第四章 英雄たちの末路 その42
4
その日の夕餉は、ささやかな送別の宴になった。
カトリナは、ダルクの好物ばかり卓に並べた。あの手間のかかるねじり型の菓子パンも。
「……なんだい、辛気くさい顔して。わたしは、湿っぽいのは嫌いだよ」
そう言いながら、カトリナの目も赤かった。
「ジョン。いや、もうジョンじゃないのかね」
「……ジョンで、いいです」
ダルクは、笑った。
「この街で僕はジョンです。これからもジョンでいさせてください」
カトリナは、口をへの字に曲げて、それから、ふっと笑った。
「……そうかい。ならジョン」
カトリナは、ダルクの手に布包みを握らせた。
ずしりと重かった。
「道中のパンだよ。あんたの焼いたのと、あたしの焼いたの両方を入れといた。どっちが旨いか食べ比べな」
「……カトリナさん」
「達者でやんな。たまには顔を見せに来るんだよ」
ダルクは布包みを胸に抱きしめた。
「……はい。必ず」
その夜、ダルクはなかなか寝付けなかった。
明日、この街を発つ。
三年間過ごしたこの温かい店を。
帝都で何が待っているのか。宰相に何を言われるのか。三人に会えるのか。会ってどうなるのか。
何ひとつ分からない。
ただ…。
この三年間が、自分にとってどれほど大切なものだったか。
それだけは、はっきりと分かっていた。
’’ ……行ってきます ’’
ダルクは、まだ見ぬ帝都の三人と、そして、この街のすべてに。
心の中で、そっと挨拶をした。
5
翌朝。
ダルクは夜明けとともに店を発った。
ヨハンとカトリナが店先まで見送りに出た。
「じゃあな、ジョン」
「達者で」
特別な言葉はなかった。
ただ、いつものぶっきらぼうな二人だった。
ダルクは、深々と頭を下げ。そして歩き出した。
何度も振り返りながら。
二人の姿が、朝靄の向こうに見えなくなるまで。
そしてその足取りは、もう虚ろな幽鬼のものではなかった。
確かな意志を持って、一歩、一歩、東へ。
勇者ダルクは、三年の眠りから覚めて、帝都への道を歩き始めた。
6
帝都の裏通り、黄昏薬局。
「お発ちに、なりましたね」
水晶球の中、東へ向かう若者の姿を眺めながら、セックは微笑んだ。
「お帰りをお待ちしておりますわ。ダルクさま」
その口元は微笑みがあった。
その目だけはどこか遠くを見るような、優しささえ湛えていた。
「しかし、三人はもうおりません。あなたを『おまけ』扱いした者も、あなたを『眠らせた』者も。」
セックは水晶球に布を掛けた。
「さあお戻りなさい。あなたの本当の物語の続きへ」
「悲劇の幕はもう降りました。ここから先は」
ランタンの灯りが、揺れる。
「喜劇の時間ですわ」
帝都へと続く街道をひとりの男が、朝日を浴びて歩いていく。
物語は、結末へと動き出した。
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