見学
城門前で馬車を降り、ソフィが守衛に名前と目的を告げる。王城に向かうならチェックは厳しいが、同じ敷地内にある騎士団の詰め所に行くならそんなに厳格ではない。案内の兵士に連れられ歩き出す。王城の敷地内は、原則、王家に連なる者以外は徒歩だ。
本日は、リディア様に勧められるまま騎士団の見学に来たのだった。騎士団の訓練所は、騎士を募るために門戸を広く開いている。王侯貴族だけでなく平民にまで見学は自由に許されているのだ。とはいっても、見学用に誂えられた訓練所一棟だけなのだそうだが。
将来の夫を見つけるためだとか、リディア様のようにただ単に見るのが好きだとかで、訓練所に来たことのある令嬢も多いそうなのだが、私は一度も足を踏み入れたことがなかった。こざっぱり整えられた道を進んだ先に、石造りの堅牢な造りの建物群が見えてくる。
「流石、王家直属の騎士団ですね。下手な貴族の屋敷よりも規模が大きいように見受けられます」
「本当ね……圧倒されてしまうわ」
ソフィの言葉に頷きながら、足を進める。建物は複数、入り組んで建っているようで、騎士団に与えられている敷地がどれほど広いのかはパッと見では分からない。その中の、一番手前の建物へ導かれる。
「こちらになります。見学席への入り口は入ってすぐ正面、お手洗いは右手奥に。私は控えの間に待機しておりますが、もしいないようでしたら左手奥に詰め所がありますのでそこへお声がけ頂ければ。お帰りになる際は必ず誰かに案内に頼むようお願い致します。いつお帰りになっても大丈夫ですが、本日はこの後模擬戦も行うので、それも見学していかれるのをお勧めします」
見学は初めてだと話したからか、案内役の兵士は丁寧に説明をしてくれた。礼を言うとにこやかに会釈してくれる。
ふと思い出して、振り返った。
「ねえソフィ、今日は一人にしてくれないかしら。控えの間で待っててほしいの」
「お嬢様、それは……」
「見学席の中にも警護の騎士がいるから、令嬢だけでいても安全だとリディア様が言っていたわ。ね、お願い」
なんとなく、一人になりたかった。一人であの方を見ていたかった。
そんな気持ちを分かってくれたのか、ソフィは渋々と頷いてくれる。
「分かりました。でも、何かあったらすぐ呼んでくださいませ」
「ありがとう、ソフィ!」
ソフィがついてこないのを確認して、見学席に足を踏み入れた。
初めて来る場所なのでつい好奇心からキョロキョロと見回してしまう。訓練所はほぼ正方形の形をした建物のようだ。中央が大きく開けた演武場になっていて、その周りを回廊が囲んでいる。その回廊の手前側半分ほどが階段状の見学席になっていて、既に五分の一ほど埋まっていた。適当な席に座り、広場を見下ろす。演武場では十組ほどの騎士たちが打ち合いをしていた。
見学用に開放されている訓練所は強さや威信のアピールの場でもあるので、出ている騎士はある程度経験積んでいたり成果を出している人ばかり。素人目にも動きの俊敏さや力強さが分かる。
ガンッ、ギィンと金属がぶつかる鈍い音、土の地面を蹴り上げる足音。細かい砂が舞い上がる中の、熱気のこもる場。その中に、すぐに目当ての姿を見つけてどくりと心臓が鳴った。
(テオドール様……)
派手に目を引く姿ではない。素早さで相手を翻弄するのでも、力で押し勝つのでもない。相手の力をうまくいなし、堅実に打ち込む。実直さが伺える動きに、何より初めて見る闘志でギラつく目に、視線を奪われ離せない。相手の剣を受け止め鍔迫り合いをする、歯を食いしばった険しい顔。戦う人の気迫が実感を持って胸に迫る。
「止め!」
演武場に響いた声にハッとした。途端に周りの物音が戻ってくる。どうやら、息を止めて見入っていたようだった。
上官の掛け声一つで打ち合っていた騎士たちはぴたりと剣を止め、上官に向き直り直立する。キビキビと無駄のない動きは見ていて気持ちよく、ファンになる令嬢たちの気持ちが少し分かる気がした。
「これより模擬戦を始める!」
荒々しい熱気がスッと引き、代わりに触れると切れそうな緊張感が満ちる。広い演武場の中央に名を呼ばれた騎士が二人歩み出て向かい合った。その手にある剣は、先ほどの打ち合いで使っていた物より金属の輝きが強いように見える。
(そういえば、模擬戦で使われる剣は実戦で使われる物に近いと聞きましたわね……)
流石に刃は潰してあるのだろうが、限りなく『本物のやり取り』に近くなるのだろう。剣を構える騎士たちの真剣な表情に、緊張が更に増していく。
始まれば、聞こえてくるのは場に立つ騎士たちの立てる音のみ。オーディエンスは身動ぎすら躊躇うかのようにじっと見守っている。一戦終わるごとに、詰めていた息を吐き出す音があちこちから聞こえた。
三戦目、呼ばれた名前にまた心臓がどくりと音を立てる。控えの場から出てきたテオドール様は、怖いほど鋭い目つきをしていた。すっと伸びた背筋と堂々とした足運びが勇ましい。向き合う相手に自然に礼を取る仕草も洗練されている。
「構え!」
切っ先を相手に向けての構え。右足を前に、左足は引き、左手は軽く腰へ。剣先がぴたりと安定した構えは、騎士としての高潔さを体現している。
一瞬、場から全ての音が消えた。
「始め!」
鋭い掛け声。すぐに相手の騎士から一撃が飛ぶ。相手はスピード重視の戦い方らしく次々と剣が襲うが、テオドール様は一つ一つ確実に避け、受け流し、隙を見つけ打ち込む。
甲高い金属音が響くたび火花が散る。飛び散る汗が光を反射しているのが見える。剣が空気を切り裂く衝撃が観客席にまで届きそうだ。
お互い一歩も譲らず、キィンという剣の重なる音がどんどん研ぎ澄まされていく。剣先が鋭く肉薄し、いなされる。ならばと死角から迫るも跳ね上げられる。返された刃が襲うが勢いが受け流される。激しくなる打ち合いは、けれど決定的な一打にならない。
痛いほどの真剣さに、私は思わず手をぎゅっと強く握りしめていた。
鍔迫り合いをしていたテオドール様が、ふと視線を上げる。その先に私の存在を認めて、闘気にギラついていた瞳が僅か見開かれた。
その隙を見逃さない、相手の鋭い一撃。しかし、テオドール様は受け流すのではなく大きく踏み込んだ。力強い刃の軌跡、カァンと一際甲高い音が響いて、テオドール様の剣が相手の剣を弾き飛ばしていた。
「止め!」
テオドール様は飛んだ相手の剣を見、自分の手を見つめ、そしてまた私を見上げた。余韻に揺れる焔が真っ直ぐ私を貫く。その熱が、心臓を焼くようで……。私は思わず席を立った。逃げるように見学席を出る。驚いた顔のソフィが視界の端に映ったが、何も言えずに出口に向かった。
「アマリル嬢!」
建物を出る寸前かけられた声に、反射的に立ち止まってしまった。恐る恐る振り返るとテオドール様がこちらに駆け寄ってくる。
「あ、っと……来て、いたんですね」
「はい……」
それきり、二人して黙り込んでしまう。ちらりと見上げると、テオドール様は乱雑に髪をかき上げ頭を掻いていて、眉がほんのり下がっていた。目はあちこちに泳ぎ、口は開けようとしては固く結んでいる。
「あの!」
思い切って口を開くと、彷徨っていた視線が私に定まった。話を聞くためだろう、体を屈めてくれる。
「とても、とても格好よかったです。」
相手の攻撃一つ一つに確実に対処する堅実さも、防戦一方ではなく隙を見つけて攻めに転じる鋭さも、もちろん最後の力強い一撃も。どれも格好よくて。
「なんだか……ドキドキして。私まで熱くなるような、そんな素敵な姿でした」
伝わりますように。この、どうしようもない熱が。
「ありがとう、ございます」
返事の声は、緊張か照れか、微かに震えていた。
あらためて向き合うと、その身体の逞しさがよく分かる。屈んでもらわないと目が合わないほど高い背、広い肩幅、筋肉の躍動するしなやかな動き。戦う男の人の身体。私をすっぽり覆ってしまいそうな立派な体躯に、鼓動が高鳴り治まらない。
なんとなく目を合わせられない。また口を閉じてしまい、静けさが二人の間を漂う。少ししてテオドール様を呼ぶ声がした。ハッと見上げるとテオドール様は演武場のほうを振り返っていた。
「申し訳ありません。送って差し上げたいのですが、まだ訓練の途中なので……」
「いえそんな、お気遣いなさらず。戻ってください」
「すみません、では戻らせて頂きますね。帰りは必ず案内を頼んでください」
念を押して戻っていく後ろ姿をじっと見送る。勝利を掴んだ後私を見上げた、あの赤い瞳は忘れられそうになかった。




