第4章 英雄たちの末路 その10 魔王への道
1
魔族領の空は、意外だが澄んでいる。
それに対して四人が進む山脈は、草木が乏しく、登るにつれてその草木すら無くなり、じきに岩場の細いかろうじて道と言えるルートを歩くことになった。ダルクと偵察隊が見つけたルートの内のひとつだ。
そのを、四つの影が進んでいく。
移動は夜明け前と日没後の薄明の時間帯のみ。昼は岩陰に潜み、火は熾さず、最低限の食料食べる。魔族の巡回路はダルクが事前に頭へ叩き込んでおり、四人は哨戒線の網目を縫うように、一日また一日と、魔王城へ近づいていった。
「……信じられん」
八日目の夜、コーエンが小声で漏らした。
「魔王城を八日で、一度も発見されずに進むなど。ダルク、巡回の時間まで読んでいるのか」
「読んでいるというか」
岩陰でリュックを枕にしていたダルクが、こともなげに答えた。
「魔族でも人でも同じですが、誰だって楽をしようとします。魔族の上位種はこんな細い谷間を歩くことが出来ず尾根を。下位種は上位種に近づかない。だから両方が避けるこの岩場は、監視が甘くなるんです」
「……それは、どこで学んだ」
「二年間、彼らと戦いながら、ずっと見てきましたから」
ダルクは目を閉じた。
「敵のことを知らないと、勝てません。それに知れば知るほど、彼らも僕らと同じだと分かります。強さに従って仲間のために戦って、故郷に帰りたがっている。だからこそ、早く終わらせないと」
寝息はすぐに聞こえてきた。敵地のただ中で一切の警戒を三人に預けて眠る男を三人は無言で見下ろしていた。
マリエルが錫杖を固く握ったが、キリツグが首を振って制止した。
マリエルは唇を強く噛みながら錫杖への力を抜いた。
信頼されている。
絶望的なまでに、信頼されている。
2
最初の戦闘は九日目に起きた。
谷の出口で運悪く魔族の幹部級と行き会ったのだ。
魔将ヴァルガ。帝国軍が二度の会戦で討ち損ね、数多の兵を葬った、四本腕の巨人である。そして供回りは精鋭が十。
遭遇した以上、退路はない。目撃者を残せば、この作戦は終わる。
「やります。手筈通りに」
ダルクの声に、迷いはなかった。
戦闘は苛烈を極めた。
コーエンの広域魔法が供回りの半数を初撃で焼き払い、マリエルの聖光の盾が魔将の咆哮の衝撃波を受け止める。キリツグの剣が残る精鋭を二体、三体と斬り伏せていく。
三人は強かった。この二年でさらに研ぎ澄まされた三人の連携は、帝国最強の名に恥じぬものだった。
それでも──魔将ヴァルガは、別格だった。
「ぬうんッ!!」
四本の腕が持つ剣がばらばらの方向から振るわれる。
キリツグは三本目までは見切った。だが四本目の刃が、死角から胴へ。
「(──死んだ)」
そう悟った刹那、衝撃は来なかった。
代わりに、鋼と鋼の激突音。キリツグの眼前で、ダルクが剣で四本目の刃を受け止めていた。
官給品の剣ではない。白銀に輝く剣、それは勇者の旗印のモチーフとなった剣である。
官給品の剣であれば受け止めるどころか、剣ごとダルクが切り裂かれていただろう。
この白銀に輝く剣はそれほど強度が強いものであった。
「キリツグさん、下がって!!」
ダルクの姿が、掻き消えた。
次に三人の目が捉えたとき、ダルクは魔将の懐にいて──四本腕のヴァルガの首が、ゆっくりと、胴から滑り落ちるところだった。
帝国軍の兵を数多屠ってきた魔将が、一合だった。
「お怪我は!?」
駆け寄ってくるダルクに、キリツグは「ない」とだけ答えた。
ない。怪我はない。
借りがまた一つ、増えただけだ。
3
二体目の幹部は、十日目の夜に討った。
魔王城の手前、山脈の最後の砦を守る魔将ゾッド。今度は遭遇戦ではなく、ダルクが立てた策による奇襲だった。コーエンの魔法を囮に使い、マリエルの聖魔法で結界を破り、キリツグとダルクの二刀で挟撃する。
完璧な連携だった。三人とも、存分に働いた。
それなのに、とどめの瞬間、魔将ゾッドが断末魔に叫んだ言葉は、こうだった。
「お前が、勇者か……」
四人で討った。なのに魔族すら見ているのは一人だけだった。
戦いの後、ダルクは焚き火を許した。最後の関門を抜けた今、この谷は魔族の哨戒網の死角になる。そうダルクが判断したからだ。
「みなさん、本当にすごかった」
ダルクは火に枝をくべながら、心底嬉しそうに言った。
「ヴァルガも、ゾッドも、帝国軍が何年も討てなかった相手です。それを、この少人数で。……あの、笑わないで聞いてくれますか」
「何よ」
「僕、この旅に出る前、本当は怖かったんです。計画に穴がないかじゃなくて、三人が来なかったら、来てくれたとしても道中、三人に万が一があったらどうしよう、って。それが怖かった」
火が爆ぜた。
「でも、もう怖くありません。三人の戦いを隣で見て、確信しました。僕たちは、勝てます。魔王に勝って、四人で生きて帰えるんです」
そしてダルクは、いつかの夜と同じことを言った。
「君たちがいなかったら、こんな作戦は考えもしなかった。……ありがとうございます。僕を、ここまで連れてきてくれて」
連れてきたのは、貴様だろうが。
三人は、声に出さずにそう思い、声に出しては「こちらこそ」と微笑んだ。
その夜、ダルクは見張りを最初に買って出て、そして交代の後は、また泥のように眠った。
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