第24話 同じ味にする
寄り合いは、ラヴォーの広場で開かれた。
五つの村から人が来た。ラヴォーのギヨーム、サンスのエマン、ミオのベルナール、ヴェルヌのティボー、そしてトゥールのロズリーヌ。村長が五人そろって一つの場所に座るのを、谷の者は誰も見たことがないという。
井戸の縁に板を渡して卓の代わりにした。座るものがないので、みな立っている。立ったまま話す寄り合いは長くならないと、朝のうちにギヨームが言っていた。座らせると日が暮れるまで座っているのだそうだ。
広場の外側には、村の者が三十人ばかり集まっていた。摘みの前のこの時期は、畑の仕事が一段落する。することがない者ほど、人の話をよく聞く。
「二十樽を、一つの味で出します」
アニエスがそう言うと、はじめに口を開いたのはミオの若い衆だった。ベルナールの後ろに立っていた男で、名前は知らない。
「うちの葡萄が、薄まる」
「薄まります」
否定しなかったので、相手のほうが言葉に詰まった。
「……認めるのか」
「薄まります。ミオの葡萄だけで搾った酒より、混ぜた酒のほうが、ミオの味は薄くなります」
「じゃあ、なんで」
「そのかわり、二十樽が同じ味になります」
「同じ味だと、なんかいいことがあるのかよ」
いい問いだ、と思った。この谷でいちばん広い畑を持つ村の若い衆が、いちばん先にそこを訊く。安く買われ続けた家の子は、金の話を早く覚える。
ベルナールは何も言わなかった。若い衆の袖を引きもしない。この老人は、去年の雹の畑でもそうだった。言うべきことは若い者に言わせて、自分は最後に一度だけ口を開く。
◇
卓の上に、木の器を六つ並べた。
朝のうちに五つの村を回って、摘める房を一つずつもらってきた。歩き通しで、日の出前に出て、戻ったのは昼近くだった。
まだ摘みには早いから、房はどれも固い。固いなりに、布に包んで手のひらで押せば汁は出る。搾りかすは井戸の脇に捨ててきた。器の中の汁は、どれも似たような濁った色をしていて、並べただけでは何の違いも見えない。
見えないから並べた。見えるものなら、こんなことをする必要がない。
「五つが、それぞれの村の葡萄です。六つ目が、五つを合わせたものです」
「汁だろ、これ」
「汁です。酒ではありません。ですが、酒になる前の味は、汁で分かります」
ベルナールが最初に手を伸ばした。ミオの村長は痩せた老人で、去年、雹に打たれた畑の前で一言も文句を言わなかった人だ。
一つ目を舐めて、二つ目を舐めた。順に舐めていって、六つ目まで来た。
舐めるたび、老人の顎が少し動いた。飲みこんでから、舌を上あごに押しつける癖がある。長く畑をやってきた者はたいていこの癖を持っている。汁の味を舌の裏側で測っているのだ。
「……どれがどれだ」
「左から、ラヴォー、サンス、ミオ、ヴェルヌ、トゥール。いちばん右が、合わせたものです」
ベルナールは、三つ目の器をもう一度取った。自分の村の汁だ。
「うちのは、強いな」
「強うございます」
「悪いのか」
「悪くありません。強いだけです」
「強いのは、いいことだろう」
「強いだけの酒は、二杯目が要りません」
一杯で足りる酒は、一杯ぶんしか売れない。十二年、そういう酒を作らないことだけを考えてきた。王室の卓に出る酒は、二杯目を注がれるために作る。
◇
ギヨームが笑った。エマンは笑わなかった。ティボーは、自分の村の器を持ったまま、飲むかどうか迷っている顔をしていた。
「ラヴォーのは、丸いです」アニエスは器の順に手を置いていった。「丸いですが、痩せます。二年置くと、なくなります。サンスは薄うございます。川沿いの畑は水が多いので、こうなります。ヴェルヌは、香りだけです。飲むと何もありません」
「おい」ティボーが言った。「うちのは鼻だけか」
「香りだけです」
「そんな言い方があるか」
「香りは、いちばん高く売れるものです」
ティボーは、褒められたのか貶されたのか分からない顔で黙った。黙ったまま器を置かず、指の先を汁に浸けて、もう一度舐めた。
ロズリーヌが、いちばん端の器を指で示した。
「うちのは?」
「酸っぱいです」
「そりゃそうだ」
「酸っぱいだけです。それだけでは、売り物になりません」
「知ってるよ。二年やって、やめたんだから」
◇
アニエスは、六つ目の器を持ち上げた。
「では、これを」
五人が順に舐めた。今度は誰も、どれがどれだとは訊かなかった。訊く必要がなかったからだ。
六つ目の汁は、五つのどれとも似ていない。強さが角を落とされ、薄さが厚みに変わり、酸が底のほうで細く立っている。飲んだあと、口の中に残るものがある。残るものがある汁は、酒にすると伸びる。
エマンが、いちばん長く器を離さなかった。サンス村の男で、去年、父親の弔いの酒を酢にしてしまった人だ。あのとき、この人はアニエスの前で一度も声を荒らげなかった。
「これ、うちのが入ってるのか」
「入っております」
「分からんな」
「分かりません。分からなくするのが、合わせるということです」
「じゃあ、うちの葡萄は、何をしてるんだ」
「薄くしております」
エマンは、器を卓に置いた。
「薄くする役か」
「はい。ミオの強さは、そのままでは荒うございます。サンスの水が入ると、荒さが落ちます。ラヴォーが丸みを持たせて、ヴェルヌが上に立って、トゥールが背筋を伸ばします」
言い終わってから、しまった、と思った。長い。
十二年、この手の説明を誰にもしたことがなかった。しなくても済んだからだ。蔵にはアニエスしかいなかった。
◇
黙っていたのは、たぶん十を数えるあいだくらいだった。
「いくらで売れる」
ベルナールが言った。
「クロヴィス商会の書付が、一樽 銀貨九枚でございます」
「うちの葡萄だけで作ったら?」
「買われません」
「なぜだ」
「区別がつかないからです」
老人は、汁のついた指を膝で拭いた。
「区別」
「ミオの葡萄だけで搾った酒は、王都に何百とございます。強くて荒い酒は、どこの谷にもあります。買う者は、そのうちいちばん安いものを選びます」
「二十年、そうだったな」
言ったのは、ベルナール自身だった。広場の外側が、一度だけざわついた。ミオの者が何人か、老人のほうを見た。
「うちは、二十年、いちばん安い値で売ってきた。強いのが自慢だと思ってたんだ」
「強いのは、自慢でよろしいかと存じます」
「安く売る自慢か」
「合わせれば、値がつきます」
「うちの名前は、どこへ行く」
「谷の名になります」
「うちの名は、残らんのか」
「残りません。谷が残ります」
◇
その日のうちに、摘みの順が決まった。
トゥールがいちばん早い。北向きの段は熟しが遅いから、遅いなりにいちばん早く摘んで、酸を残したまま持ってくる。それからサンス、ミオ、ラヴォー、最後にヴェルヌ。ヴェルヌは谷の奥で日が短いぶん、遅くまで置いておける。
順を決めるというのは、五つの村に「待て」と言うことだった。摘みごろに摘めない村が四つ出る。ひと村ずつ回って摘むのだから、当たり前といえば当たり前だが、当たり前のことほど揉める。
揉めなかった。汁を舐めたあとだったからだと思う。
マノンが帳面に書きとめていった。順番と、村の名と、それぞれの樽の数。書く手が去年より速い。
「これ、毎年おんなじ順でいいの」
「よくありません。年によって変わります」
「じゃあ、なんで書くの」
「今年がどうだったかを、来年の人が読むためです」
「来年の人って、誰」
アニエスは答えなかった。マノンは少し待って、それから、聞かなかったことにしたらしかった。
帳面の隅に、いつものように短い線が一本引かれた。日を数えている線だ。数えていることを、この娘は一度もこちらに言わない。
◇
夕方、工房の前を通ると、ユーグが戸口に座っていた。
膝に小さな板を載せて、小刀を使っている。削るのではなく、彫っている。板は樽の材ではなかった。もっと目の細かい、白っぽい木だ。
「梨か」
こちらが訊く前に、向こうが言った。
「はい」
「梨だ」
板の上には、まだ何も見えなかった。線が二本、浅く引いてあるだけだ。
樽を削る手つきとは違っていた。樽のときは腕ごと動かす。いまは指の先だけが動いて、腕は膝に置いたまま止まっている。削りかすが出ない。出るのは粉だった。
「何と彫られますか」
ユーグは手を止めなかった。
「クレール」
村ごとに葡萄の味が違うのは、土と、日の当たる時間と、水の抜け方が違うからです。同じ谷でも、歩いて一刻離れれば別の畑になります。
合わせるというのは、いいところを足す作業だと思われがちですが、実際は、突き出たところを削り合う作業です。だから、合わせた酒には「うちの味」が残りません。残らないかわりに、値がつきます。
——焼き印の型は、梨の木で彫ります。彫った木をそのまま樽に押すわけではありません。次は、その型に載せる字を誰が書くかという話です。




