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第四章 英雄たちの末路 その40 『目覚める者』

1


その日は、よく晴れた、冬の午後だった。


ジョンは、街外れの粉挽き小屋へ、小麦を受け取りに行っていた。


挽きたての小麦を荷車に積み、店への道を、急いでいた。


「……爺さんと、話し込みすぎたな」


粉挽き小屋の老人は、話し好きだった。世間話に付き合っているうちに、すっかり日が傾いてしまった。


「こりゃ、オヤジさんに、お小言をもらうぞ」


ジョンは、苦笑して、荷車を引く足を速めた。


冬の日は、短い。早くしないと、日が暮れてしまう。


がらがらと、荷車の車輪が、凍った道を鳴らす。


夕日が、街道を、橙色に染めていた。


その、傾いた夕日の光がふいに、ジョンの目を射た。


刹那。


ジョンの足が、止まった。


’’ ……?’’


橙色の光。


その光が何かと重なった。


夕暮れの戦場。


土埃と血の匂い。


剣を掲げ、勝ち鬨を上げる兵士たち。


’’ 勇者さま!!’’


’’ 三英雄!! 三英雄!!’’


「……ぐ」


ジョンは、荷車の柄を取り落とした。


両手で、頭を、抱える。


頭の奥で、霧が──三年間、晴れることのなかったあの白い霧が。


すぅ、と晴れていった。


様々な光景が一気に頭に押し寄せた


魔族領の岩山。


焚き火を囲む四つの影。


魔王城の玉座の間。


漆黒の巨躯。


それから


皇宮の居室。


芋の煮込みの湯気。


杯の触れ合う音。


戸口で見送ってくれた、三人の笑顔。


おやすみなさい。また明日。


’’ ……ああ ’’


ジョンの…否。


ダルクの膝が折れた。


道に両膝をついて、男は頭を抱えたまま動けなくなった。


思い出した。


何もかも。


自分が誰だったのかを。


「おい!! ジョン!! どうしたんじゃ!?」


通りかかった誰かが声を掛ける。よく店にパンを買いに来るギュンターの声だった。


「調子が悪いのか!? おい!!」


「……あ、ああ」


ダルクは、震える手で地面に手をつき、ゆっくりと立ち上がった。


「あ、……ギュンターさん。大丈夫です。ちょっと…忘れ物を思い出して」


声が掠れていた。


「忘れ物? 何言っている、そんな真っ青な顔して」


「……ええと。竈の、火を、消し忘れたかと。…そうだ、ヨハンさんに怒られるな、と」


下手な言い訳だった。


だが、ギュンターはそれを聞いてからからと笑った。


「なんだ、そんなことか。早く帰って謝っときな。また昔みたいにヨハンにぶっ飛ばされるぞ」


「……はは。そう、しますね」


ダルクは力なく笑い、荷車の柄を握り直した。


ガラガラと車輪が鳴る。


夕日に長く伸びた影を引きずって、男は店へと帰っていった。


その背中はジョンのものでもあり、ダルクのものでもあった。


2


その夜。


ダルクは自室に籠もり、ひとり考え込んでいた。


挽いた小麦を納屋に仕舞い、ヨハンに「ただいま戻りました」と報告し、いつも通りに夕食を済ませた。


そして自室に戻るなり力が抜けた。


「……参ったな」


ベッドに身を投げ出す。


三年。


自分は、ダルクは三年間行方不明だったのだ。


(まずは、記憶を辿るとしよう)


ダルクは、目を閉じ記憶の糸を手繰った。


凱旋。祝典。皇宮での四人の最後の晩餐。


そこで、記憶が途切れている。


’’ ……あの後、何があったのか? ’’


次に覚えているのは、ヨハンに拾われたあの日。


その間の記憶がすっぽりと抜け落ちている。


’’ 帝都から急に行方不明になった、皆はそう思っているだろう ’’


ヨハン曰く、自分は街中をボロ着を来て、とぼとぼと歩いていたという。


ヨハンに声を掛けられる前のことは、幾ら考えても思い出せない。


霧が晴れたのは勇者だった頃までと、ジョンになってからの三年間。その継ぎ目だけはいまだ闇の中だった。


’’ ……まあ、それは、今考えることじゃないな ’’


ダルクは頭を切り替えた。


問題は、これからどうするかだ。


’’ 今後、ジョンとして生きるか。ダルクとして生きるか ’’


ダルクは天井を見上げた。


正直、今の生活に満足している。


このまま、あと数年修業を積んで、独立することもできる。あるいは、ヨハンの言う通りこの店を継ぐのもいい。


平凡だが、幸せな人生。


ヨハンとカトリナのいる店で。ギュンターのような客に囲まれて。日々、パンを焼いて。


’’ ……いい人生に、なるだろうな ’’


では、ダルクとして戻るのはどうか。


三年間、行方不明になっていた勇者が急に生きて帰ってきたら。


想像がつかない。


帝国は混乱するだろう、特に宰相には怒り心頭で何されるか分からない。


あの三人はどうだろうか。


キリツグさんには「心配かけさせやがって!!」と、殴られるかもしれない。マリエルさんはうれし泣きしてくれるだろうか。コーエンさんは、嫌みを言いながらも許してくれそうな気がする。


’’ 会いたいな ’’


素直にそう思った。


たとえ、自分が戻ることで何かが面倒になるとしても。あの三人には会いたい。


「……一度、帝都の様子を見て判断するか」


ダルクは決めた。


帝都へ行き三人に会って、生きていることを伝える。その上でどう生きるかは、それから考えればいい。


ジョンとして、この街に戻ってくるかもしれない。


ダルクとして、何かの役目を負うかもしれない。


どちらにせよ、まずは確かめなければ。


’’ 明日、ヨハンさんに言って暇をもらえるだろうか ’’


ダルクはその不安を抱えたまま、目を閉じた。

(どうにでもなーれ)


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