第四章 英雄たちの末路 その48
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4
数日後。
帝都の中央広場。
そこには帝都中の民が詰めかけていた。
広場を埋め尽くす群衆。窓という窓から身を乗り出す人々。屋根の上にまでよじ登った子供たち。
その数万の視線が。
広場の中央に組まれた、高い壇上に注がれていた。
きっかけは、ひとつの噂だった。
’’ 勇者さまが復活なされたらしい ’’
最初は誰も信じなかった。だが噂は噂を呼び、貴族の口から、商人の口から、それは瞬く間に帝都中へ広がった。
そして、宰相はその噂を否定しなかった。
それどころか、宰相は教団に根回しをした。
「女神ウォーデンの奇跡による勇者の復活」を教団として公認させたのだ。
最初は教皇が渋ったが、娘の醜聞をちらつかせれば、これに応じた。
大聖堂の鐘を鳴らさせた。神官たちに街角で奇跡を語らせた。
帝国民の期待は否が応にも高まった。
そして今日。
「帝都の民よ!!」
壇上に宰相エメリヒが立った。
「我らが誇り。魔王を倒しこの帝国を救った英雄!!」
「 女神の奇跡によって、三年の死より復活せし者!! 勇者ダルク!!」
宰相が手を掲げる。
そして壇上にダルクが現れた。
豪奢な礼装に身を包み。朝日を背に受けて。
一瞬の静寂。
次の瞬間。
「うおおおおおおおッ!!」
広場が爆発した。
「勇者さまだ、 本物の勇者さまだ!!」
「生きてた、生きてらしたんだ!!」
「ばんざーい、勇者さま、ばんざーい!!」
歓喜の絶叫。
涙を流す老人。抱き合う夫婦。肩車された子供が、力いっぱい手を振る。
三年前ダルクの死を悼んだ民が。
今、その復活に狂喜していた。
ダルクはその地鳴りのような歓声を前に。
しばし、言葉を失った。
’’ ……皆。僕のことをこんなに ’’
胸が熱くなる。
ダルクは、ゆっくりと壇上の最前へ進み出た。
そして。
「皆さん!!」
ダルクが、口を開いたその瞬間。
数万の民が、一斉に口をつぐんだ。
水を打ったような静寂。
数万人がただ一人の声を聞き漏らすまいと息を殺す。
その異様なまでの求心力に。
壇の脇に控えた宰相は、改めて戦慄した。
’’ ……これだ。これがこの男の真の力だ ’’
剣でも、戦略でも、ましてホラ話でもない。
ただ、そこに立ち。
ただ、口を開くだけで。
数万の心をひとつに束ねてしまう。
(もしこの男が。今ここで「武器を取れ」と叫べば)
この群衆は、ためらいなく暴徒と化すだろう。
「皇帝を引きずり下ろせ」と叫べば。
帝国は一夜にして沈むだろう。
それほどの力。
それをこの男は持っている。
持っていてなお。
「皆さん。ただいま戻りました」
ダルクが言ったのは。
ただ、それだけだった。
気負いもなく。
威厳を誇示するでもなく。
故郷に帰った息子のような、温かい声で。
「皆さんが無事で、帝都が平和で、それが何より嬉しいです」
「うおおおおおッ!!!!」
再び、歓声が爆発した。
ダルクは続けた。
「僕は留守の間に、大切な戦友たちを、失いました。キリツグを。マリエルを。彼らはもういません」
歓声がすうと引いていく。
帝国民もまた、英雄たちの死を知っていた。
「でも、僕は──彼らの遺志を継ぎます」
ダルクの声に力が籠もった。
「彼らが、命を懸けて守ったこの国を。皆さんの笑顔を。平和を。僕が守ります。たとえ、もう一度命を懸けることになっても」
「勇者さま……!!」
「うおおおおおッ!! 勇者さま!! 勇者さま!!」
広場が地鳴りのような唱和に包まれた。
老いも、若きも。貴族も、平民も。
ただひとつになって。
一人の英雄の名を叫んでいた。
その熱狂の中心で。
ダルクは、民に向かって手を振り続けた。
…だが。
その笑顔の奥で、ダルクはひとり別のことを思っていた。
(……キリツグさん。マリエルさん。コーエンさん)
興奮する群衆のその向こうに。
ダルクは、もう会えない三人の顔が見えていた。
(僕、皇配になるってさ。びっくりだよね)
(コーエンさんが知ったらなんて言うかな。『平民風情が調子に乗るな』って、笑うかな)
(早く……早く、みんなに会いたかったな)
(間に合わなくて……ごめん)
歓声は鳴り止まない。
帝都中が、勇者の復活に酔いしれている。
その栄光の絶頂で。
ダルクは、誰にも気付かれぬよう。
そっと、目尻の涙を拭った。
帝国民は、それを感極まった英雄の嬉し涙だと思った。
そして、さらに大きな歓声を上げた。
5
帝都の裏通り、黄昏薬局。
水晶球には、歓呼に沸く中央広場が映っていた。
その群衆の中心に立つダルクの姿を、セックは頬杖をついて眺めていた。
「……ご立派に、おなりですこと」
ぽつりと呟く。
「死から蘇り。民に迎えられ。皇女の夫となり。英雄の頂きへ」
セックの視線が、ふとダルクのその涙に留まった。
「……でも」
セックの声が、少しだけ和らいだ。
「あなた様が本当に欲しいものは。その場所にはないのでしょう?」
数万の歓声よりも、皇女の愛よりも、英雄の栄光よりも。
この男が本当に欲しているのは……。
「ふふ、まあいいでしょう」
セックは水晶球に布を掛けた。
「最高の役者には、それにふさわしい報酬をちゃあんとご用意してございますわ」
「あなたが本当に求めるものをご用意いたしましょう」
帝都に勇者復活を告げる鐘が鳴り響いていた。
その晴れやかな鐘の音を。
裏通りの女は、静かに聞いていた。
物語は、最後の幕へ。
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