第四章 英雄たちの末路 その43 勇者の帰還
1
帝都は、三年前と変わっていなかった。
否、変わっていた。
戦勝の喧騒はもうどこにもなかった。うわさに聞く流行り病の傷もおおよそ癒えていた。代わりに、帝都は穏やかな繁栄の中に沈んでいた。市場は賑わい、人々は笑い、戦争のことなど、もう誰も話題にしない。
その変わらぬようで変わった帝都の街を、フードを目深に被った男が歩いていた。
ダルクである。
’’ ……懐かしいな ’’
このメインストリートを、三年前自分は馬上で進んでいた。花が舞い、鐘が鳴り、誰もがダルクの名を叫んだ。
今は誰も自分に気付かない。
それがむしろ心地よかった。
ダルクは、街角の小さな祠の前で足を止めた。
白地に金の剣の旗。野の花。そして子供の手による拙い文字。
『ゆうしゃさま ありがとう』
ダルクは長いことその祠を見つめていた。
「……」
何も言わなかった。
ただ、フードの下で少しだけ目を伏せた。
そして再び歩き出した。
向かう先は貴族街。その最奥にある帝国宰相エメリヒ公爵の邸宅であった。
2
「 取り次ぎをお願いします。エメリヒ公爵閣下に」
公爵邸の門前でフードの男がそう告げた時。
門番はうろんげな目でその男を見た。
「……帰れ帰れ、閣下が貴様のような身元の知れぬ者と、お会いになると思うか」
「では、こうお伝えください」
ダルクはフードを少しだけずらした。
「『勇者が約束を果たしにきた』と」
門番はその顔を見て息を呑んだ。
3
「お前…、死んだのではなかったのか」
公爵邸の客間。
長椅子に深く腰掛けたエメリヒ・エーレーンフリート・ローゼンタール公爵は、目の前に立つ男を見て、絞り出すように言った。
「私はお前が死んでいるのを確認したのだぞ。冷たくなったお前を、あの寝室で」
ダルクはどう説明したものか分からず苦笑していた。
だって自分でも分からないのだから。
「……自分でもよく分からないんですよ」
ダルクは頭を掻いた。
「気がついたら、田舎街を徘徊していて。そこでパン職人のオヤジさんに拾われて、この前までパン職人として生きてきたんです」
宰相は頭を抱えた。
「……それ、全然説明になっていないぞ」
「ですよね」
「大体生きていたのなら、すぐに知らせに来い」
「そう言われましても」
ダルクは申し訳なさそうに言った。
「三年ほど、記憶がなくなっていまして。つい二週間ほど前に、記憶が戻ったんです。それで慌てて帝都へ」
「いや、余計分からん」
宰相は、こめかみを揉んだ。
「目の前にいるのがダルクの偽物である可能性の方がまだ信じられるな」
「……僕が本物である証拠を示せと言われたら」
ダルクは、少し考えて、言った。
「聖剣を抜いてお見せしましょうか」
宰相の動きが止まった。
聖剣。ダルクが帝都の裏通りで入手したという剣。折らず、曲がらず、切れ味の落ちぬ白銀に輝く剣。剣というものは、戦場で幾度も人を切るうちに、血に汚れ、刃こぼれが起き、曲がりが生じ、最悪折れるのである。
それがダルクの凄まじい剣技であっても、折れず、曲がらず、切れ味が落ちぬのだ。
さらにこの剣、鞘から抜くことが出来るのは持ち主であるダルクだけであった。他の誰も抜くことが出来ない。
上記のことからダルクの剣は、気がつけば聖剣と呼ばれるようになったのである。
「……聖剣の名を出し、持ち主以外抜けぬと知る時点で」
宰相は、長い、長い溜め息を吐いた。
「お前は、ダルクだよ」
ダルクは、ほっとしたように笑った。
その屈託のない笑顔を見て、宰相は三年前のあの夜の教会を思い出した。
「……まあいい」
宰相は姿勢を正した。
「これまでの経緯をいちから時系列で説明してみろ」
ダルクは、(長い話になるんだけどなぁ)と思いながら、これまでのことを語り始めた。
棺から目覚めた(らしい)こと。記憶を失いさまよったこと。ヨハンに拾われ、ジョンとして、三年間パン職人として生きてきたこと。そして、2週間前に記憶が戻り帝都へ戻ってきたこと。
宰相は腕を組み、目を閉じてそれを聞いていた。
時折、鋭い質問を挟みながら。
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