黄昏薬局 第四話 英雄たちの末路 4-16 眠るように
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凱旋の祝典は、三日三晩続いた。
初日は皇宮への帰還報告、二日目は戦没者への鎮魂祭、三日目は民衆への祝賀その全ての中心に、ダルクは立たされ続けた。皇帝への拝謁、貴族たちとの宴、大聖堂での祈祷、バルコニーからの民衆への挨拶。分刻みの日程は魔王城への強行軍よりもよほどこの男を消耗させているように見えた。
「正直に言うと、もうくたくたです」
三日目の夜。
皇宮の一角に与えられたダルクの居室で、四人だけの小さな打ち上げが開かれていた。言い出したのはダルクである。『祝典が終わったら四人だけで打ち上げをしませんか。僕はあの焚き火の夕飯が、どの宴より好きなので』と。
卓の上には、ダルクが厨房に無理を言って作らせた芋の煮込みと、黒パンと、葡萄酒。皇宮の居室には不釣り合いな、あの天幕の夜と同じ献立だった。
「三日間、笑顔を維持しっぱなしで顔の筋が攣りそうです。戦場の方が楽でした」
「贅沢な悩みね」
マリエルが笑った。完璧な温かい笑顔だった。
「皇帝陛下の覚えもめでたく民衆はあなたに夢中。帝国中があなたの名を呼んでいるのよ、勇者さま」
「だから困っているんです」
ダルクは本当に困った顔で、芋を口に運んだ。
「報奨の内示が、その、途方もない話になっていて。僕は固辞するつもりですが……あの、前にも言いましたけど、僕は落ち着いたら村に帰りますから。三人とも村に遊びに来てくださいね。約束ですよ」
「ああ、約束だ」
キリツグは杯を掲げた。
「乾杯しよう。魔王の死と、戦争の終わりと」
少しだけ間を置いて続けた。
「俺たち四人の友情に、だ」
「……!! はい!!」
ダルクは破顔して、杯を高く掲げた。四つの杯が、澄んだ音を立てた。
夜は更けた。
ダルクはよく食べ、よく笑った。初陣の岩場の話。魔将ヴァルガとの戦いでキリツグを庇った時、実は足が震えていたという告白。コーエンの三連魔法を初めて見た時の衝撃。マリエルの治癒で蘇生した将官が目を開けた途端に彼女に求婚した話。
三年分の思い出を、ダルクは宝物のようにひとつひとつ卓に並べた。
三人は笑った。声を立てて、目尻に皺を寄せて、本物と寸分違わぬ笑顔で。
そんな中、ダルクはキリツグの皿が空であることに気付いた。
「キリツグさん、芋の煮込みまだありますがいりますか?」
「ああ、もう一杯もらおうか」
ダルクはキリツグから皿を受け取り、芋の煮込みを入れに調理場に移動した。
それまで陽気にほろ酔い顔だった三人の顔は能面のようになった。
そして、キリツグは懐から小瓶をとり出し、ダルクの芋の煮込みの中に茶色い粉を入れた。
芋の煮込みの中に粉は混ぜなくともスーッと溶け込んでいく。
キリツグ・コーエン・マリエルとも粉が溶けていくひと時が、一刻にも感じ、魔王と対峙した時よりも戦慄していた。
少ししてダルクが戻ってきた。
「キリツグさん、芋の煮込みのお代わりです」
「ああ、すまんな」
キリツグはダルクから芋の煮込みが入った皿を受け取る。
そして芋の煮込みをさっそく食べる。
「ダルクの芋の煮込みもこれが食べ納めだな」
ダルクはそれを聞いて不思議そうな顔をする。
「何故です、いつでも作りますよ」
「そうはいかん、俺達はこれまでとは違う意味で忙しくなる。お前は故郷に戻るにしろ、この帝都に残るにしろ、そうそう会うことが出来なくなる」
「そんな、僕の故郷に遊びに来るって言っていたじゃないですか」
「ああ、そうだな、約束した。それは守る、だが多分すぐ実現させるのは難しいだろう」
「そうですか」
ダルクは心底落ち込んだ顔をした。
「そう落ち込まないで、別に永遠の別れとかじゃないもの。しばらくはみんな忙しくなるけど、一服したらみんなであなたの故郷に凱旋して、みんなで神父さまにご挨拶しましょう。」
「きっとですよ、僕待っていますから」
ダルクのその純粋な瞳に三人とも目をすらすことなく見つめ返す。
やがて、夜半の鐘が鳴った。
「あら、もうこんな時間。お開きにしましょう。明日も陛下への拝謁があるのですから」
「ええ……ああ、終わるのが惜しいなあ、今夜は」
廊下の灯りの下で、ダルクは深々と頭を下げ、それから、いつもの顔で笑った。
「おやすみなさい。また、明日」
「ああ」
「おやすみ」
「……また、明日」
扉が、閉まった。
三人は皇宮の長い廊下を、一言も交わさず歩いた。靴音だけが、高い天井に響いた。
誰も、振り返らなかった。
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