第4章 英雄たちの末路 その32 第二幕『目覚め』
英雄たちの末路の第二幕(後半)の開始となります。
第一幕(前半)が三英雄の屈辱からの栄光、転落でしたが、
第二幕(後半)は、ジョン(ダルク)のスローライフとなります。
タイトル詐欺ではなく本当にスローライフとなりますので、
人によってはつまらないと感じるかもです。
でも、それは終章への布石のためです。
1
時を三年前に戻す。
勇者ダルクが皇宮の寝室で「眠るように」息を引き取った、その後のことである。
ダルクの棺は、「本人の遺志」という名目で故郷の村へ送られることになった。
ただ一台の馬車の荷台に黒檀の棺を載せただけのささやかな旅立ちだった。
御者はたった一人。
帝都から勇者の故郷の村までは馬車で十日余りの道のりである。御者は喪服の代わりに地味な外套を羽織り街道沿いの宿に泊まりながら、北西へと棺を運んでいった。
「……勇者さまも可哀想にな」
道中、御者は何度か荷台の棺に話しかけた。
「魔王まで倒したってのにこんな寂しい帰り方とは。まあ、田舎で静かに眠りたかったってんならそれも勇者さまのお望みか」
返事は当然ない。
夜は宿の馬小屋に馬を繋ぎ、棺は馬車の荷台に載せたまま。御者は宿の安い相部屋で眠り夜明け前に発つ。その繰り返しだった。
旅程の六日目。
その夜の宿場は街道沿いの寂れた小村だった。
御者は馬に水とえさをやりいつものように宿へ引っ込んだ。長旅の疲れと安酒のせいでその夜はことさら深く眠った。
真夜中
’’ ギッ ’’
棺の蓋が微かに軋んだ。
’’ ギギ… ’’
黒檀の重いふたが内側からゆっくりと押し上げられていく。
棺の中から手が伸びた。
血の気の失せた白い手だった。その手が棺の蓋を開けた
月光の下に身を起こしたのは、ダルクだった。
死装束のまま、棺の中で半身を起こし男は虚空を見つめていた。
その顔に生気はない。瞳は焦点を結ばず、虚ろに開かれているだけ。胸はかすかに上下しているが、そこに「意志」と呼べるものは何ひとつ宿っていなかった。
男はぎこちない動きで棺から出て馬車の荷台から地面へと降り立った。
裸足の足が夜露に濡れた地面を踏む。
そしてダルクだったものは誰に向けるでもない虚ろな目のまま、ふらりふらりと街道とも呼べぬ夜の野へあてもなく歩き出した。
「どこへ」とは決まっていない。
ただ何かに引かれるようにとぼとぼと。
月だけがその背を照らしていた。
2
翌朝。
目を覚ました御者はいつものように馬に餌をやり、荷台に近づいて、気付いた。
幌がめくれている
「……?」
嫌な予感がして荷台の幌を開ける
すると中棺桶の蓋がずれていた。
男は恐る恐る棺桶の中を覗き込む。
「・・・ひっ」
棺桶は空だった。
勇者の遺体が消えていた。
「な……な、ない!? 遺体が、勇者様のご遺体が!?」
御者は取り乱して、荷台の周りを行ったり来たり、馬車の下を覗き込む。村中を見回しても、遺体どころか足跡の一つも見つからなかった。
御者の頭に最悪の想像が次々と浮かんだ。
獣に持ち去られたか、盗掘屋の仕業か、あるいは勇者の遺体には何か特別な価値があると考えたネクロマンシーの仕業。
なんであれ、その全てが自分の責任になる。
帝国の勇者の遺体を運搬の途中で失った。それがどれほどの大事か。下手をすれば自分の首が飛ぶどころでは済まない。一族郎党連座でどうなるか……、御者は独り身だったが。
御者は震える手で額の汗を拭った。
そして、最も愚かで、最も人間的な決断をする。
” 俺は何も見ていない ”
開いている棺桶に蓋をした。
中身が空であることを彼は知らなかった、そういう事にした。
このまま村まで運び滞りなく埋葬を済ませる。誰も棺の中を検めはしない。勇者は故郷の土に還った書類の上ではそうなる。
「……すまねえ、勇者さま」
御者は、空の棺に手を合わせ、馬車を出した。
かくして、勇者ダルクの「遺体」は、何事もなかったかのように故郷の村へ運ばれ、村人たちの涙の中、丁重に埋葬された。
立派な墓石の下に眠っているのが、空っぽの棺であることを知る者は、この世に「ふたりだけ」だけだった。
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