↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
32/63

第四章 英雄たちの末路 その19 『三英雄の栄華』

勇者ダルクを倒した三英雄はこれから輝く未来が約束されたのです。

今日はそんなお話です。

1


勇者の喪が明けると、帝都には新しい季節が来た。


百年ぶりの戦争のない春である。


戦争がない、なんとも良い響きである。


しかし、実際は多数の問題を抱えている。


まず奪還した領土をどう割譲するか。当然百年の長きにわたり代々最前線で戦った辺境伯に多く割譲される。しかし、兵站に協力し続けた多くの地方貴族にも相応に利益を与えねばなるまいし、戦列には加わわらず権限と利益だけかすめ取ろうと画策する帝都の貴族たちにも多少の利益を与えねばならない。何とも歯がゆい。


そしてこれまで帝国のために戦ってくれた兵たち。

これまでは定期的に食料と給金が与えられた。しかし、当面戦争が無くなった今、彼らを養う手段は限られている。


一定数は最前線の防衛に充てるが、6割は兵から溢れることになる。故郷に帰って職を見つける者もいるだろうが、それがかなわない者たちは奪還した領土へ開拓民へと派遣したい。しかし、これまで戦って生きてきた者たちに開拓民として生きていけと言っても従わない者が一定数出る。


この溢れた者が野党になる可能性が高い。昨日まで国のために戦った者たちが、帝国民を脅かす存在に変わるというのはやるせないものがある。


それは各領地を治める貴族たちに厳しく対処するよう命じるとして、



キョーゴク侯爵キリツグ。


エリング侯爵夫人マリエル。


魔導士団団長コーエン。


英雄は、三人になった。



2


「ようこそお越しくださいました、キョウゴク侯爵閣下」


ヒョウエ侯爵家の門前で、家令が深々と頭を下げた。


キリツグが生まれ育った屋敷である。池を掘り、石を置き、松を植えた、東方ゆかりの庭園。その庭をキリツグは今「客」として歩いていた。


「よく来たな、キリツグ。いや」


出迎えた兄が一瞬、言い淀んだ。


「……キョウゴク侯」


その一瞬が、キリツグには何よりの馳走だった。


兄。ヒョウエ侯爵家次期当主。幼い頃から全てを先に与えられ、全てにおいて弟の上に立っていた男。


その兄が今、弟を爵位で呼ぶ。同格の、いや武勲で勝ち取った分だけ重い侯爵の位で。


「堅苦しいのはよせ、兄上。今日は身内の挨拶に来ただけだ」


「あ、ああ……そうだな。うん」


応接の間でも兄はずっと落ち着かなかった。茶器を持つ手の置き場に迷い、言葉を選び、時折、探るようにキリツグの顔色を窺った。


かつて自分が兄の前でしていたことを、兄がしている。


「時に、キョウゴク侯。その、先日文に書いた、当家の三男の件だが……新設の侯爵家には、信の置ける家臣が要り用であろう。あれは出来は今ひとつだが、忠義だけは──」


「考えておこう」


キリツグは、ゆったりと茶を含んだ。


考えておこう。かつて兄が、弟の頼みを袖に降るときに使った言葉である。それを寸分違わぬ抑揚で返してやると、兄の顔がまた複雑に歪んだ。


実に愉快だった。


帰りの馬車の中で、キリツグは一人声を立てて笑った。


爵位、屋敷、領地、兄の追従、世間の喝采。


すべて、ある。すべて手に入れた。


あの男さえいなければ手に入らなかったものなど何ひとつ。


「……」


笑い声がふいに途切れた。


馬車の窓の外、街角の小さな祠の前に、花が供えられているのが見えた。祠に祀られているのは、白地に金の剣の旗。あちこちの街角に、民衆が勝手に作った勇者の祠である。


死んで一年経っても、花は絶えることはない。


キリツグは窓の帳を、音を立てて閉めた。



3


マリエルの婚礼は、その年の帝都で最も語られた祝事となった。


相手はエドモント公爵家次男、アラン。帝国一の美形と謳われ、社交界の貴婦人方が恋い焦がれる貴公子である。大聖堂の婚礼には皇族も列席し、花嫁の父たる教皇が自ら祝福を授けた。


「綺麗だ。いま君は、最高に美しい」


祭壇の前で、アランは囁いた。世辞ではなく本気でそう思っている目だった。


ヴェールの内で、マリエルは微笑んだ。


(……見ているかしら、皆)


列席の貴婦人たちの視線を、マリエルは肌で味わっていた。憧れ。羨望。嫉妬。帝国の令嬢たちの手の届かなかった貴公子は、今日からわたしのものとなった。


英雄の名声と、公爵家の縁と、帝国一の夫。


気持ちが、よかった。


アランは婚礼の後、新たにエリング侯爵家を起こした。妻の武勲に夫の家格が引き上げられた形である。アランはそれを恥じるどころか、「英雄を妻に持つ果報者」と公言して憚らなかった。


事実、アランは良い夫だった。


優しく、誠実で、妻を立て、夜会では常に妻の半歩後ろを歩いた。マリエルの聖務にも理解を示し、教団との折衝では矢面に立った。


何ひとつ、不足のない結婚だった。


何ひとつ、不足はないはずだった。



4


コーエンの城は帝都の北に建った。


帝立錬金術研究所。皇帝より賜った褒賞を礎に、大貴族たちから出資を集めて建てられた、白亜の殿堂である。


「所長。本日も面会の申し込みが三件」


「断れ。研究の邪魔だ」


最年少の魔導士団団長にして、研究所の初代所長。コーエンは今二つの椅子に座っている。


そして、その白亜の殿堂の最奥でコーエンが追い求めているものは、ひとつ。


賢者の石。


卑金属を黄金に変え、人に不老不死をもたらすという錬金術の究極の目的。出資した貴族たちが期待しているのもそれだ。不老不死は無理でも、身体を若返らせる妙薬を、せめて寿命を延ばす霊薬を。齢を重ねた貴族たちの欲は分かりやすかった。


「見ていろ」


深夜の研究室で、コーエンはランプの火を見つめる。


「魔王を倒した武勲など、ただの入り口だ。賢者の石を成した者として、俺の名は歴史の最も偉大な人物として残る」


武勲は一代で終わる。


だが、知の偉業は永遠に残る。


歴史の書物に載るのは、キリツグでも、マリエルでも、ましてやあの男でもない。このコーエンだ。


ランプの火が男の目の中で揺れていた。


三人は、それぞれの春を生きていた。


それぞれが望んだものを手にし、それぞれの玉座に座り、順風満帆の人生を歩み始めていた。


だが。


この栄光は長くは続かなかった。


綻びは外からではなく内から生まれるものだ。

黄昏薬局にご来店いただきありがとうございます。

もし当薬局のカルテに興味をお持ちいただけましたら、

ページ下部の星マークより評価をお願いいたします。


皆様の評価やブックマークが、次の薬の調合する原動力となります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。