第四章 英雄たちの末路 その39
4
三度目の冬を越え、ジョンが店に来て三年が過ぎようとしていた。
ジョンは今やヨハンの店になくてはならない職人になっていた。
ヨハンとカトリナはジョンを半ば息子のように扱った。ジョンも二人を本当の親のように慕った。
「なあ、ジョン」
ある冬の夜ヨハンが酒の席でぽろりと言った。
「お前さえ良けりゃ、だ。……いつかこの店をお前に継がせてもいいと思ってるんだ」
「……え」
「俺らにゃ子がいねえからな。まあ、急ぐ話じゃねえ。ゆっくり考えとけ」
ジョンは、その言葉に胸がいっぱいになった。
継ぐ。この店を。この温かい店を。
それはジョンがこれまで思い描いたことのなかった、けれどどうしようもなく心惹かれる未来だった。
このままこの街でパンを焼いて生きていく。
ヨハンとカトリナの店を継いで。やがては自分も所帯を持って。
平凡でささやかな幸せな人生。
(……それもいいな)
ジョンは本気でそう思った。
過去なんて思い出さなくてもいいかもしれない。
霧の向こうに何があったとしても。今のこの幸せを手放したくはなかった。
そう、思っていた。
5
その夜。
ジョンはいつものように自室の窓辺に立ち星を眺めていた。
雪がちらほらと舞い始めていた。
明日も夜明け前からパンを焼く。それがジョンの変わらぬ日常だった。
’’ 明日は何を焼こうかな。そろそろ新しい生地を試してみても良いかもしれない ’’
そんなことを考えていたその時。
ふと。
夜空に一瞬、流星が流れた。
その白く鋭い光の流れを見た瞬間。
ジョンの頭の中のモヤが一瞬だが晴れた。
霧の向こうでは剣の一閃が、美しい聖句が、激しい焔が見えた。
しかし、すぐにまた霧がそれらを覆い隠した。
あれは何だったのだろうか、今まで見たことは…ある気がする。
その夜、ジョンは、なかなか寝付けなかった。
あれらは忘れてはいけない何かだったのだ。
6
帝都の裏通り、黄昏薬局。
水晶球を覗き込むセックの目が、ふと細められた。
水晶には田舎街の若者がベッドの寝転がり、天井をじっと眺めている様子が映っている。
「……あら」
セックは頬杖をついたまま呟いた。
「そろそろお目覚めの時間ですか」
その声に急ぐ様子も惜しむ様子もない。
ただ、長い舞台の次の幕が始まるのを静かに待つだけの響きだった。
「三年。まどろみを見るには、ちょうどよろしい長さでしたでしょう?」
セックは水晶球にそっと布を掛けた。
「では、お客さま。そろそろ舞台に立っていただきましょうか」
「ご自分が、誰であったかを」
雪の降る田舎街の夜は、静かに、けれど、確かに──終わりへと、向かい始めていた。
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