第4章 英雄たちの末路 その2『三英雄』
第一章 三英雄
1.
時は、三年ほど遡る。
帝国西部最前線である、ガレリア平原。
「──押し返せッ!! 左翼、崩れるな!!」
怒号と剣戟、魔法の炸裂音が平原で響いている。
帝国軍と魔族軍、双方合わせて6千弱の軍勢が、この平原で小競り合いを繰り返している。
戦況は帝国側の劣勢、のはずだった。半刻前までは。
「邪魔だ」
戦列の先頭で、一人の若い戦士が刀を振るう。
一閃で魔族兵が二体、宙を舞った。返す刀で三体目の首が飛ぶ。およそ人間業とは思えぬ太刀筋に、魔族兵たちの足が止まる。
ヒョーエ侯爵家次男、キリツグ。
東方の剣豪を祖に持つ名門の剣技は、この戦場において無双。
「キリツグ、頭を下げて!!」
声と同時に、キリツグの頭上を勢いよく炎の塊が通過した。
それが三つ。
固まっていた魔族兵の一団が、まとめて火柱に呑まれる。
後方の丘の上、杖を構えた長身の青年が次の詠唱に入っている。
レムナント伯爵家長男、コーエン。
帝国魔導士団団長の家系に生まれ、史上最年少で宮廷魔導士の資格を得た天才である。三つの炎を同時に操ることができる魔導士は、帝国広しといえど彼一人だ。
「聖光の盾よ!!」
戦列の中央で、白い法衣の女性が聖書を掲げた。
光の障壁が前線の兵士たちを覆い、降り注ぐ魔族のどす黒いの矢を弾き返す。続いて広域治癒の聖句を唱えれば兵たちのケガが癒え、兵たちは次々と立ち上がり、戦線へ復帰するのだ。
ウォーデン教教皇の息女、マリエル。
高位神官にして、その聖魔法は「女神の愛し子」とまで言われていた。
剣のキリツグ、炎のコーエン、聖光のマリエル。
この三人が前線に立つようになってから、帝国軍の敗走は止まった。じりじりと押し込まれ続けた百年の戦線が、初めて踏みとどまったのである。いや、少しずつ押し返してさえいた。
「敵は退いたぞ!!」
夕暮れの平原に、帝国軍の歓声が轟いた。
「勝ち鬨を上げよ!! 敵は退いたぞ!!」
兵士たちが口々に叫び、勝鬨を挙げ、三人の英雄を讃える。
刀を掲げるキリツグ。杖を肩に担ぐコーエン。手で聖印を刻むマリエル。
誰が言い出したか、三人はいつしか三英雄と呼ばれるようになっていた。
その響きを、三人は決して嫌っていなかった。
2.
その夜、前線基地の天幕。
将官たちの祝宴を早々に辞した三人は、キリツグの天幕に集まっていた。幼馴染である三人が夜に酒を酌み交わすのは、もはや日課のようなものだった。
「これで、また武勲が積み上がったわけだ」
キリツグが杯を干して、にやりと笑う。
「本日の戦果、敵将級一体撃破、兵級推定600体あまり。発表される戦果報告に、また我ら三人の名が並ぶ」
「結構なことじゃない」
マリエルが葡萄酒を注ぎながら言った。
「お父様からも文が来たわ。教団内でのわたくしの発言力が、日に日に増しているそうよ」
「侯爵家でも同じだ。あの兄上が、俺に書く手紙の文面に気を使い始めた」
ククッ、とキリツグは喉の奥で笑った。
ヒョウエ侯爵家の次男。それがキリツグの生まれである。
家督は兄が継ぐ。順当にいけば、自分は分家して子爵あたりを起こすことになる。それは侯爵家次男として享受してきたのが、それ以後は子爵相応に生きていくことになる。それは嫌だった。
「武勲だ。武勲を立てれば俺たちの願いが適う」
「ええ、そうね」
マリエルが頷く。
教皇の娘に生まれながら、女である彼女に教皇位の継承権はない。せいぜい高位神官止まり。あとはどこぞの貴族に嫁ぐだけの人生。それも相手を選べるわけではなく、良くて伯爵家。
’’ 冗談ではない’’と思っていた 。
「コーエン、あなたは今日も派手にやったわね」
「あの程度、当然のことをしたまでだ」
コーエンは杯に口をつけ、淡々と答えた。
レムナント伯爵家長男コーエン。代々魔導士団長を襲名してきた家系ゆえ、魔導士団団長の地位は約束されている。だが、逆に言えばそれ以上はない。生まれた瞬間から人生が見えている。自分にはやりたいことがある、それには武勲を上げ、発言権を強める必要がある。
「次の大攻勢で幹部級を一体でも仕留めれば、俺たちの昇爵は確実だろう」
キリツグが身を乗り出す。
「俺は新たに侯爵家を起こす事が出来る。マリエル、お前は公爵家への輿入れも夢ではない。コーエンは念願の錬金術研究所の創設だ」
「ふん。ずいぶんと気の早いことだ」
口ではそう言いながらも、コーエンの口元も緩んでいた。
三人は知っている。帝都でぬくぬくと領地の上がりを数えているだけの、凡百の貴族の子息たち。ああはなるまい、と。俺たちは自らの力で、家柄の枠を超えて成り上がってやる。そのための戦場であり、そのための武勲である。
野心。そう、それは紛れもなく野心である。
だが、誰に恥じることがあろうか。命を賭け、実力で勝ち取る栄達である。事実、三人は強かった。三人が来てから戦線は持ち直し、兵たちの士気は上がり、帝国は百年ぶりに「勝てるかもしれない」という目算が立ち始めたのだ。
すべては順調だった。
’’ そう、あの男が来るまでは ’’
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