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黄昏薬局 第四話 英雄たちの末路 4-17

2


翌朝、勇者の居室。


扉を叩く音がする。


「ダルクさま、朝でございます。お召し替えのご用意いたしました。入室の許可をいただけますでしょうか。」


返事がない。


侍女は眉をひそめる。この三日間、彼女はダルクの身の回りの世話をしていた。声を掛ければ、彼は大きく明るい声で答えてくれた。


「ダルクさま、ダルクさま。侍女のウェスティンでございます、入室を許可願います!」


大きめの声を上げるものの、反応はなかった。


ウェスティンの手に冷や汗がにじむ。彼女は居室の扉を開け、居室に入った。


天蓋付きのベッドにはダルクがいた。


ウェスティンはふうっと息を吐く。この三日間の過密な予定で疲れたのだろう。彼女はダルクが日に日に疲労がたまっていくのを見ていたのでそう思った。


ウェスティンはダルクに近づき、違和感が強くなった。


何かがおかしい、ダルクに生気が感じられない。嫌な汗が背筋に流れた。


「ダルクさま!!ダルクさま!!」


大きな声を出し、ウェスティンは彼の肩に触れた。


彼の身体から暖かみが消えていた。


ウェスティンは自分でも分からない声を発していた。


彼女は居室から飛び出し、声にならない声で叫んだ。叫び続けながら侍女長がいるだろう控え室に走り出した。


「勇者さまが!! 勇者さまがッ!!し、死んでいる!!」



3


その知らせは半刻で皇宮を駆け巡り、午前には宰相エメリヒ公爵が、昼には皇帝その人が、勇者の居室を訪れた。


寝台の上のダルクは、眠っているとしか見えなかった。


苦悶の痕はない。乱れもない。掛布に手を置いて、穏やかな寝息の途中のような顔で。ただ、その心の臓が動いていなかった。


「暗殺か」


宰相の第一声は、それだった。


「お調べしましたが、刺し傷、絞めた痕、打撲、一切ございません」


「では毒殺か」


「宮廷医師が検分いたしましたが、嘔吐の痕跡なし、皮膚の変色なし、瞳孔の異常なし、口腔の爛れもなく、毒の症状は見当たらないとのことでした」


「バカな」


宰相は吐き捨てた。


「二十四の若者が、傷も毒もなく、夜間に突然死するものか」


「は……恐れながら、医師団の見立てでは、魔王との死闘の無理が心の臓に祟ったのではないかと」


「……下がれ」


人払いの後、宰相は一人、寝台の傍らに長く立っていた。


どれほどの間そうしていたか、誰も知らない。退出した時、その顔はいつもの何を考えているか読めぬ宰相の顔に戻っていた。


その夜、宰相は執事長カーソンだけを書斎に呼んだ。


「カーソン。表向きの発表は決めた。『勇者ダルクは魔王討伐の深手と無理が祟り、静かに逝去した』、という事にする。


此度の戦勝に水を差すわけにはいかん。暗殺などと騒げば、せっかく取り戻した領土の運営も、貴族どもの結束も、全て崩れる」


「は。して、裏向きは」


カーソンは主の言葉の続きを正確に待った。


「調べろ。時間を掛けて構わん。決して動きを悟られてはならん」


宰相は窓の外の、喪に沈み始めた帝都を眺めた。


「傷も残さず、毒も残さず、人をひとり消せる『何か』がある。あるいは、それを使った『誰か』が、な」


「……お心当たりが?」


「ないと言えば、嘘になる」


宰相は、それ以上は言わなかった。


「急ぐな。獲物に気取られれば終わりだ。どれだけ時間が掛かってもかまわん、慎重に調べろ」


「御意」


カーソンは深く一礼し、影のように退出した。



4


帝都は、祭りの賑わいから一夜にして、沈んだ。


家々の窓には黒布が下がり、酒場は歌を止め、大聖堂の鐘は弔いの音を鳴らした。花を抱えて皇宮の門前に集まる民衆の列は、三日経っても途切れなかった。


勇者の亡骸は当初、歴代皇帝と建国の功臣が眠る帝室墓所に葬られる手筈だった。前例なき栄誉である。


それに異を唱えたのは三英雄だった。


謁見の間でキリツグたち三英雄は皇帝リンゲンベルク五世に頭を垂れながら進言していた。


「恐れながら陛下。ダルクは生前、常々申しておりました。『この戦争が終わったら、故郷の村に帰る』と」


御前に進み出たキリツグの声は、感極まったようにわずかに震えていた。


「報奨も爵位もいらぬ、村に帰って静かに暮らすのだと。あれの口癖でございました。我ら三人、何度も聞いております」


「……あの者らしい、な」


「帝室墓所の栄誉、ダルクには過ぎたる誉れにございます。なれど、あれの魂が真に安らぐのは育った村の、見慣れた空の下かと。亡き友の最後の願いにございます。何卒」


三人は、揃って頭を垂れた。


その姿に、居並ぶ貴族たちの中には目頭を押さえる者さえいた。


皇帝は許した。


勇者の棺は仰々しい儀仗を付けず、本人の望んだ通り、一台の馬車で静かに故郷へ送られることとなった。


’’ 墓は遠いほどいい ’’


三人の本心はそれだけだった。帝室墓所に葬られれば、墓は永代、衛兵に守られ、参拝者が絶えず、勇者の神話は帝都の中心で生き続ける。だが片田舎の墓なら、神話は風化する。十年もすれば参る者も絶える。


忘れられてこそ英雄は完全に死ぬのだ。


棺を載せた馬車が帝都の門を出ていくのを、三人は沈痛な面持ちで見送った。


それが、取り返しのつかない過ちであるか、その時は知る由もなかった。


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