第四章 英雄たちの末路 その44
5
そしてダルクが語り終えた時。
宰相はゆっくりと目を開けた。
「……お前は、今後どうしたいと考えているんだ」
「最初は」
ダルクは、答えた。
「キリツグたちに自分が生きていることを伝えて。そのあとは、またあの街に戻ってパン職人でも続けようかと」
宰相は机を、バンッと叩いた。
ダルクが、ビクッと身を竦めた。
「お前、そんなことが許されると思っているのか」
「え、でも」
ダルクは、おずおずと言った。
「もう戦争終わりましたよ。戦う以外能のない僕はお払い箱ですよね。下手したら貴族たちの抗争に巻き込まれて、暗殺対象に…」
’’ 既に、暗殺されただろうが ’’
宰相はそう思ったが口には出さなかった。
ダルクは自分がなぜ死んだのか。
その真相をまったく知らないのだ。
(……まだ、気付いておらんのかこの男は)
柩で運ばれたこと。記憶を失ったこと。それらの裏に何があったのか。傷も毒もなく「眠るように」死んだ英雄がなぜ生き返ったのか。
その全てをこの男は「自分でもよく分からない不思議な出来事」として受け止めている。
英雄の三人が自分を毒殺を図ったなどとは、夢にも思っていない。
「……ある意味正解だが」
宰相は暴露しそうな気持ちをぐっと飲み込んだ。
そして、別の形で怒濤のごとくしゃべり出した。
「お前が記憶喪失となり田舎で呑気にパンを焼いている時。この国がどれほど混乱したか、分かるか?そのせいで私の目算がどれだけ狂って…どれだけ苦労させられたか、分かるか? いいや、お前は分かっていない!!」
宰相は一気にまくし立てた。
これに、ダルクはドン引きした。
「でも、……もう落ち着きましたし。このまま僕は死んだことにした方が良いのでは。今更、生きていましたって分かっても、また、混乱するだけなんで。公爵だけが知っていればうまくいくのでは」
「いいや」
宰相はぴしゃりと言った。
「お前には表舞台に出てもらう」
「ええっ」
「まず、キリツグ、マリエルがいなくなり、コーエンは廃人となった」
宰相は立ち上がり窓の外を見た。
「それは昨日酒場で知りました。今でも信じられません」
ダルクは急に沈痛な面持ちとなった。
「そうか、…すでに知っていたか。」
宰相は彼の顔を見なかった。見なくても彼がキリツグたち戦友が亡くなっていたことに悲痛な気持ちになっていることは分かる。
「三英雄が亡き今、魔族への牽制も旗印も無くなってしまった。これは帝国として手痛い」
ダルクの顔から、笑みが消えた。
「……あっ」
帝都の状況を徐々に把握しだしたダルク。
キリツグ・マリエル・コーエンの三人がいない今、魔族への牽制がなくなり、帝国は貴族や民をまとめる旗印も無くした。今はまだ貴族も帝国民も魔王を倒し、領土を奪還して勝利で高揚している。しかし、この後、問題が表に出てくる。
その様々な問題を取りまとめる役としてキリツグたち三英雄は必要だった。しかし、彼らはいなくなってしまった。皇帝陛下や皇女殿下だけでは旗印としては弱い。
「お前には『旗』になってもらう」
宰相は言った。
「……いや、ぼくは今やパン職人でして、もう旗になるような立場じゃないかな、って」
「ダメだ。お前がのんびり田舎でパンを捏ねている間、わたしはしたくもない苦労をさせられていたのだ。ここからはお前に苦労してもらう」
宰相は切れ気味に話した。
宰相の膨大な圧にダルクは長いこと沈黙し、折れた。
そして、ぽつりと漏らした。
「……だから、会いたくなかったんだよな」
「何だ?」
「いえ」
「……分かりました。やりますよ」
宰相の目に、安堵の色がよぎった。
「ただし」
ダルクは続けた。
「ひとつだけ、お願いがあります」
「言ってみろ」
ダルクは、まっすぐに宰相を見た。
四年前、あの教会で同じことを願った時と同じ目で。
「全部、落ち着いたら。僕にパンを焼く時間をください」
「……は?」
「英雄でも何でもなります。旗にも支柱にもなりましょう。でも、たまには。週に一度でもいいんです。パンを焼かせてください。それだけが、僕の心の拠り所なんです」
宰相は、ふいに、四年前自分が握り潰した約束を思い出した。
「戦争が終わったら自由にしてほしい」
あの約束を自分は果たさなかった。果たす前にこの男は死んだ。
そして今復活したこの男は、もう自由は求めなかった。
ただ、「週に一度、パンを焼く時間」だけを求めた。
要求のあまりのささやかさ。
宰相は奥歯を噛んだ。
’’ ……この男は ’’
三年間死んでいて。
記憶を失いパン職人として生き直し。
その果てに戦友全員の死を知らされ。
それでもなお、この男が求めるのは。
ただパンを焼く時間。
「……いいだろう」
宰相は絞り出すように言った。
「約束しよう。今度こそ」
それは、三年越しの贖罪だった。
握り潰した約束へのせめてもの。
「さて…、私は今から」
宰相は立ち上がった。
「皇帝陛下に謁見して今後の打ち合わせをする。お前は明日、今日くらいの時間帯にここへ来い。お前も明日陛下に謁見してもらう。いいな?」
否、と言わせぬ宰相の圧に。
ダルクは、ハイかyesとしか言えなかった。
「……だから、会いたくなかったんだよ」
もう一度小さくそう漏らしながら。
6
ダルクが公爵邸を退出した後。
エメリヒは執事長カーソンを呼んだ。
「カーソン。私は今から陛下に謁見してくる」
「かしこまりました」
「それと…、」
エメリヒは一拍置いた。
その目が冷たく光った。
「コーエンを始末しておけ」
カーソンの眉がわずかに動いた。
「……よろしいので?」
「英雄の最後のひとりだからな。生かしておいた」
宰相は窓の外の北の空を見た。
そこにはかつて研究所のあった高台が見える。
「四つの『不幸』の生き証人。糸を手繰り終えるまでは、と飼い殺しにしてきた。だが、ダルクが戻った今。あの狂人に利用価値はもうない」
エメリヒはぐっと拳を握った。
「それに…」
その声に初めて私情が滲んだ。
「彼奴に貸しを支払ってもらう」
研究所の火事。
霊水を止めようとしてコーエンに焼かれた若き密偵、ノエル。
カーソンが拾い仕込んだあの若者の命の貸し。
「帳簿は私が預かっていると言ったろう。今日が取り立ての日だ」
「……了解、いたしました」
カーソンは、深々と頭を下げた。
その声には長年押し殺してきた、何かが滲んでいた。
「これでノエルもようやく報われるでしょう」
カーソンは、頭を下げたまましばし動かなかった。
それから影のように退出していった。
宰相は、メイドたちに正装を命じた。
そして皇宮へと向かうのであった。
三年前に蒔いた種が、今すべて刈り取られようとしていた。
勇者は帰ってきた。
英雄たちは滅びた。
物語は、その最終幕へと近づいていた。
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