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『つまらんな』
ダルトンの声から次第にアスマの声へと変わっていく。
『鳥に用はないが仕方がない』
知らない人の声も混じっている。ここの警備の人なのかもしれないが、流れるように次々と声色が変わるため、もはや誰の声か判別するのも難しくなってきた。
「はぁ? ふざっけんな! ルトア、あいつシメようぜ」
いきり立つカルラの様子から、プネウマの声が聞こえているのは自分だけじゃないと確信する。ずっと自分にしか聞こえていなかった不確かな存在が、今は他人を介することでハッキリと感じられる。それだけで何だか心強く思えた。
「まぁまぁ、落ち着いてください。自由に飛び回れる私たちへの妬みですよ。こんな場所に閉じ込められてそれくらいしか言えないのですから、お可哀想なこと」
口調は柔らかいが所々に怒りの炎が見え隠れしている。もしかして『鳥』というのは二人にとって禁句なのだろうか?
すると突然足元がぐらついた。
もしかしなくても、確実に、これはあの時と同じ展開なのだと直感する。
心構えの猶予も何もなく、思った通り突風に体を吹き飛ばされる。来た道を一瞬で戻り、通らなかった横道を勢いよく駆け巡る。
無理やり方向転換させられるせいで脳みそが揺さぶられ、目を開けていられない。どんなに速い動きだとしても壁にぶつかることがないのは体験済みなので、とにかく吐き気を抑えることにだけ集中することにした。
やっぱりとしか言いようのない展開。
ルトアとカルラは大丈夫だろうか? 吹き飛ばされる瞬間、かすかにカルラの怒号が聞こえた気もするが、この状態じゃあ二人の無事を確認することもできない。まぁ……たぶん大丈夫なんだろうけど。
謎の確信を抱きながら、しばらく揺れに耐えた後、ようやく動きが止まった感覚があった。体の周りをぐるぐると走り回っていた風がピタリと止んだのだ。
「…………いてっ!」
そしてそのまま地面に落ちた。
目を開け、地面に手をつくと冷たく固い岩の感触がザラザラと手のひらに伝わってくる。
上体を起こすと、そこには巨大な鉱石が目の前にそびえ立っていた。つい先程も見た光景だが、何度見たとしても心を揺さぶられるものがある。
その美しさと透明度の高さは、今まで見たどの鉱石よりも秀でていた。
「おい、大丈夫かよ?」
「どこか怪我してないですか?」
声がした方を向くと、そこには翼を広げたカルラとルトアがいた。
「いや、大丈夫。二人こそ大丈夫だった?」
服の裾を軽く払いながら立ち上がり、キラキラと眩い翼を眺める。久々に見たけど本当に綺麗だ。
羽ばたくようにバサリと小さな風を起こし優雅な動きで翼をたたんだルトアは、私達も大丈夫ですよと言いながらニコリと笑うと、スイから視線をゆっくりと外した。
「それで? このように乱暴な招待をしたのですから、それなりの弁明はあると思っていいんですよね?」
ルトアの視線の先にいたのは、巨大な鉱石の中心に腰掛けているプネウマだった。
スイが出会った時と同じく、緑色の長い髪の毛を絡ませた足を組み、生気を感じられない真っ白な眼でこちらを見下ろしている。
実際はどこを見ているのかわからない眼なのだが、見られているという感覚は不思議とあった。
『やかましい鳥だ』
対面しているというのに相変わらず口を動かすことなく頭の中に語りかけてくる。これは何度体験しても慣れない。
変わらぬ表情で細長い指を弾くと、ルトアの体が後方に吹き飛ばされた。
「ルトア!」
スイとカルラは同時に叫び、地面に倒れた状態のルトアの元へと急ぎ駆け寄る。
ルトアはカルラの手を借りながら起き上がると、こんな時でも微笑みを絶やすことなく、心配するスイの頭を軽く撫でた。
「てんめぇ……ぶっ殺す!」
『不可能だ』
形相が変わるほどに怒りをあらわにしたカルラに対し、たった一言で一蹴するプネウマ。
「カルラ、私は大丈夫ですから」
今にも殴りに行きそうなカルラの腕を掴み、ルトアはゆるりと首を振った。
困ったような苦笑いのルトアの顔を見て、カルラは盛大に舌打ちをする。ついでにポーチから取り出しかけた槍から手を離した。
『五月蝿くてかなわん』
足を組み直すと再び指を構えたので、スイは慌てて前に出た。
「あの! 聞きたいことがあります!」
節の多い指がピクリと止まる。
真っ白な眼がこちらを見据えた。
若干、背中に冷たい汗をかくのを感じながら、スイはプネウマが座る鉱石の根元に近づく。
「さっき俺に何をしたんですか? 体が急に光り始めたのはあなたが俺に何かしたからですよね?」
プネウマはスイをジッと見つめた後、構えたままの指を下ろした。そして一呼吸置き、低く怒気をはらんだ声で話し始めた。
『そんなことを聞くために余の静寂を破ったのか』
その声を聞いた瞬間、全身の皮膚という皮膚が粟立ち、思わず両腕で自身を抱き抱えた。膝に力が入らず、ガクガクと今にも崩れ落ちそうだ。
恐怖———。
今までに感じたことがないくらいの恐怖だ。自分は圧倒的弱者なのだと思い知らされるような、今にもこの場から消えてなくなりたい気持ちになるような、とてつもない恐ろしさだった。
かつて盗人達に魔物の餌にされそうになったあの時とはまったく違う。
この世には死よりも恐ろしいものが存在するのか———。
スイは震えそうな体に必死に力を込めた。そうでもしないと立っていることすらできそうにない。
恐怖に全身が蝕まれていくその中で、ふと小さく心臓の鼓動を感じた。
それはゆっくりと拍動し、何事もなかったかのように落ち着いている。いつも通りすぎるほどにスイの心臓はおおらかに、そして力強く拍動していたのだ。
今まさに恐怖に震えてる体とは思えないくらいに、一定の感覚で血液を循環させている。
いや、それだけじゃない。
頭のてっぺんから足のつま先まで流れている、『これ』は一体何だ?
何かが、体の中を流れている。
これは一体……。




