第4章 英雄たちの末路 その4 『勇者、来たる』
1
勇者の着任は、ひどく静かなものだった。
帝都からの増援部隊と共に前線基地の門をくぐった一団。その最後尾を、一頭の駄馬に揺られてやって来た若者がいた。
歳の頃は二十をいくつか過ぎたあたり。着ているのは支給品の革鎧で、腰の剣も官給品の量産剣である。従者の一人も連れていない。
「勇者さまの凱旋だ」
「駄馬から落っこそうじゃねえか」
門衛の兵士たちが、顔を見合わせて笑いを噛み殺した。
キリツグたちが着任するときなど、旗を掲げた騎馬の列が門前に並んだものだ。それがどうだ。勇者の称号を得た若者には駄馬に官給品、荷物はリュックがひとつ。どこから見ても、新兵の補充にしか見えない。
若者は駄馬を降りると、門衛に向かってぺこりと頭を下げた。
「ダルクです。本日付で着任します。総司令部はどちらでしょうか」
兵士に頭を下げる。
門衛は半笑いのまま司令部の天幕を指差し、若者、ダルクは、もう一度頭を下げて歩いていった。
その後ろ姿を、練兵場の端から眺めている三人がいた。
「……あれが、か?」
キリツグが呆れたように言った。
「顔は整っているけど、なんか地味過ぎ」
マリエルで笑う。
「覇気もない、装備もない、従者もない。あるのは称号だけ」
「いいや、マリエル。あるぞ」
キリツグがにやりとした。
「礼儀だけはあるらしい。門衛にまで頭を下げていた」
「あら、本当。私たちの前だったら這い蹲って来ないといけないわね」
「くくっ、かもしれんな」
二人は声を立てて笑った。コーエンだけは笑わず、遠ざかる背中を眺めていた。
「どうしたの、コーエン」
「……いや」
コーエンは首を振った。
「何でもない。行くぞ、午後の軍議に遅れる」
2
軍議の席で、総司令官ゲアハルト辺境伯は苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。
勅命で送り込まれてきた勇者をどこに配置するか。
ギルマンとしては最前線で活躍してもらうつもりだった。
しかし、ここで将官たちが口を挟み出した。
「勇者どのは実力は未知数です、だからといって皇帝陛下直々の称号持ちを、兵站の護衛に回すわけにもいかぬでしょう。ここは第七防衛陣地の守備隊をさせてはいかがか」
つまり、彼らは勇者に活躍してもらいたくないのだ。下手に活躍されてしまうと、三英雄たちがへそを曲げる。だから活躍できない場所に追いやる。
いかにも官僚的なやり口だった。
第七防衛陣地。戦線の南端、岩場続きで大軍の通れぬ僻地である。配置されているのは、各隊から弾かれた寄せ集めの二百名。ここ一年小競り合いすら起きていない。
要するに、閑職だ。
そしてこの案が通ってしまう。
ゲアハルトとしては陛下の勅命で来た若者をいきなり閑職に追いやるやり口は気にくわないが、将官たちがへそを曲げられるのも厄介であり、これを認めることにした。
「ダルク殿、貴公には第七防衛陣地の守備をお任せしたい」
将官の一人がダルクに言った。
そして将官たちの間に忍び笑いが広がった。
当のダルクは気を悪くした風もなく頷いた。
「了解しました。精一杯やります」
「……うむ。励まれよ」
頭を下げて退出していくダルクを見送って、将官の一人がつぶやいた。
「これで当分、目障りなものを見ずに済みますな」
「陛下には『勇者殿は最前線で奮戦中』とでも報告しておけばよい」
その将官たちのつぶやきを聞いて、ゲアハルト辺境伯はこの事なかれ主義の将官たちに辟易した。
そして軍議は、本題である次期攻勢の計画に移った。
末席のキリツグたち三人は、すでにダルクのことなど忘れかけていた。次の攻勢で、どこの敵幹部の首を獲るか。三人の関心はそれがすべてだった。
3
異変は、半月後に起きた。
「第七防衛陣地より急報!! 魔族軍、約三千、南の岩場を越えて侵攻!!」
深夜の司令部に、伝令の声が響いた。
叩き起こされた総司令ゲアハルト辺境伯は、寝間着のまま地図に飛びついた。
「南だと? 馬鹿な、あの岩場は大軍など通れん!!」
「敵は重装備や兵站を捨て、軽装の精鋭のみで踏破した模様!! 狙いは──」
参謀の一人が、血の気の引いた顔で地図上の一点を指した。
第七陣地の後方には、何もない。何もないが──そこを抜ければ、本隊の兵糧庫と野戦病院が、裸で晒されている。
「主力は前面の敵と睨み合いの最中だぞ!! 回せる増援は……」
「三英雄の遊撃隊なら動かせます!! ですが間に合うかどうか。第七の守備兵はわずか二百!! 寄せ集めの二百です。三千が相手では、増援到着まで持ちこたえられるのは難しいでしょう」
ギルマンは呻いた。
第七陣地が抜かれれば、後方を焼かれ、攻勢どころか戦線そのものが崩壊する。
「三英雄を向かわせろ!! 急げ!!」
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