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第4章 英雄たちの末路 その8 無謀なる提案

1


ダルクの着任から、二年が過ぎようとしていた。


帝国軍の旗は、今や魔族領の深くにある。奪われた領土の半分近くは取り戻され、戦線は魔族の領土、魔王の居城がある山脈の手前まで達していた。


そして、そこで止まった。


「以上のとおり、敵の抵抗は山脈線で急激に硬化しております」


冬の軍議で、将官のひとりが地図を示した。


「魔王の御座が近いためか、敵の士気は衰えを知りません。各個の魔族兵が、死を恐れず戦います。我が軍の損耗は、この三月で従来の三倍。このまま山脈の攻略に掛かれば──」


「掛かれば?」


「帝国の諸侯にも兵を供出させ数万の兵を要して、最低五年。そして損害は万を超えるかと」


軍議の席が、重く沈んだ。


魔族とは、強き者に従う種族である。百年にわたり魔族の軍勢が一枚岩であり続けたのは、頂点に立つ魔王の力が絶対だからだ。魔王が健在である限り、魔族は決して折れない。領土をどれだけ削ろうと、将をいくら狩ろうと、戦争そのものは終わらないのだ。


万の命と、五年の歳月。


割に合わない、それが軍議に参加した者たちの一致した見解だった。



2


その夜、ダルクの天幕に三人は呼ばれた。


「夜分にすみません。三人だけに聞いてほしい話があるんです」


天幕の中央には地図が広げられていた。そこに記されていたのは魔王が住まう魔王城のある山脈だった。


ダルクは地図の上に、粗雑な作りの駒を四つ置いた。


「四人で、魔王城に侵入して魔王を討ちます」


世界が停止した。少なくとも彼らの世界は停止した。


’’ 何言ってんだコイツ ’’


最初に我に返ったのはコーエンだった。


「……正気か?」


「正気です」


「たった四人で魔王の居城に乗り込むだと? 冗談にも程がある!! 山脈の防衛線をどう抜く。抜けたとして、敵地のただ中を何日掛けて進む気だ。補給は?発見されたら?そもそも魔王の力は未知数なのだぞ!!」


「無茶よ。いいえ、無茶という言葉すら生ぬるい」


マリエルも声を尖らせた。


「自殺行為よ、そんなもの」


「キリツグさんは、どう思いますか」


「……軍人として答えるなら、論外だ」


キリツグは腕を組んだまま言った。


「貴様は今や全軍の旗だ。その旗が敵地で野垂れ死んでみろ。戦線そのものが崩れる」


三人の反対はこの時ばかりは演技ではなかった。心の底からの正論である。


ダルクは三人の言葉を遮らず最後まで聞いた。それから、静かに口を開いた。


「正面から山脈を抜けば、万の兵が死にます」


地図の上、魔族領の山脈の線を指でなぞる。


「今日の軍議の数字です。五年と数万の兵を用いて、損害が万を越える。僕は嫌です。魔王一人の首のために、あまたの家族を泣かせるのは」


「だからといって…」


「魔族は、強さに従う種族です」


ダルクは続けた。


「百年間、彼らが一つでいられたのは、魔王が最強だからです。なら、その魔王が倒れたらどうなるか。魔族は確実に割れます。幹部たちが後継を争って、内部闘争が行われる。そこを突けば、戦争は一年で終わる」


「だとしても、我々四人でどうやって」


「抜け道はあります」


ダルクは地図上の三点を示した。


「魔族の捕虜たちの証言と、僕がこの半年 偵察隊と歩いて確かめた経路です。山脈には魔族の硬い防衛線がある。でも彼らの防衛線は『軍』を止めるためのものだ。たった四人なら何とか通れるルートが三つあります」


’’ 岩場の狭い路でも軽装なら通れる ’’


二年前、ダルク自身がそれを証明したことを三人は思い出していた。あの男は、自分が初陣で使った手を、今度は自分たちに使う気なのだ。


「時期は、次の大攻勢に合わせます。前線には僕たちの影武者を立てて、事前に詰めた作戦通りに正面から圧力を掛けてもらう。魔族の目が全部そちらを向いている隙に、僕らは山脈を抜ける」


穴を探そうと三人は頭を巡らせた。


穴はあった。いくらでもあった。途中で発見されれば終わり。魔王が想定より強ければ終わり。魔王を倒したとして、その後は、帰路はどうするのか。


だがそれらはすべて「危険」であって、「不可能」の証明ではなかった。この男の言う計画は、忌々しいことに、毎度それなのだ。誰もが不可能と笑い、そして毎度、この男だけが可能にしてきた。


「……仮に。仮にだ」


コーエンが絞り出すように言った。


「その策に乗るとして、なぜ我々なのだ。精鋭なら他にもいる」


「三人にしか、頼めないからです」


ダルクは即答した。


「魔王城までの道中、何が出るか分かりません。幹部級と当たれば、僕一人では苦戦します。キリツグさんの剣と、マリエルさんの聖魔法と、コーエンさんの火力。この三つが揃って、初めて成算が立つんです。それに」


ダルクは、少し笑った。


「背中を預けられる相手と行きたい。僕の我儘です」


沈黙が落ちた。


「……断ったら、どうする」


キリツグが問うと、ダルクは困ったように頭を掻いた。


「一人で行きます」


「くっ、貴様」


「すみません。でも、決めているんです。万の兵が死ぬ前に終わらせるって」


それは脅しではなかった。脅しでないことが、三人には分かった。この男は本当に、一人でも行く。


そして、もしかしたら、一人でも成し遂げてしまうかもしれない。


「……分かった」


最初に折れたのは、キリツグだった。


「乗ってやる。貴様一人に行かせて野垂れ死なれては、寝覚めが悪い」


「キリツグさん……!!」


「わたくしも行くわ。治癒役がいなければ、三日で全滅よあなたたち」


「……付き合ってやる。貴様の立てる策は危険であるが、穴はない」


「みなさん……。ありがとうございます!!」


ダルクは三人の手を順に取り、深々と頭を下げた。その目が潤んでいるのを見て、三人は完璧な微笑を返した。


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