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第4章 英雄たちの末路 その14 『剣では届かないもの』

1


帰路は、行きよりも遥かに楽だった。


魔王を失った魔族領は内側から軋み始めていた。前線にいた魔族部隊は持ち場を捨てて本領へ引き返していく。後継を巡る争いがもう始まっているのだ。


四人はほとんど戦うことなく山脈を越えた。


「見えてきましたね。あれが最前線です」


二十日目の夜、丘の上でダルクが指差した。地平の彼方に帝国軍の野営の灯が連なっている。


「帰ってきたんですね僕たち」


ダルクの声は、少し震えていた。


「あの、みなさん。前から考えていたことなんですが、聞いてもらえますか」


焚き火を囲んだ最後の夜、ダルクは照れたように切り出した。


「戦争が終わってあれこれが落ち着いたら、僕は故郷の村に帰ろうと思うんです」


「……帰る?」


「ええ。僕にできるのは戦うことだけですから、戦が終わればもうお役御免でしょう。村に戻って一から手に職をつけていければいいなあって」


ダルクは火を見つめて、心底幸せそうに笑った。


「報奨とか、爵位とか、正直困るんです。僕には過ぎたものだ。ただ、一つだけ欲があって。いつか三人を、村に招きたい。神父さまのパンを食べてもらって、それで……いえ、すみません、変な話をして」


三人は、曖昧に微笑んだ。


報奨はいらない。爵位もいらない。村の神父が焼いたパンを食べて欲しい。


白々しい、と三人は思った。


そう思うことでしか己を保てなかった。この言葉を真に受ければ自分たちが殺そうとしている男は最初から何一つ奪うつもりのなかった男だ、ということになる。それは認められなかった。認めるわけにはいかなかった。


それにと三人は知っていた。本人が何を望もうと世間が、皇帝が、貴族たちがあの男を放っておくはずがないのだ。救国の英雄は祭り上げられる。あの男の意思など関係なく。


だから白々しいのだ。そういうことにした。



2


その翌日の行軍の休息中、ダルクが先行偵察に出た僅かな間のことだった。


「……方法は決まったのか」


キリツグが低く問うた。あれから二十日。三人とも答えを持っていなかった。


毒、という発想には三人とも辿り着いていた。剣でも魔法でもないものと言えばそれしかない。


だが毒は足がつく。


帝国で流通する毒物は暗殺対策のために宮廷医師団が知り尽くしている。症状が出れば即座に特定され、入手経路を辿られる。


救国の英雄の毒殺ともなれば、帝国の総力を挙げて犯人探しが行われるだろう。疑いの目は三人のところにも及ぶし、その地位をもってしてもうやむやに出来る保証はない。


「くそっ……!!」


キリツグは苛立ち足元の石を蹴り付けた。石は乾いた音を立てて転がっていった。


その音を聞きながら、コーエンが、ふと顔を上げた。


「……お前達。「黄昏薬局」という店を、知っているか」


「黄昏薬局?」


マリエルが眉を寄せ──それから、記憶を探る顔になった。


「……聞いたことが、あるわね。確か、異国のよく効く薬を出す店、だったかしら。どこで聞いたのだったか……侍女の噂話だったか」


「俺も聞いた覚えがある。兵舎だったか、酒場だったか……」


不思議なことに、三人とも、その店の噂をどこかで耳にしていた。


そして三人とも、誰から聞いたのかを、思い出せなかった。


「帝都の裏通りにあるという。帝国の薬師の知らぬ異国の薬を商う店だと」


コーエンの声が一段低くなった。


「その店で、ダルクを殺害する薬を手に入れる」


「……でも、その店って、ただの噂じゃ」


「実在は確認できる。問題はそこではない」


しかし、キリツグが眉を寄せた。


「仮に実在したとして、英雄を殺す毒など売るだろうか」


「誰も英雄を殺す毒を売れなどと言わんさ」


コーエンは、薄く笑った。


「ただ『バレない毒薬を売ってくれ』と言うだけだ。帝国の医師の誰も知らぬ異国の毒。症状の出ない毒。それさえあれば、残りの舞台は、俺たちで整えられる」


風が荒れ地の砂を運んでいった。


「いいかお前達。これが最後の機会だ」


コーエンは二人の目を順に見た。


「凱旋すれば、彼奴は真の英雄に祭り上げられる。警護は厚くなり、皇宮の奥へ遠ざかり、俺たちの手は二度と届かなくなる。この機会を逃せば、後はない。あいつは神話になり、我々は、その神話のお飾り以下の存在となる」


「……ああ」


キリツグが頷いた。


「英雄は我々だけで良い」


「そうね」


マリエルがほの暗く微笑んだ。


遠くから偵察を終えたダルクが手を振って駆け戻ってくるのが見えた。三人は手を振り返した。それはもう完璧を通り越して本物と区別のつかない笑顔だった。



3


帝都は大いに沸いていた。


魔王討滅の報は四人の帰還に先んじて帝都を駆け抜け、四人が城門をくぐった日、メインストリートは帝国民で埋まった。


「勇者さまばんざーい!! 三英雄さまばんざーい!!」



花が舞い、鐘が鳴り、子供たちが行列を追って走る。窓という窓から人が身を乗り出し、ダルクの名を三英雄の名を叫んだ。


馬上のダルクは困ったように笑いながら手を振り続けていた。


その斜め後ろを進みながらキリツグは群衆を眺めていた。


民衆の目。その視線の流れがどこに注がれどこを素通りするか。馬上からはそれが残酷なほどよく見えた。


(……ああ、そうだ。これでいい)


不思議なほど、心は冷静だった。


(これが見納めだ。よく見ておけ、ダルク。これがお前の人生最良の日だ)


凱旋の式典は三日続くという。初日は皇宮への帰還報告、二日目は戦没者への鎮魂祭、三日目は民衆への祝賀。英雄たちの予定は分刻みで埋まっている。過密な予定の中、三日目の夜だけがぽっかり開いている。四人がプライベートで会える最後の機会。


「黄昏薬局には俺が行ってくる」


宿舎で落ち合った三人にキリツグは言った。


「コーエン貴様は駄目だ。魔導士団の人間は薬品に通じている。後で店との繋がりを疑われたとき一番分が悪い。マリエルも駄目だ。聖職者が裏通りを歩けば目立つ」


「……それらしい理屈だが、本音は?」


コーエンの問いにキリツグは少しだけ黙り、それから言った。


「俺の刀はあの男に届かなかった」


折れた刀はまだ新調していなかった。


「届く得物をこの手で取りに行きたい。──それだけだ」


黄昏薬局にご来店いただきありがとうございます。

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