第五話 冒険者ギルド
あまりのご馳走に腹が満たされた俺は、うっかりベンチで眠ってしまっていた。
驚いて時計アプリを確認すると、今は16時。
昼時を過ぎた市場の賑わいは先程よりも少し落ち着いていた。
しかし、どうして満腹になるとこうも眠くなるのか。生物としての本能なのか?
永遠の謎である。
そんなどうでも良いような事を考えている間、俺の目の前を冒険者達がちらほらと通り過ぎていった。
どの人達も和気藹々と会話していて仲が良さそうだ。
ああ、そういえばNOF3のフレさん達には何も伝えずに来てしまったな。
せめて「仕事が忙しくなったので暫く留守にします」くらいはメッセージを残しておくべきだったか。
今頃は失踪の噂でも流れているに違いない。
こんな俺のことを『リアル以上の親友』と呼んでくれた彼ら。今一体何をしているだろうか。
転生した事を後悔した訳ではないが、現実世界に未練は無いと言うのも少し嘘になる。
確かに生き辛い世界ではあったが、それなりに楽しい事もあったのだ。
転生して初めて俺は少しだけ孤独を感じていた。
少しの感傷に浸った後、俺はふと思い出した。
ここに来る前にあの門番は「冒険者はギルドカードを提示するように」と言ってたな。
それならば『ギルド』なるものがこの街にもあるのだろう。
勿論この後の予定は特にない。
身元を証明する物が何も無いというのも不便なので、冒険者になっておくのも良いだろう。
思い立った俺は、長らく座っていたベンチから立ち上がる。
目指すは冒険者ギルド。
地図を使ったら味気ないので歩いて探すことにするとしよう。
「こんにちは。冒険者ギルドへようこそ!」
街を散策して数十分が経った頃、遂に俺は冒険者ギルドへとたどり着いた。
町役場ほどの大きな建造物は自然色の照明の為か落ち着いた雰囲気をしている。
二階に酒場が併設されているらしく、そちらの方は賑やかだ。
木製の扉を閉めて受付へ向かうと、黄色い帽子を被った女性が俺を歓迎してくれた。
「ギルドへのお越しは初めてですか? 私は受付担当のレイナと申します」
「はい。俺はクロノです。この街に来たばかりなのですが身分証を何も持っていないので、何か発行していただけたらと思いまして……」
「承知しました。それでしたら冒険者に登録して、ギルドカードをお持ちになられるのが良いかと思います。どうぞ、こちらへお越しください」
やはり冒険者への登録を勧められたか。
そのまま近くのテーブルに案内された俺は、背もたれのついた木製の椅子に腰掛ける。
そして奥の事務スペースで書類を用意しているレイナさんが戻って来るのを待つ。
「お待たせしました」と数枚の書類と冷たいお茶を持って来てくれたレイナさん。
俺はお茶のお礼をして受け取った書類に目を通す。
そして俺はレイナさんから冒険者とは何かを教わった。
要約すると、『冒険者』とは街の治安を維持する為に魔物と戦ったり、困った人の悩みを依頼として引き受け解決する職業である。
実際のところはNOF3で俺が日課にしていた事と殆ど変わらない。
ただ注意すべき点としては、ここはゲーム世界では無いという事だ。
依頼を受けるには相応のリスクを伴う。
特に護衛依頼は人の命がかかっているので慎重に考えたい。
俺はレイナさんの話を熱心に聞いていたので、手元に置いていたお茶は少しぬるくなっていた。
「……ここまでで何か気になった事はございますか?」
「いえ、特にありません」
「かしこまりました。冒険者についてのご説明は以上になります」
レイナさんから冒険者について一通りの説明を聞き終えた。
これで終わりかと思い背筋をストレッチをしていると、レイナさんは「まだ続きがありますよ」と止める。
「それでは最後に、クロノさんには冒険者としての素質を測るテストを受けていただきます」
「えっ、テストですか?」
「はい。実技と簡単な筆記です。冒険者業には危険が伴いますので、このテストで素質無しと判断した場合には、残念ながらこれまでの話は忘れていただく形になります」
なるほど。
それは誰でも簡単になれる職業ではないよな。
俺は了承してテストを受ける事にした。
まずは実技テストから始めるとのこと。
レイナさんに案内されて建物の裏口に出た。
そこには小規模な訓練場があり、その地面には半径十メートル程の巨大な魔法陣が描かれている。
その中央に積まれているのは土塊の様な瓦礫の山。
これは何だと思ったところでレイナさんが魔法陣の外から詠唱始めた。
すると、何と中央に積まれていた瓦礫の山が動き出す。
ロボットのように合体・連結を繰り返して、あっという間に全長三メートルを超えるであろう魔導兵へと姿を変えた。
「これから実技テストを行います。内容は、私が召喚した魔導兵から五分間逃げ切ること。ただし気を失ったり、魔法陣の外に出た時点で失格となりますのでご注意を」
どうやら制限時間までこの魔導兵と鬼ごっこをするらしい。
俺はコクリと頷く。
「では、魔法陣にお入りください。準備が整いましたら合図をお願いします」
開始は自己申告制か。いいだろう。
早速俺は魔法陣に足を踏み入れようとしたが、一つ気になったことがあった。
「あの、魔導兵って倒しても合格なんですか?」
「……はい?」
「逃げるだけだとうっかり外に出ちゃいそうなんで、戦った方が早いかなと」
「それは勿論構いませんが……素手で戦うんですか? 念のためお伝えしますと、魔導兵はある程度経験を積んだ方でも苦戦する強さですよ。ご無理はなさらない方が……」
いきなり何を言い出すんだ、というような表情をしてレイナさんは応えた。
魔導兵はNOF3を始めたばかりの初心者が最初に躓くボスだ。
これから冒険者としてやっていけるかどうか見極める試験としては丁度良いのだろう。
だが生憎、ゲーム内で幾度の死闘を乗り越え世界を救ってきた俺には取るに足らない相手だ。
「わかりました。様子を見ながら挑むので、そろそろ起動しちゃってください」
俺の言葉を聞き、「どうなっても知りませんよ」とレイナさんは魔導兵を起動させた。
ガタガタガタ……と鈍い音を立てた魔導兵は、大きな地響きとともに俺に襲いかかってきた。
「……よっ、と」
俺は魔導兵に右手の人差し指を向け、その先端から僅かな魔力を放出する。
スーパーボール程の小さな礫となった魔力片は魔導兵の心臓部にあるコアを撃ち砕いた。
そしてコアを失った魔導兵はバラバラに崩れ去り、ただの瓦礫となって散らばった。
「なっ、何者ですか……あなたは」
何事も無く魔法陣から戻った俺を見て、レイナさんはそう呟いた。
逃げるふりをして適当に時間を稼いでもよかったと思うが、俺はどんな相手にも真剣に戦う性格だ。
一撃で倒せるのならキッチリと倒しておきたい。
その後は受付に戻って簡単な筆記テストを受け、無事に合格を貰うのであった。




