第4章 英雄たちの末路 その30 三英雄の末路
いよいよその31で第一幕(前半)が終わります。
その32から第二幕(後半)が開始されます。
1
研究所の火事からしばらく経って
流行り病は、意外だが隣国ほどは流行しなかった。最初こそ十人にひとりが肺を侵されて帰らぬ者となっていたが、それも数ヶ月で落ち着き、夏を迎えるまえに帝都では日常が戻りつつあった。市場には呼び込みの声が戻り、芝居小屋には灯りが戻り、酒場には噂話が戻っていた。
その夜、商業区の酒場「金の樽」はほどよく賑わっていた。
「おい、聞いたか。北の研究所のお偉いさんとうとう箱入りになったらしいぜ」
口火を切ったのは、赤ら顔の大工だった。
「箱入り?」
「軟禁よ、軟禁。ありゃもう人前に出せる状態じゃねえんだと。気が触れちまって手がつけられねえ。実家の離れに鉄格子付きの部屋をこさえてよ」
「それってまさか、コーエン様か……魔導士団の、あの三英雄の最後のひとり」
「ああ。うわさじゃ軟禁部屋でずっと何かを探し回っているそうだ」
向かいの行商人がぶるりと首をすくめた。
「最年少の天才魔術師と呼ばれた方がねぇ、気が触れてしまうとか、何か恐ろしい研究でもしていたのかね。しかしよ、これで英雄様が全員死んじまったってことか」
「いや、コーエン様は生きてはいるから全員死んだわけじゃねえな」
「生きてるって言えるのかよそりゃ」
「・・・言えねえなあ」
男たちは酒気混じりの溜め息を揃って吐いた。
「……なあ、やっぱりあれかね。例の」
大工が声を落とした。
「呪い、かね」
「よせやい」
「だってよ、考えてもみろ。魔王を倒した四人全員だぜ? 勇者様は凱旋してすぐポックリ。キョウゴクさまは高いとこから真っ逆さま。エリングの奥方は出産での無理がたたって母子もろとも。最後のお一人は、気が触れた。全員ろくな死に方……いや、生き方をしてねえ。魔王の呪いってのはあると思うね俺は」
「魔王の呪い、ねえ」
行商人が、首を捻った。
「呪いなんぞあるもんかい」
低い声で割って入ったのは、三人目の男だった。体格のがっしりした、腕の太い男である。衣服に粉がこびりついた前掛けを、椅子の背に掛けていた。
「人がおっ死ぬのに呪いなんざ要らねえよ。病と、不運と、あとは人の業で十分だ」
「業ときたか。親方は言うことが固えなあ」
「商売柄朝が早えだけだ」
男たちが、がははと笑った、その時である。
「あの、すみません」
カウンターの端から声がした。
三人が振り向くと、そこに若い男が立っていた。歳は二十代の半ばか。旅装は埃にまみれているが、彼には何か惹きつけるものがあった。
「その話を……詳しく聞かせてもらえないでしょうか。その代わりと言っては何ですが、皆さんの酒を奢らせてもらいます」
酒を奢ると聞いて男たちは顔を見合わせ、それからニヤリとした。
「お、兄ちゃん気前がいいねえ!! こっち来て座んな!!」
2
若者は男たちの卓に加わった。
「しっかし兄ちゃん、この話を知らねえってことは帝都の者じゃねえな?」
「ええ。地方から今日こちらに着いたところなんです」
「そうかい、そうかい。それじゃあ英雄様たちのその後なんざ知らねえわけだ」
「だったらいっちょ俺たちが詳しく教えてやろうじゃねえか」
新しい麦酒が運ばれ男たちの舌は滑らかに回り始めた。
凱旋の祭りの熱狂。勇者の急死後の落ち込み、その後の三英雄への褒賞。キョウゴク侯爵家の誕生と、エリング家の婚礼と、研究所の設立。
そして、冬の流行り病。
「キョウゴクさまはよ、病は治りかけてたって話なんだぜ? それがある晩、急に寝床を抜け出してよ。露台からひょいと」
「熱で頭をやられたんだと。流行り病ってのはおっかねえなぁ」
「エリングの奥方はその後すぐだ。初めてのお産でなあ。母子ともにって話よ。あの旦那の嘆きっぷりときたら、葬式に参列したお貴族さま達ももらい泣きしたって話だ」
「で、最後がコーエン様のご乱心ってわけだ。な? 四人だぜ、四人。呪いと言わずに何と言うね」
若者は相槌も打たず聞いていた。
麦酒の杯を両手で包むように持ったまま。その指の節が白くなっていることに、酔った男たちは気付かなかった。
「……そう、ですか」
長い話が終わって、若者はようやくそれだけを言った。
「キリツグさ……キョウゴク侯爵さまも、エリング侯爵夫人も。そんなことに」
「ん? 兄ちゃん、英雄様たちの名前をよく知ってるな」
「そりゃ……地方でも英雄譚は語られていますから」
「たしかに」
大工が上機嫌で杯を干した。
「ま、なんにせよだ。あの四人にゃ俺たちみんな借りがある。魔王を倒してくれてなきゃ、今ごろ俺らが西の戦線で槍持たされてたかもしれねえ。呪われてようが何だろうが英雄は英雄さまだ」
「それはそうだ」
前掛けの男が頷いた。
「俺ぁ勇者様が好きだったね。凱旋の日この目で見たんだ。馬の上から手ぇ振っててな。勇者さまは俺らと同じ平民よ。平民の兄ちゃんが魔王を倒したんだ。ありゃあ俺らの英雄だった」
「ああ。勇者さまが生きてりゃなあ」
「生きてりゃこの国ももうちっと面白かったろうによ」
男たちは誰からともなく杯を掲げた。
「勇者さまに」
「勇者さまに」
若者も一拍遅れて静かに杯を上げた。
その目がほんの一瞬灯りに濡れて見えたのは…きっと、酒のせいだったのだろう。
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