第4章 英雄たちの末路 その12 『届かぬ刃』
1.
魔王城は、山脈のいちばん奥で、山そのものを削り取って築かれていた。
見上げても、稜線と城壁の境目は判然としない。百年ものあいだ、誰ひとりとして人の足が届かなかった城だった。
その城の背後、岩肌に口を開けた排水路の手前に、四つの影があった。
「あれが、魔王城か」
「まさか、山を削って造ったなんて想像もしなかったわ」
三人は、魔王城の異様さにただ驚くほかなかった。
「……ここから潜入します。城の内部構造は、捕虜だった元・城仕えの魔族から聞き出してあります。おそらく、魔王城はこちらの動きに気づいていないでしょう。玉座の間までは、あと少しです」
ダルクがひそひそ声で告げた。
「真正面からぶつかれば、城内の魔族をすべて敵に回すことになります。ですから、これは決闘ではありません。暗殺です。寝室でも浴場でも、隙があればそこで仕留める。誇り高い戦い方でないことは、承知しています」
ダルクは三人を見渡した。
「軽蔑されても当然だと思っています。それでも、僕の誇りより一万の命のほうが重い」
「……いまさらだ。行くぞ」
四人は闇へと滑り込んだ。
2.
城の中を進む潜行は、長い時間を要した。
ダルクの記憶していた道筋は、正確そのものだった。警備の魔族と三度すれ違い、三度ともやり過ごした。たった一度だけ避けようのない遭遇があったが、キリツグの刀は悲鳴よりも速かった。
やがて四人は、たどり着いた。
玉座の間。
天井の高さは、聖堂を凌いでいた。壁には魔族が百年にわたって収めた勝利の記録が刻まれ、その最奥、黒曜石の玉座に、それは座していた。
「よくぞ来た、人の子ら」
その声が、石畳の床を震わせた。
潜入は、最初から見抜かれていたのだ。
玉座から立ち上がったのは、漆黒の肉体に三対の角を持つ魔人だった。背丈は人の倍ほどある。だが、四人を圧倒したのは大きさではない。存在の密度としか言いようのないものだった。同じ空間にいるだけで、魂の薄皮が剥がれていくような感覚。
魔王ゼノヴィア。
百年間、魔族の頂点に君臨し、帝国に絶望を与え続けた者。
「城の者どもは遠ざけてある。余の獲物を、横から奪われとうないのでな」
魔王はゆるやかに段差を降りてきた。
「勇者ダルク。貴様の名はここまで届いている。ヴァルガを討ち、ゾッドを討ち……よくぞ、ここまで来たものよ」
「……あなたが死ねば、この戦争は終わる」
ダルクは剣を構えた。
その剣は白銀に輝いていた。ダルクが帝都で、ひょんなことから手に入れた剣である。
折れない。曲がらない。刃こぼれさえ起こさない。
名のない剣だったが、いつしか周囲の者たちは『聖剣』と呼ぶようになっていた。
「ほう、その剣はミスリルか」
ダルクは眉をひそめた。ミスリルなど、聞いたこともない。
『なんだ、知らぬのか』
魔王はダルクの反応を見て、その剣が何であるかを知らないのだと理解した。
魔王は剣について、それ以上は語らなかった。知っていようといまいと、その価値はこの戦いに関係しないからだ。
「ところで、勇者よ」
「……?」
「貴様は知っているのか。余を討とうとする貴様の背を、虎視眈々と狙う者がいることを」
三人の心臓が止まった。
「余は百年、人の子らを見てきた。人の嫉妬、妬みの臭いは、血の臭いよりもよく分かる。くくっ、実に傑作よな」
「……戯言を」
ダルクは構えを崩さなかった。
「よいよい。ならば、その志のまま死ぬがいい!!」
言葉の応酬は、そこで終わった。
魔王が、消えた。
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