第4章 英雄たちの末路 その35
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その夜。
ジョンに与えられたのは店の奥にある小さな物置の一室だった。
板敷きの床に急きょこしらえたベッド。窓はなく家具らしい家具もない。けれど今のジョンにとっては十分すぎるほどのねぐらだった。
ヨハンと出会わなかったら、今もトボトボとどこかを歩いていただろう。
ジョンはベッドに身を横たえ、低い天井を見上げた。
二階からヨハンとカトリナの夫婦の小さな話し声が漏れ聞こえてくる。
「本当に、いいのかい。素性も知れない子を」
「大丈夫だ。あいつの目を見たか」
「目?」
「むかし何人もの人を見てきた、悪人もお人よしも。あいつの目は悪い奴の目じゃねえ」
「まあいいさ……あんたのそういう勘だけは昔から外れないからね」
カトリナの声に笑いが滲んできた。
ジョンは漏れ聞こえる会話を聞いて微笑んだ。
" ……いい人たちだ ”
会ったばかりのどこの誰とも知れぬ自分を夕飯を食べさせ、仕事を与え、ベッドまで用意してくれた。
なぜ、こんなにも親切にしてくれるのかジョンには分からなかった。
世界がこんなにも温かいものだということを久しぶりに感じた気がする。記憶無いけど。
……僕は、これまで、どんなふうに、生きてきたんだろう
’’ 自分の過去 ’’
自分は誰だったのだろう。家族は、友は、恋人は。そしてどのように生きてきたのか。
思い出そうとするが濃い霧の向こうが見渡せない、不鮮明なままだ。だが、ほんの一瞬何かの像が、剣の閃きか、聖句か、詠唱か、一瞬何か出てきそうになったが、それをつかむ前にまた霧の向こうに消えた。
" ……今は、いいか ”
ジョンは目を閉じた。
過去が思い出せないのなら今を生きるしかない。
明日からパンを焼くのだ。
あの懐かしい、いい匂いのパンを。
それは悪くない人生の始まりに思えた。
"明日から、よろしく”
ジョンは、自分でもよく分からない誰かに心の中でそう挨拶をした。
それから藁のベッドの思いのほか心地よい感触に身を委ねて。ジョンは、深い眠りに落ちていった。
数日ぶりの安らかな眠りだった。
夢は見なかった。
霧の向こうの勇者だった頃の記憶も。
その勇者を毒で「眠らせた」者たちのことも。
そして遥か東の裏通りで水晶球越しにこの寝顔を優しげに、けれど底知れぬ目で眺めている女のことも、ジョンは何ひとつ知らないまま。
田舎街の夜は静かに更けていった。
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