の心は罪悪感でいっぱいだった。
私は悪いことはしていないとは頭ではわかっていても、ルーカスのあの表情を思い出すとどうしても罪悪感で押しつぶされそうになってしまう。
「これ以上ルーカスのことを考えるのはやめよう。」
今で一体何回この言葉を口に出したかは分からないけれど、少なくとも100回は言っている気がする。
温かいハーブティーを口にしてリラックスするように自分に言い聞かせる。
「勉強に集中しないといけないのに、、。」
一人で悶々と悩んでいるとコンコンとノックの音が聞こえた。
「カリナ、今いいかしら?」
鈴の音のようなきれいな声が聞こえる。
扉をノックしたのは私の友達でマリーの妹のアリシアだ。
なぜアリシアがこの扉をノックしているかというと、私のためにアリシアの図書館を貸してくれたのだ。
「アリシア?もちろん、大丈夫だよ。」
ギギッと音を立てながら淑女のアリシアが中に入ってくる。
「カリナは勉強の方は捗った?」
「ううん、まあまあかな。せっかくこんな素敵な図書館を貸してくれたのに申し訳ないな。」
「そんな、私が誘ったのだから気にしないで。」
そういって、ふふっと笑うアリシアはまるで女神のようだった。
窓から入ってきた光はアリシアの銀色の髪を照らし、優しそうな紫色の目はアメジストのような輝きを放っている。その姿がなぜかアルベールと重なった。
美しいアリシアに見惚れていると、彼女は不思議な顔をする。
「なあにカリナ、私の顔に何かついているのかしら?」
「いや、アリシアがきれいすぎて見惚れちゃったんだ。」
「それって私を口説いているってことでいいかしら?」
「え、そんなつもりはなくて。でも、同性の私でも惚れちゃいそうだね。」
「冗談よカリナ、ふふっ。それにしてもお世辞がお上手ね。」
「お世辞じゃないわよ、あなたは本当にきれいよ。」
「ありがとう。でも、カリナの方がずっときれいよ。」
「まさか、それこそお世辞でしょ。」
「私が嘘を言っているとでも?あなたはもっと自分の美しさを理解するべきだと思うわ。」
「そういわれると照れちゃうな。」
私は頬に手を当てて照れる仕草をした。
それを見たアリシアはふふっと笑った。
「ねえ、噂で聞いたのだけれどカリナは幼馴染の告白を断ったのよね?」
「うん、アリシアまで知ってるんだ。」
「ええ、いつもなら私は噂なんてほとんど耳にしないし、興味もないけれど、あなたが関わっているから
気になってしまって。」
アリシアは私の向かいの椅子を引いてお行儀よく座った。
「もしかして、私をここに呼んだのもそれを知りたかったから?」
「違うわ!あなたが何だか浮かない顔をしているってマリンさんから聞いたから!
、、、でもその噂について聞きたいと思ったのも事実だわ、ごめんなさい。」
「別に気にしなくていいよ。誰だって気になると思うし。」
「でも、私それだけを聞きたくて呼んだわけじゃないし、本当にあなたを心配していてっ!」
「分かっているよ、アリシアは私のことを心配してくれていることなんて顔を見ればすぐわかるよ。」
「そう、それならよかったわ。」
「それでアリシアはその噂をどうやって得たの?」
「姉がお茶会で取り巻き達と話しているのを聞いたのよ。」
「あなたがお茶会が開催されているところにいるなんて珍しいね。」
「私だって好きで行ったわけじゃなかったわ。
でも丁度その近くの建物に用事があったから仕方なくね。
姉と顔を合わせるのは嫌だったけれど、でもあなたのことが知れてよかったとは思うわ。」
「マリーは私のことをなんて言ってた?」
「そんなことを聞く必要はないと思うのだけれど、、。」
アリシアは心配そうな顔でこちらを伺う。
「あまりいいことは言われていないのは想像できてるし、聞かない方が心の治安は良さそうだけれど、
島のダンスパーティーで会うことになるかもしれないし、情報は知っておきたいなって思ってて。」
「そう、カリナが大丈夫って言うなら話すわ。でも、真剣に受け止めないでね。」
「わかったよ、心配してくれてありがとうね。」
「当たり前よ、それじゃあ話すわね。」
姉たちが開催するお茶会はある庭園で行われたの、本来なら私は寄り付かないけれどその日はたまたま必要な花があって摘みにいかなくては行けなかったのよ。
彼女たちに気づかれないようにそっと作業をしていたら、あなたが幼馴染に告白されて断ったという話が聞こえてきたの。
盗み聞きは趣味じゃないけれど、今回ばかりは許してほしいわ。
姉たちの声が届くギリギリのところで隠れながら作業をしていたわ。
『ねえ、カリナがルーカスを振ったって本当なのかしら、マリー?』
『本当らしいわよコートニー。にしてもルーカスは本当に趣味が悪いわよね。』
『ええ、本当だわ。あの子はお洒落でもないし、淑女でもないのに。』
『不思議なこともあるのね。にしても、どうしてあんな地味な子がいいのかしら。
私がルーカスならあの子は眼中にもないわ。』
『ちょっと、レジーナそんなこと言ったら可哀想だわ、ふふっ。』
『可哀そうってどっちがかしら?』
『あら、そんなのルーカスに決まっているじゃない、。
あんな子を好きになるなんて見る目がないわ、もっと美人な子がここにはたくさんいるのに。』
「それで私の回想は終わりだわ。これ以上は聞くに堪えなくて、、。」
アリシアは申し訳なさそうな顔でこちらを見た。
「ああ、カリナのそういう顔は見たくないわ。あなたが傷つくならやっぱり話さなければよかったわ!」
「そんな顔をしないで、私が聞きたいって言ったのよ。話してくれてありがとう。」
アリシアはなにかを言いたげな顔をしたけど、それを飲み込んで私を抱きしめた。
「大丈夫よ、カリナ、あなたはあの人たちよりもずっと素敵だから。」
彼女から漂うラベンダーの香りが鼻をくすぐった。
「ねえ、アリシア、私本当に大丈夫よ。だって私にはこんなに素敵な友達がいるんですから。」
「私には大丈夫に思えないわ。」
「本当に大丈夫よ。だってもっと酷いこと言われているかと思っていたから、、。」
「そんな、これよりも酷い言葉なんて、、。」
アリシアの紫色の瞳が揺れている。これ以上、マリーたちについて話すのはよそう。
「ねえ、私、噂通りにルーカスの告白を断ったのだけれど、その断り方が大丈夫だったか
悩んでいるのよ。」
「あなたが過去のことをそんなに悩むなんて不思議ね。」
「いつもはこんなに悩まないわ。でも、今回はいつもじゃないみたい。」
「そうね、確かにこれはいつもじゃないわ。まさかあなたが恋愛で悩むなんて思ってもなかったわ。」
「それってどういう意味かしら?」
「気を悪くしないで頂戴、だってカリナは恋愛よりも友情の方を大事にしているでしょう?
だから、あなたと恋愛って結びつかないのよ。」
「それは一理あるけども、私だってもう18歳だし恋愛で悩むことだってあるわよ。
結婚相手も探さなきゃね。」
実際、私は結婚相手なんて探さなきゃなんて微塵も思っていなけれどなんとなく口にした。
アリシアは結婚相手という言葉が私の口からでたことに驚いたのかカップを持つ手が震えた。
「ねえ、カリナは結婚相手を探すつもりなの?」
「いや、そんなつもりはないし、冗談だよ。でも、いつかは結婚をするのかな。」
「そうね、カリナならいい人と巡り会えそうね。」
「それはアリシアじゃない?だってあなたは美人で家柄もよくて、おまけに頭もいい。
引く手あまたで困っちゃうでしょ?」
彼女の動きがピタッと止まった。
もしかして、何かまずいことを言ってしまったかもと少し焦った。
「アリシア?」
名前を呼ぶと、我に返ったように私と目が合った。
「どうしたのカリナ?」
「それはこっちもセリフだよ、急に止まったから私何か変なことを言ったのかもって思って、、。」
「違うわ、ただ婚約者のことを考えていたのよ。」
「婚約者?!アリシア、婚約者が決まったの?」
「実は公表していなかっただけでずっと前から決まっていたことなのよ。」
「そうなんだ、お相手はどんな人なの?きっと、アリシアの相手だから素敵な人なのよね?」
「そうね、と言いたいところだけれど、実は私たち仲がよくないの。」
「それはどうして?」
「婚約者は家柄も容姿も申し分ない人だわ。でも、女遊びが激しくて、、。」
「なにそれ、そんな人と結婚しなくちゃいけないなんてひどいわ!」
「ええ、でも仕方ないのよ。政略結婚だから受け入れるしかないわ。」
「でも、、!」
「いいのよ、カリナ。私は貴族の娘でそれなりにいい暮らしをさせてもらっているし、結婚しても
お金に困ることはない。これ以上ない幸せよ。だから、心配しないで、私は大丈夫だから。」
大丈夫だからというアリシアは悲しさが滲む笑顔を私に向けた。
「あなたが大丈夫だというならこれ以上は何も言わないわ。」
「ありがとう。」
「でも、一つだけ言っておくわ。
私、いつになるかは分からないけれど世界中を旅することになるの、だからこの島からはいなくなる。
何にも縛られずに生きるようになるわ。」
「それは、羨ましいわ。」
「だから、旅に出る日にあなたに一緒に来るかって聞くわ。もし行くって答えたら一緒に旅にでよう!」
アリシアは驚きで目を丸くしたと思ったら、急に笑い出した。
「それは、名案だわ!私もいつか旅に出たいと思っていたの!」
「ふふっ、私の手を取ってくれたら一緒に世界中を旅しよ!」
「ええ、そうね。私もカリナみたいにもっと勉強しなくちゃ!世界を旅するには知識が必須だものね。」
「アリシアと二人で旅することになったら、きっとお偉いさんたちに追われるんだろうなあ。」
「そのときはカリナが守ってくれると信じてるわ。」
「このお嬢様には困ったものですなあ。」
私たちは顔を見合わせて笑いあい、その後も二人で旅する場所なんかを話し合った。
「ーーそこもいいわね、カリナ。いつかそこにって一緒に海の秘宝を探しましょう!」
「アリシアとならすぐに見つけられるかもね。」
「ほんとにね、あら、もうこんな時間なのね。」
「日が落ち始めてる、そろそろ帰らなくちゃ。」
「今日は楽しかったわ、来てくれてありがとう。」
「こちらこそ、お招きしていただきありがとう。次はテトラペンタにおいでよ。」
「ええ、またいつか行くわ。」
「楽しみにしてるよ。それじゃ、またね。」
「また、気を付けてね。」
アリシアに玄関まで送ってもらい、そこでお別れをした。
なんとなく、アリシアの顔が浮かないような気がしたけれど、、。気のせいだといいけれど。
今日は楽しかったな、アリシアと旅をするなんて夢物語を語るなんて。
なんとなく、不意に浮かんだ夢物語という言葉に現実を突きつけられる。
私たちが本気で一緒に旅をするなんてことはありえないとお互いにもうわかってしまう年齢になった。
アリシアと出会って友達になった、ずっと昔はもっと自由でどこまでも行けるなんて本気で信じてたな。
でも、実際はアリシアは貴族の令嬢で決められたレールに沿って生きる。
18歳になったらきっとすぐにでもあの婚約者のところへ嫁ぐんだろう。
アリシアの悲しそうな顔が頭をよぎる、彼女には幸せになってほしいな。
潮風が私の鼻をかすめた。




