お茶会
「本日はお集まりいただきありがとう。最近、交易商から珍しいお茶を仕入れたのよ。楽しんでいってちょうだい」
国内では珍しいサクラの大樹が優しいピンクで辺りを柔らかく包む。その樹の傍にあるガゼボ、色とりどりのお菓子や上品なティーセットの並ぶテーブルについた第三王女アデライード姫は、サクラと似たピンクの髪を揺らして微笑んだ。王女付きの侍女であるカタリーナさんが注いで回るお茶は、綺麗な青。
「美しいでしょう? でも秘密がまだあるのよ、このお茶。でももう少しだけその秘密はお預け。この面子で集まるのは久しぶりよね。みんなはどう? 変わりない?」
「そうそう大事件は起こるものではないでしょう。ああでも、婚約が決まった方はいたわね? アマリル様?」
「も、もうその話をするのですか……?」
「当たり前じゃない。私達の間で今一番の話題だもの」
「ヴァルモン家のテオドール様よね? 名門騎士の家系出身でいらっしゃるし、真面目な仕事ぶりで出世株だとという噂を聞きましたわ!」
アデラ様だけでなく、ライヒシュタイン公爵家のルイーゼ様と、モンタギュー伯爵家のリディア様まで揃ってキラキラとした目を私に向けてくる。思わずカタリーナさんに目で助けを求めたが、苦笑いで首を横に振られた。逃げ場はないらしい。
同じ年頃の女性で集まると恋の話に花が咲くのはどこの世界でも同じこと。ましてや、ここには幼少の頃より親交があった親しい友人のみ。標的となる覚悟はしてきたけれど、いざその話題となるとどう話していいか分からなくなってしまう。
逃げるように紅茶を口に含むと、ほのかに豆を思わせる香りがして驚いた。綺麗な色からなんとなく、フローラルな香りがしそうだと思っていたのだ。すっきりとした味わいが気分をしゃんとさせてくれる。こっくりと飲み下して、口を開いた。
「皆様ご存知の通り、婚約いたしました。しかしまだ顔合わせからさほど経っておらず、お話しできることがなくて……」
「でも、実際に会ってお話ししたのでしょう? どんな方だった?」
「どんな……真面目で誠実な方だと感じました」
「それだけ?」
「もっと他にないの?」
「えっと……」
ねだられても、記憶にあるのは心に深く入りこむあの声ばかりで。
「アマリル様はあまり人の外見に頓着されないものね」
「もったいないですわ……テオドール様は目立つ容姿ではないけれど、騎士らしく鍛えた身体に燃える夕陽の瞳が男らしくて格好いいと評判ですのに」
「リディアは相変わらず騎士に詳しいのね」
「ええ! だって、皆様格好いいんですもの!」
アデラ様のからかうような声に対するリディア様の力強く頷きに、思わず笑みが溢れる。リディア様はいわゆる筋肉フェチのようで、騎士の情報をたくさん集めているのだ。
「あんなに素晴らしい身体をしてらっしゃる方がたくさんいるのよ! 知りたいと思うじゃない!」
「最近注目の人とかいるのかしら?」
「そうね、最近だと……」
リディア様へ水を向けられると、あっさりと話題は変わっていき内心ホッとした。水を得た魚のように生き生きと語るリディア様と、その話にはしゃぐ友人たち。
以前なら私もその輪に参加していたのに、何故か今日はそんな気分になれない。きちんと耳を傾け相槌は打っているけれど、若干うわの空になってしまっているのが自分でも分かる。目の前の皿に盛られたココアクッキーを摘みほろ苦さと甘さを感じつつ思い出すのは、あの人の深く響く低い声と、かけられた真っ直ぐな言葉……。
「……やっぱり、ちゃんとテオドール様のことが気になっているのね」
「えっ?」
驚いて顔を上げると、キラキラ、ニコニコとした顔が向けられていた。カタリーナさんまで微笑ましげで、変な焦燥感に駆られる。
「テオドール様のことしか目に入らないから、他の男性の話に興味が持てないのでしょう?」
「そういうわけでは……ない、と思うのですけれど……」
「でも、今、婚約者殿のことを考えていたでしょう」
「……そんな顔をしていましたか?」
「ええ! ちなみに、何を考えていたの?」
「何、を……」
『貴女の笑顔は可愛らしいな』
思い出すとむず痒いような嬉しいような、逃げたいようなまた聞きたいような複雑な気持ちになる。心の深いところに響いた言葉が、まだ耳の奥で揺らめいているような。
「これは、話を聞けるまで長そうね」
「そうねぇ。ちゃんと自覚出来るまで待ちましょうか」
「そんなに気になっているなら、訓練所へ見学に行ったらどうかしら」
ついぼんやり物思いに耽ってしまっていたが、聞こえてきた言葉に我に返った。
「未来の夫となる方を知るなら、とりあえずお仕事の場を見るのが手っ取り早いと思うわ。ね、どう?」
「リディア様は見学仲間を増やしたいだけではないの?」
「それはもちろんあるわよ! だってアマリル様は行ったことがないでしょう? これを機に通ってみない?」
「通うかどうかはさておき、一度行ってみようかしら……」
「本当?!」
身を乗り出さんばかりのリディア様の熱量に少し気圧され、気持ち身を引きながらも頷いた。
(この様子を見ると、私は『声フェチ』の自分を抑えなければと思うのよね……語り始めたらたぶん、同じように相手を驚かせてしまう)
「今まで何度誘ってもアマリル様は付き合ってくださらなかったから、ほぼ諦めていたのに……! 嬉しいわ! テオドール様の様子を見るなら、三日後の水曜日がお勧めよ!」
「あ、ありがとう……その日に行ってみるわ」
「ええ! 残念ながら、私はその日行けるかどうか分からないのだけれど……案内役が付くから、分からないことは全て聞けば大丈夫よ。楽しんできて」
楽しむものなのかどうかは分からないけれど。ちょうどその日は予定が無いので、行ってみることにする。本当に嬉しそうに笑うリディア様を見て、楽しみな気持ちがふわふわと膨らんだ。
話が一区切りしたところで、アデラ様がパンとひとつ手を叩く。
「さて、じゃあとっておきの秘密をご覧に入れましょうか! カタリーナ、お願い」
「了解いたしました」
「みんな、ティーカップの中を見ていてね」
アデラ様のティーカップに、カタリーナさんが新しいお茶を注ぐ。すぐに取り出したのはレモンのようだ。ナイフで半分に切り、青いお茶に汁を垂らす。
「わあ……!」
爽やかな青が、神秘的な紫に変わった。驚きに目を輝かせると、アデラ様が楽しそうに笑う。
「素敵でしょう? 色が変わる仕掛けもだけど、この色、アマリルの瞳の色だと思って」
びっくりして目を上げると、アデラ様は優しく微笑んでいた。王家特有の明るい水色をした瞳が陽の光を反射して煌めいている。
「もちろん、正式な結婚のお祝いはきちんと贈るけれど、個人的にお祝いしたかったの。相手との相性も悪くないようだし、よかったわ。おめでとう」
「アマリル様、おめでとう。私達の中で真っ先に結婚するのが貴女になるとはちょっと驚いたけれど、アルデンベルグ伯はやり手だと有名ですものね。頼もしい御父様だわ」
「おめでとうアマリル様! 騎士の方と結婚できるの、羨ましいわ……。ヴァルモン家は悪い噂も聞かないし、よかったわね!」
「おめでとうございます、アマリル様。ご結婚なさっても、アデラ様のご友人でいてくださいね」
「当たり前じゃない! 結婚したくらいで縁を切る人じゃないわ、アマリルは。ね?」
「もちろん。これからもどうぞ、仲良くしてください」
アデラ様を皮切りに、次々と祝いの言葉を告げてくれる友人たち。温かな祝福に心からの笑みが溢れる。口に含んだ紅茶も、心なしか甘い。
陽光より明るい笑顔と、小鳥のさえずりのようなお喋り。お茶会はまだまだ続きそうだ。




