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私たちはフィーリスなので、と笑顔で言うルトアにダルトンたちは再び目を剥いた。
「お前さんたちフィーリスだったのか。確かに常人とは違う感じはしてたが、そうか……そうだったのか」
「僕フィーリスと会話したの初めて……あ、握手してください」
ダルトンは驚きつつもどこか納得したような様子で深く頷いている。アスマはなぜかルトアに握手を求めてきた。ルトアは相変わらずニコニコと笑顔を崩さない。
そもそもフィーリスってことは秘密にしなくてもよかったのか……。なんとなく隠したほうがいいような気がしていたけど、余計な気遣いだったのかもしれない。
意外とあっさり、あまりにも簡単に身分を明かしたルトア。ちなみに反対隣のカルラは相変わらずつまらなさそうにしている。
カルラが止めないってことは大丈夫ってことでいいんだよな?
横目でルトアとアスマが握手を交わすのを見ながらダルトンのほうを見ると、ちょうど目が合う。するとまるで次に俺が疑問に思うだろうことを予知したかのように、軽くニッと笑うと説明し始めた。
「俺はカサドールだからな、ごく稀にフィーリスからの護衛を引き受けることがあるんだ。だからまあ、そこの二人がフィーリスだってことに驚きはしても不思議には思わないな。最初に会った時から独特な雰囲気を感じてたしなあ」
最初に会った時というと俺とぶつかりそうになった時か。あの時点で既にルトアたちが他の人たちと違うことに気づいていたということになる。獣人だからこその勘の鋭さなのだろうか?
スイが感心していると、ダルトンはさらに続けた。
「ちなみにだが……坊主もフィーリスなのか?」
まさかの質問に思わず咳き込みそうになる。
「……っ、俺は違います、フィーリスじゃありません」
「そうか、そうだよなぁ」
慌てて顔の前で手を振ると、ダルトンは若干安心したかのように安堵の息をつく。違うとわかっていながらも念のための確認といったところか。
「おいオッサン、こいつのどこをどう見たらフィーリスに見えんだよ。ただでさえわけわかんねぇ生き物なのにこんなピカピカ光り始めたらいよいよ珍獣だぞ」
相変わらずカルラの言うことは辛辣だ。
人間じゃないという事実を何の躊躇いもなく突きつけてくる。元々曖昧な存在だと言われていたけど、今となっては珍獣扱いになってしまった。地味に傷つく。
「おいおい、そんなふうに言ってくれるなよ。ほら坊主が落ち込んでるぞ……。俺たちは坊主の身に何があったかわからないが、あんたらならどうにかできるんだろ? フィーリスのことは詳しくないが、プネウマと交渉できる余地があるってんならよろしく頼む」
膝に手を当て、ガバッと頭を下げる。
「えっ、ダルトンさんが頭を下げることじゃないですよ。どうしてそこまで……」
スイが慌ててダルトンに駆け寄ると、彼はゆっくりと頭を上げた。
「いや、ここの責任者は俺だからな。ここで起きたことの責任はすべて俺にあるんだ。それがたとえ事故だったとしてもな。それなのに俺たちはこの件に関して何もできることがない。情けない話だが、お前さんたちに頼むしかないんだ。だから坊主、本当にすまないと思ってる」
「そんな……」
謝らなくていいのに、と言葉が出そうになるのをグッと押し留める。
目の前にある彼の瞳は獰猛な獣の鋭さを残しつつも、その奥に揺るぎない芯の強さが垣間見えた。
これは俺自身の問題でもあるが、同時にここの管理を任されている彼らの責任と誇りの問題でもあるのだ。それを否定することも拒むことも違うのだと思ったからこそ、最後まで言葉を発することができなかった。
それでなくても俺たちは部外者なのだ。
ここは彼らの意志に従ったほうがいいのだろう。
「それでは話がまとまったようですし、早速いきましょうか」
「本当に覚えてねぇの?」
「無理やり連れてこられたから、どこをどう曲がったかなんて覚えてるわけないよ」
次々と現れる横穴を前に、何度目かわからないやり取りをカルラとスイは交わす。
「やっぱりオッサンたちに案内してもらったほうがよかったんじゃねぇの?」
「でも大人数だとプネウマの機嫌を損ねるかもしれないからって却下されただろ。地道に探すしかないよ。あ、こっちは行き止まりか……」
立ち塞がる岩壁を前に三人は踵を返す。これも一体何度目だろう。
プネウマの元へ行こうと意気込んだはいいが、これがかなり難航していた。侵入者が簡単に辿り着けないような複雑な造りがスイたちの足を阻むのだ。
当然辺りは真っ暗なのでダルトンが持たせてくれた灯りと、ぼんやりと光るスイの体だけが洞穴の中を照らしている。
後ろを黙って着いてきていたルトアが、ふいにスイの顔を覗き込むように斜め後ろからひょこりと顔を出す。
「プネウマの気配を探ることってできませんか?」
一体何を言い出すかと思えば、到底できるはずもない芸当を提案された。
「その手があったか。なあ、スイ。ものは試しだやってみようぜ」
カルラまでルトアの提案に乗っかる始末。この二人は俺のことを何だと思ってるんだろう? できると思った根拠は一体何なんだ?
「二人とも無茶言わないでよ。そんなことできるわけないだろ?」
「おや、できないと決めつけるのはよくないですね」
「そうだぞー。やる前から諦めてどうすんだよ」
同じ顔の二人は暗がりで見ると尚更見分けがつきにくい。他人でもわかる唯一の見分け方は髪の毛の長さくらいなものだが、一日中一緒に過ごしているおかげで姿形がよく見えなくても何となくどっちがどっちなのか、スイは判別ができるようになっていた。
もちろん声を聞かなくても何となくわかる。あえて言うなら気配のようなものだろうか。よく似てはいるけど、やはりそれぞれ別の存在なのだ。
「いやいや、諦めるとか以前の問題だと思うんだけどなあ……。フィーリスの二人にとっては簡単なことなのかもしれないけど、俺は凡人なわけだし、そういう特殊能力みたいなものはないんだよ」
呆れ半分で双子の顔を交互に見やる。
するとルトアが小さく首を傾げた。
「スイは十分、特殊な存在なのでできると思うんですけどねえ。たぶん力の使い方を知らないだけじゃないかと思うんです」
「力の使い方、ねえ……?」
自身の光る体を眺めながら手のひらを握ったり開いたりしてみる。外見が変わっただけで、その他に変化は何も感じられない。
そもそも一年程の長い眠りから目覚め、人間じゃないと言われた時から、髪の毛と目の色の変化以外は何も感じられないのだ。
今回も体が光ってるだけで特に何もない。いや、髪や目の色が変わる以上に体が光るだなんて人間離れしている現象ではあるのだけど、新しい力が目覚めたりはしていないし、その気配もない。
「これは期待外れだな」
「期待されても困るんだけどね」
「まあ、できねぇもんは仕方ねぇよなー」
「今はしらみつぶしに道を行くしかなさそうですね」
示し合わせたかのように三人は口をつぐんだ。
しばしの間、静寂が訪れる。
洞穴の中は少しひんやりとした空気に満たされていた。空気の流れは感じない。
スイはゆっくりと振り返り、目を凝らした。しかしながらそこには闇が広がるばかりで人の気配はなさそうだった。
「今の声って……プネウマだと思うんだけど二人は聞こえた?」
ダルトンの声が聞こえたのだ。だけどここに彼がいるはずもなく、一応確認してはみたものの、やはりそこには誰もいなかった。
そして頭に直接響くような聞こえ方。これには覚えがある。こんなことができるのはアイツしかいない。
「ああ、聞こえたぜ。オッサンの声に聞こえたけどよ、それは有り得ねぇってことぐらいはわかる」
「私にもハッキリと聞こえました。プネウマにとってこの状況は期待外れ、らしいですね」
二人共頷くと背中を合わせるようにスイに身を寄せた。奴が何を仕掛けてくるかわからない以上、防御に徹するしかない。
手に持った灯りを掲げ、左右を照らしてみる。ここにプネウマがいる可能性はかなり低いが、何かをせずにはいられなかった。
明けましておめでとうございます!
久々の投稿です!




