↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
45/64

第4章 英雄たちの末路 その31 第一幕 -完-

これで第四章の第一幕が終わりました。

さて、この話で出てきた若者って誰でしょうねぇ、


第二幕はこの若者が中心の話となります。

3


噂話も尽きた頃、前掛けの男がふと若者に目を向けた。


「そういや兄ちゃん、そんな田舎から遠路はるばる帝都に何しに来たんだい」


「ええ。帝都に知り合いがいまして。彼らを訪ねに来たんです」


「ほう。で、もう会えたのかい?」


「いえ……それが」


若者は、卓の上の杯に目を落とした。


「会えないようでして」


「そっか。わざわざ遠くから来て残念なことになっちまったなあ」


「いえ。ひとりはここにいるのは確かなので。明日、会いに行こうかと思っています」


「そうかい。ひとりでも会えるなら帝都まで来た甲斐があるってもんさ」


「ええ、……まあ、そうですね」


「その知り合いに会ったらまた田舎に戻るのかい?」


「多分……」


すると、前掛けの男は若者の体つきをじいっと見て、それから唐突に言った。


「あんた、この帝都にしばらく居ることになるんだったらうちに来な。パンを作れるんだろ」


若者がぴたりと固まった。


「え…なんで、僕がパンを作れるって分かるんですか!?」


男はにやりとした。


「あんたまず姿勢がいい。座ってても背筋が立ってる。そんで手首が太い」


「姿勢がいいってのはお貴族様の躾か、騎士の鍛錬だ。なおかつ手首が太いとなりゃ、剣でも握ってる口だが…」


男は赤ら顔の大工から杯を取り上げて、ぐいっとあおって続けた。


「あんたさっき田舎から来たと言った。身なりも平民だ。となると姿勢が良くて手首が太い稼業はひとつしかねえ。パン職人よ」


「パン職人てのはな体力仕事だ。姿勢の悪い奴は腰をやられちまう。生地を捏ねるにゃ、手首がモノを言う。あんたのその手首と背筋は相当仕込まれたモンだ。師匠に扱かれたくちだろ」


若者はぽかんと口を開け、それから心底感心していた。


「……ええ。おっしゃる通りです。私は田舎街のパン屋で、住み込みでパン職人をしておりました。オヤジさんに…嫌というほど叩き込まれました」


「そうだろう、そうだろうとも!!」


男は嬉しそう若者の肩を叩いた。


「俺ぁ、商業区の三番通りで『スミス亭』ってパン屋をやってる。おめえみたいな職人は、いつだって歓迎だ。こっちで暮らすことになったらいつでも訪ねて来な」


「……はい」


若者はその夜初めて屈託なく笑った。


「もしこちらに住むことになったら伺います」


それから話はパンの話になった。


竈の癖の読み方。生地の寝かせ加減。冬場の発酵の苦労。塩の銘柄。男と若者は職人にしか通じない内輪ネタで大いに盛り上がり、大工と行商人は途中からすっかり置いてけぼりにされてしまい、ふたりで別の話を始めていた。



4


夜半、若者は男たちと別れ一人酒場を出た。


秋の夜気が火照った頬に心地よかった。


宿への道すがら若者はふと足を止めた。


街角に小さな祠があった。


板葺きの小さな屋根の下、白地に金の剣を描いた小旗が掛けられ、その前に野の花が手向けられている。花は瑞々しかった。たぶん誰かが供えたばかりのものだろう。


祠には子供の手によるものだろう。小さい木板に炭で描かれた拙い絵が奉納されていた。


剣を掲げた棒人間の絵。


若者は長いことその祠の前に立っていた。


やがて、そっと膝を折り手向けられた花の向きを丁寧に直した。


「…………」


何かを言いかけてやめた。


立ち上がりフードを目深に被り直すと、若者は貴族街のある北の方角を一度だけ見やった。


明日。


明日、会いに行く。


三年前に置いてきた、自分の「死」に。


若者の姿は夜の人混みに紛れて見えなくなった。



5


同じ夜。帝都の裏通りの黄昏薬局。


カウンターの上で水晶球の布がするりと滑り落ちた。


球の中には夜の街角が映っている。小さな祠の前に膝を折り花の向きを直すフードの若者の姿が。


セックは頬杖をついてそれを眺めていた。


いつもの三日月の笑みではなかった。


もっと静かな、舞台の袖から長く出番を待っていた役者を見つけた観客のようなそんな目をしていた。


「……三年」


ぽつりと呟く。


「さて、お客さま。長かったでしょうか? それとも、あっという間でしたか」


水晶球の中で若者が立ち上がりフードを被り直す。


セックはカウンターの上でそっと両手を揃えた。


そして、深々と客を迎える店主の礼ではなく、もっと古く、もっと恭しい何かの作法で頭を下げた。


「おかえりなさいませ」


「さあ、後半の役者は揃いました、再び幕を開けましょう」


──第一幕・了──

黄昏薬局にご来店いただきありがとうございます。

もし当薬局のカルテに興味をお持ちいただけましたら、

ページ下部の星マークより評価をお願いいたします。


皆様の評価やブックマークが、次の薬の調合する原動力となります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。