第4章 英雄たちの末路 その6 『勇者の仲間たち』
1
ダルクの着任から一年が過ぎた。
戦線の地図は塗り替わっていた。
百年間、帝国軍が一度も越えられなかったヴェルデ河を軍は半年前に渡った。魔族側の前線拠点は次々と陥落し、奪われていた領土はすでに二割が帝国の手に戻っている。
その先頭には常に一本の旗があった。
白地に金の剣を描いた勇者ダルクの旗である。
「報告!!ガルム砦は陥落。敵将デモルグ、ダルクさまが討ち取りました!!」
「うおおおおおッ!!」
陥ちた砦の城壁に勇者の旗が立つたび、兵たちは咆哮した。
今やダルクの指揮下には八千の兵がいる。誰に与えられたものでもない。「勇者の御旗のもとで戦いたい」と各隊から志願者が集まり、勇者の活躍を聞きつけ志願兵がやってきて、軍上層部がそれを追認する形で膨れ上がった八千である。
そしてその八千の中に三英雄もいた。
2
「キリツグ卿!! ガルム砦攻めのお話をぜひお聞かせ願えませんか」
祝勝の宴で若い貴族士官がキリツグに駆け寄ってきた。確か伯爵家の三男だったか。目を輝かせて続ける。
「卿が西門を抜いたからこそダルクさまは本丸に踏み込めたと聞きました。さすがは勇者さまの懐刀、刀の英雄ですよ」
「……懐刀、か」
「は? 何か」
「いや。西門の話だったな」
キリツグは笑顔を作り武勇伝を語ってやった。若者は感激して何度も頭を下げ、去り際にこう言った。
「自分もいつかダルクさまの軍に入れていただけるよう精進します!! キリツグ卿からお口添えいただけたら光栄です!!」
自分で言え
キリツグは笑顔のまま杯を握り潰しそうになるのを堪えた。
数日前、実家の兄から文が届いた。あれほど自分を見下していた兄が最近は丁重な文面を寄越すようになったのだが、先日の文の末尾にはこうあった。
『──ときに、お前は勇者殿と懇意であると聞いた。当家の三男をダルク殿に推挙してもらせないか。一族の誉れとなろう』
一族の誉れだと
ヒョウエ侯爵家の誉れがいつから平民の傘下に入ることになったのか。
そして兄は、なぜ俺の武勲ではなく俺と「ダルクとの繋がり」を誉れと呼ぶのか。
3
「マリエルさま教皇聖下より文にございます」
従者が差し出した父の文をマリエルは祈祷用の天幕で開いた。
定例の挨拶もそこそこに本題はこうだった。
『勇者ダルクの武勲、今や帝都の民の信仰に近し。教団として彼を「女神ウォーデンの恩寵を受けし者」と公認することを検討しておる。ついては娘よ、勇者の人となり、信仰心の有無、教団への心証などを詳細に報告せよ。そなたがダルクの傍にあることは教団の誇りである』
’’ そなたがダルクの傍にあることは ’’
マリエルは文を畳みしばらく動かなかった。
女神の愛し子と言われ、教団の権威を戦線で体現してきた教皇の娘。その自分への文に自分自身の働きを問う言葉は一行もなかった。あるのはダルクのことばかり。
父はわたしに勇者の妾にでもなれというのか。
天幕の外から声が聞こえる。吟遊詩人が勇者ダルクを讃える詩だった。そこにこんな一節があった。
’’ 勇者ダルクさまの後ろには三人の英雄付き従う ’’
付き従う。
マリエルは祈祷台の前に座り目を閉じた。祈りの言葉は出てこなかった。
4
コーエンの屈辱は書物の形でやって来た。
『ヴェルデ河渡河作戦考』。帝都の兵学者が著した、渡河戦の分析書である。前線にまで写本が出回るほどの評判だという。
魔導士団の若い部下が気を利かせたつもりで持ってきた。
「団長の火力支援も載っていますよ。ほら、ここに」
確かに載っていた。
『──渡河点の選定、陽動の配置、攻撃時機、そのすべてが勇者ダルクの構想による。特筆すべきは対岸制圧の手順であり、魔導士部隊の広域火力を「支援」として的確に組み込んだ点に、彼の作戦の妙がある』
支援。
あの夜、対岸の敵陣地を更地に変えたのはコーエンの広域殲滅魔法である。帝国魔導史上誰も成し得なかった大火力だ。それがこの書物の中では「勇者の作戦に組み込まれた支援」の一語で済まされている。
「……下がっていい」
「あの、団長」
「下がれと言った」
部下が出ていった天幕でコーエンは書物を眺め続けた。
腹立たしいのは反論できないことだった。
渡河点を選んだのはダルクだ。陽動を組んだのもダルクだ。コーエンの魔法をどこで使えば最も効くか、それを見抜いて頼みに来たのもダルクだった。
『コーエンさんの火力が要です。あなたにしか頼めない』
そう言って頭を下げに来た。
あの男はいつもそうだ。礼を尽くし、頭を下げ、手柄を譲ろうとする。
そして世間はその姿ごとあの男を讃えるのだ。
部下に頭を下げる勇者さま。なんと度量の広い。
部下?だれが
コーエンは書物を閉じ、火にくべた。
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