第4章 英雄たちの末路 その46
2
ダルクが、宰相の前に進み出た。
その立ち姿は、誰もが圧倒されるような堂々たるものだった。
三年間、パンを焼いてきた男とは思えぬほど。
「皆さん」
ダルクは、口を開いた。
謁見の間に、そのよく通る声が響き渡った。
「この私、勇者ダルクは女神の奇跡によって、復活を成し遂げました」
「おおっ……!!」
その場の雰囲気に、貴族たちが飲み込まれていく。
皇帝と宰相は、(この茶番に異論を挟める貴族はいない)と判断した。
ダルクは語った。
朝から宰相と皇帝と三人で入念に打ち合わせた筋書きを。
「私は死してから三年間。まどろみの中で過ごしていました」
(……まあ、嘘ではないか。記憶のない三年だったし)
ダルクは、内心でそう思いながら続けた。
「しかし、ある時。目の前に光が現れたのです。そして、その光はただひと言『目覚めよ』と、私に命じました」
「おお……!!」
「気がつくと、私は帝都から遠く離れた田舎街の教会の前に立っていました。それが二週間前のことです」
(……田舎街ってのは本当。パン屋じゃ締まらないから教会に変えたけど)
ダルクは、後ろめたさを感じながらも、堂々と語り続けた。
おおっ、と貴族たちはまた感嘆の声を上げた。
若い貴族の中には、感動のあまり涙ぐむ者さえいた。
おそらく、かつてダルクに心酔していた者たちだろう。
普通の者が「奇跡で復活した」と言えば、誰もが疑うだろう。
まして、ここにいるのは貴族だ。権謀術数を巡らせ、互いの腹を探り合う権力の亡者たち。
それを前にしてダルクは「復活した」という、荒唐無稽な話を信じさせていた。
いや。疑う貴族も当然いるだろう。
だが、奇跡だろうが、ペテンだろうが、皇帝と宰相が「是」としているのだ。
これに乗っからない手はない。
そして何より。
目の前のダルクの語りには、抗いがたい魅力があった。
「五日前。帝都に戻り、私は知りました」
ダルクの、声が震えた。
「共に魔王を倒した戦友。キリツグ、マリエルが、不幸にも亡くなり。コーエンも、病にふせっている、と」
ダルクの、瞳が潤んだ。
「……私は、身が引き裂かれる思いでした」
それは演技ではなかった。
本当に悲しんでいるのだ。
謁見の間に立ち、貴族たちを前に、この男は心の底から死んだ戦友たちを悼んでいた。
その本物の悲しみが聞く者の胸を打った。
「私は共に戦った英雄たちの現状を知り、確信しました」
ダルクは、涙を拭い顔を上げた。
「これは女神が。戦友たちの遺志を継ぎ。この帝国の礎となるために。私に『復活』という奇跡をお与えになったのだと」
ダルクの演説に。
貴族たちはすっかり聞き入っていた。
宰相は、厳しい顔をしてダルクを後ろから眺めている。
が、実際のところ。
笑いを、必死にこらえているのだ。
今、ダルクが語っている内容は、今朝ダルクと宰相、皇帝とで練り上げた作り話である。
それをダルクは。
生来のカリスマ性で。
ただの茶番を奇跡という「事実」に仕立て上げている。
’’ ……たいした男だ ’’
宰相は改めて舌を巻いた。
魔族から奪い返した領土を餌に、この貴族たちから忠誠と金を引き出すためにも。
ダルクという旗はこの帝国に必要なのだ。
宰相は、この茶番をしばらく眺めることにした。
3
ダルクの演説によって。
謁見の間にいる貴族たちの間で。
「目の前にいるダルクは、女神の奇跡によって『復活』を果たした」という認識ができあがった。
それを見届けて、ようやく皇帝が発言した。
「さて。女神ウォーデンの奇跡によって、復活を果たした勇者には。魔王討伐の功績も兼ねて。報償を与えねばなるまいて」
その発言に貴族たちは、どのような報償が与えられるのかと、息を飲んだ。
「女神の奇跡を受け、復活を果たした勇者ダルクには…」
皇帝は、告げた。
「我が娘。第一皇女、マシュ・エレオノール・コンラートの皇配とする」
この皇帝の発言に。
貴族たちは騒ぎ出した。
「ダルクが皇配!?、それはあまりにも……」
「いや。彼のこれまでの鉱石。そして、女神の奇跡を賜ったことを考えると。妥当かもしれん」
「さらに、だ。かの英雄たちに相応の報償を渡しておいて。最大の功労者である勇者には渡さぬというのも筋が通らぬ」
策謀ばかりに勤しむ貴族たちの割に、意見はまともだった。
もっとも、これを狙っているのは、宰相である。
(……勇者ダルクの最大の能力は)
宰相は、騒ぐ貴族たちを眺めながら考えた。
(その戦闘力でも。戦略でもない)
人々をかき立てるカリスマ力。
帝国民から、貴族まで。ダルクの人柄に触れ、その話を聞いてしまうと、どうしても魅せられてしまう。
帝国民など、すぐにダルクを信頼する。
欲の皮の突っ張った、貴族ですらその意見を聞いてしまう。
全ての羨望を束ねてしまうのだ、ダルクは。
(もしダルクに、悪しき心があれば)
この帝国を奪取し得る。
だが、彼にはそれがない。
(彼奴は壊れている)
人であれば。帝国を奪取し得る能力があるならば。それを実行してしまう。
それは宰相とて、能力があれば。皇帝へ弓を向けるだろう。
それだけの能力がありながら、ダルクは行わない。
国を正しき方向へ扇動する力。
これこそが、ダルクが女神ウォーデンから与えられた、真の「奇跡」ではないかと、宰相は考えている。
(……四年前、村で見出したあの男のままだ)
人々を束ね、人々を救い、それでいて何ひとつ、自分のものにしようとしない。
その純粋さは、三年の死と記憶喪失を経ても。
少しも損なわれていなかった。
まだ続く、貴族たちの喧騒を聞きながら。
宰相は、内心でひとつ息を吐いた。
’’ ……問題は、皇女殿下がこれをどう思うかだが ’’
政略の駒として決めた皇配の話。
当の、皇女マシュが不満を抱けば、後々面倒なことになる。
そう宰相が危惧した、その時。
謁見の間の、奥の扉から。
ひとりの少女が、否、淑女が現れた。
第一皇女、マシュ・エレオノール・コンラート。
その登場に、貴族たちが再びざわめいた。
そして、皇女マシュは……。
ダルクの姿を認めるなり。
その、可憐な顔をぱあっと輝かせ。
淑女としての作法も忘れて。
「ほ、本当に、本物の勇者さま!?」
声を上げたのだった。
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