第4章 英雄たちの末路 その9
3
ダルクの天幕を辞した後。三人は、申し合わせたわけでもなく、コーエンの天幕に集まっていた。
「どういうつもりだ、キリツグ。真っ先に賛同した!!」
日頃、冷静な物言いをするコーエンの口調が荒い。
「だったら、他にどうしろと言うんだ!!」
キリツグは吐き捨てた。
「断ってみろ。あの男は本当に一人で行く。それで死ねば良し、だが生きて帰ってきたらどうなる。たった一人で魔王を討った男だぞ。皇帝陛下は皇女殿下の伴侶にと言いかねん。平民上がりの皇配殿下の誕生だ。そのとき、誘いを断って震えていた俺たちは、世間から何と呼ばれる?」
誰も答えなかった。答えは明白だった。
「行くしかないのよ」
マリエルが静かに言った。
「あの男が魔王を討つなら、せめてその場にいなくては。『勇者と共に魔王を討った三英雄』それが、わたくしたちに残された、最後の椅子だわ」
「……椅子、か」
コーエンが暗い目で呟いた。
「四つの手柄を四人で分けても、世間はどうせ、あの男一人を讃えるのだがな」
重い沈黙の後、キリツグが、ふと、声の調子を変えた。
「……なあ。前にも言ったことだが」
「何よ」
「敵地、ということだ」
キリツグは灯りを見つめたまま、続けた。
「軍の目もない。帝国の法も届かない。あるのは魔族と、危険と四人だけだ。あの男に突如流矢が襲ったとしても、真実を知る者は、この世に三人しかいない」
天幕の空気が変わった。
「……あなた、自分が何を言っているか分かっているの」
「分かっているとも。が、多分これは絶好の機会だ」
キリツグは笑った。笑っていない目で。
「まあ、ざれ言だ。さあ、明日から仕度だ。死出の旅路になるかもしれんのだからな」
三人は別れ、それぞれの天幕に戻った。
誰も「絶好の機会」というざれ言を咎めなかったことを、三人とも、覚えていた。
4
一月後。
帝国軍は、魔族領の山脈正面への大攻勢を開始した。
最前線には勇者の旗が翻り、白銀の鎧の「勇者」たちが兵たちを叱咤している。事前にダルクが指示した作戦書通りに、影武者の攻勢は精密に、苛烈に進んだ。魔族軍の全戦力が、山脈正面に吸い寄せられていく。
その三日前の夜。
四つの影が、山脈東端の岩稜地帯を、音もなく越えていた。
彼らは軽装だった。あるのは武器と、十日分の力領だけ。
それとて十分な荷物だが、彼らとっては軽装である。
「ここから先は、魔族の領内です」
先頭のダルクが振り返り、小さく言った。
「行きましょう。すべてを終わらせに」
三つの影が頷いた。
それぞれの胸に、それぞれの「終わらせるもの」が同じかは誰も分からない。
間話
同じ頃。帝都の裏通り。
黄昏薬局にその夜、客はいなかった。
セックはカウンターに頬杖をつき、布を掛けた水晶球を掛けたまま指先で撫でていた。
「……ふふ」
ふいに、笑みが漏れた。
「あら、いけない。覗くのはもう少し我慢しようと思っていたのに」
布が、滑り落ちる。
水晶球の中には夜の岩山を行く四つの小さな影が映っていた。先頭の影は迷いなく進み、後ろの三つの影はその背を見つめている。
その三対の視線に絡みつくものを、セックは舌の上で転がすように味わった。
妬み、嫉妬、焦り、怯え。そして、まだ本人たちも名を付けかねている、煮詰まる寸前の何か。
「よく育っていますねぇ」
人の子の心ほど、面白い畑はない。
「最も輝ける者の隣は、最も日陰が濃い。……人の子は、いつの世も変わらない」
セックはカウンターの下からグラスを取り出し、氷を数個入れる。そして手酌で何かの酒を注いだ。とろりと琥珀色で香り高く、この上なく酒精が強い。この国のものではない酒である。
「さて、お客さまがた」
誰もいない店内で、セックは水晶球に向けて、軽く杯を掲げた。
「お客さまがたの旅路に祝福を。ああ、それと」
そういえば、と思い出したように。
「種蒔きはもう済ませております。酒場で、市場で、兵舎の片隅で。ふふ、噂というのは、不思議なものでしょう? 必要な耳にだけ、ちゃあんと届くのですから」
カウンターに落ちた女の影が、一瞬裂けた口を持つ、人ならざる何かの形に見えた。
次の瞬きの後には、そこにはもう、絶世の美女が頬杖をついているだけだった。
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