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招待

「お招きありがとうございます。」

「そう畏まらず、気軽になさってください。ここは、貴女の家になるのですから」

「そう、ですね」


 見栄えより頑丈さ重視の造りと、すっきり整えられた庭。王城からそう遠くない場所に屋敷を持つことを許された、騎士の名門ヴァルモン家。華美ではないが落ち着いた佇まいは、貴族の屋敷とは違う趣きがある。馬車から一歩外へ出ただけでその威容に気圧され、足が軽く竦んだ。すかさずソフィが背中に手を当てて体温を分けてくれる。大丈夫、一人じゃない。

 出迎えてくれたテオドール様に促され歩み出す。差し出された腕を取り踏み入れた室内では、執事とメイド達が揃って恭しく出迎えてくれた。仕草は洗練され、服装に乱れもない。重厚な内装、品の良い調度品は綺麗に整えられ、管理が行き届いているのが分かる。


(いけない、愛想よくしなくては)


 あまり人の家をじろじろと観察するのは品が無いのでしたくないのだが、貴族の屋敷ではこういったところにその家の特色が現れるため、つい観察してしまう。

 気持ち背筋を伸ばすと、すいと執事服を着た人物が一人、前に歩み出た。


「アマリル様ですね。私はこのヴァルモン家で執事をさせていただいております、エドモン・デュランと申します。エドモンとお呼びください」

「エドモンさんですね。初めまして、アマリル・フォン・アルデンベルグです」

「どうぞ、呼び捨てで呼んでくださいませ。アマリル様はいずれ、この家の女主人となる方なのですから」


 白いものが混じり始めた髪をきっちりと撫でつけた執事、エドモンさんはにこやかに微笑んだ。柔和な物腰に内心でホッとため息をつく。優しそうな人でよかった。


「それでは、エドモンと呼ばせてもらいますね。これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願い致します。さあ、坊ちゃん」

「坊ちゃんは止めてくれと言っているだろう……んんっ、ではアマリル嬢、こちらへ」


 そうだった。テオドール様は結婚と同時にヴァルモン家を継ぐので、今はまだ跡取り息子なのだ。エドモンさんは見るからに長年仕えてきた執事なのだし、テオドール様はまだまだ「坊ちゃん」なのだろう。どこか気まずげに咳払いをしたテオドール様に微笑ましく思いながら、足を進める。


「ここが俺達が使うことになる寝室、その隣が貴女の部屋になります。どうぞ」


 真っ先に案内されたのは、二階にある大きな窓が印象的な明るい部屋だった。思わず窓に歩み寄り開けると、春の温かい風が流れこみ髪を揺らしていく。眼下には裏庭が一望できた。一見殺風景だけど、よく手入れがされているのが見て取れる。


「素敵……」

「ここは眺めが一等良い部屋なんです」


 隣に並んだテオドール様の声にまだ内心ときめきながらも、その言葉に耳を傾ける。


「今は、父も母も俺も興味があまりないため見苦しくない程度に整えてもらっていますが……貴女が望むなら、庭は貴女のしたいように変えてもらって構いません」

「……良いのですか?」

「はい。勿論、雇っている庭師と相談しながらになりますし、大きく変えるのならば俺に報告してもらいますが。庭を整えるのも女主人の領分ですから、貴女のお好きなように」

「ありがとうございます……!」


 そっと隣を見上げると、私を見つめていたらしいテオドール様と目が合った。


「よかった。やっと笑ってくれたな」

「え……?」

「顔合わせの時から、ずっと緊張なさっていたでしょう。俺もあまり口が上手いほうではないから、気の利いたことを言えなくてもどかしかったんだが……貴女が喜んでくれてよかった」


 顔にかかっていた髪を一筋、無骨な指が耳にかけてくれる。


「貴女の笑顔は可愛らしいな」


 お世辞だったら笑ってお礼を言えた。でも、そうではないと分かる。向けられた言葉がどれだけ真剣に紡がれたものなのか伝わってくる。チェロのように温かく深い声が、優しさをもって私に届く。その響きは、身体全体を震わせた。


「あ、ありがとうございます……」


 思わず目を逸らしてしまったけれど、それに追及する言葉は無く。ただ、寄り添いあって春色の風をしばし浴びた。




「最後に、ここが書斎です」


 バスルームやキッチン、応接間など、一通り使うであろう部屋を案内してもらい、最後にたどり着いた部屋。艶やかなマボガニーが存在感を際立たせる扉を開くと、壁一面の本棚と立派な机が鎮座していた。手前に置かれた革張りのソファにもローテーブルにも塵一つない。


「隣に執事室があり、エドモンか見習い執事たちの誰か一人はここにいるはずなので用があればそこへ。この部屋は基本、貴女がお好きに使ってください」

「良いのですか? テオドール様が使うのでは」

「ヴァルモン家では代々、女主人が領地の管理も兼ねるのですよ」


 そっとついてきていたエドモンさんの説明に、テオドール様を振り返ると肯定するように頷いていた。


「領地の管理は基本、現地にいる家令に任せておりますが、主人の采配が必要な時も勿論あります。しかし、当主は騎士として城に詰める時間が長く、領地経営に割く時間があまり取れません。ゆえに、貴族の家から嫁を貰い管理を任せることが通例なのです」

「なるほど……そう聞くと、合理的ですね。当主は騎士として王家に仕え、妻は家と領地の管理で夫を支えると」

「そういうことです。勿論私どももお手伝い致しますが、最終的にはアマリル様にご判断いただくこととなります。もし時間に余裕があるようでしたら、家令からの報告書をお読みになりますか? 少しずつでも領地のことを知っていただいたほうが良いかと」

「そうね、見せてもらってもいいかしら」

「どうぞ。今はまだ奥様の領分ですのでおいそれと触ってはいけませんが、こちらの辺りはよろしいかと」


 差し出された書類を受け取りながら、ふと首を傾げた。


「そういえば、今日奥様はどちらに?」

「母上は今日、どうしても避けられない用事があると言って出かけているんです。また今度挨拶させてほしいと」

「そうなのですね。こちらからも是非よろしくお願いしますとお伝えください」


 勧められるままソファに腰を下ろし、書類に目を通す。管理を任されている現地の家令は真面目で几帳面な性質らしく、細かく具体的で丁寧な報告書だった。


「そういえば、ヴァルモン領も魔獣の襲撃が多い土地でしたね」


 アルデンベルグ領に隣接するヴァルモン領は、アルデンベルグ領と同じように魔獣の襲撃に悩まされる土地だ。そして、様々な街道が交差する宿場町でもある。王都に繋がる重要な土地なので、王家に忠誠の篤いヴァルモン家が代々屈強な私兵団を鍛え守っているのだ。

 今手にしている報告書にも、魔獣の襲撃を最低限の被害で食い止めた私兵団の記録が載っている。噂に違わぬ頼もしさのようだ。


「その辺り一帯はどうしても避けられませんからね。アルデンベルグ領でも、対策のために私兵団を持っておられるでしょう?」

「ええ。でも、騎士の家が抱える私兵団はやはり強いと聞きますわ。王家に仕える騎士様から直々に指導を貰えると士気が高まるそうですし」


 私兵団への補償金や物資の補充と新しい武具の仕入れ、被害を受けた土地への支援、治安維持と襲撃の早期発見のためのパトロールの計画など、人を守るという方針のもと手を尽くしているのが分かる。


「……この管理を、私が引き継ぐのね」

「ええ。ですが再三申しました通り、基本は現地の家令が仕切りますし、私どもも出来うる限りお手伝い致しますから。そんなに気負わずとも大丈夫ですよ」

「ありがとう、エドモン。頼りにしているわ」

「いえいえ、執事として当然の仕事ですから。ところで、お時間は大丈夫でございますか?」

「そうだな、そろそろお帰りになったほうがいいでしょう。アマリル嬢、大丈夫ですか?」

「はい」


 書斎を辞して、玄関へと向かう。道すがら考えるのはやはり、領地の管理のこと。もちろん政治や経済について学んではいるが、実際私に務まるだろうか。


「大丈夫ですよ」


 優しい声に、思わず俯きかけていた顔を上げた。テオドール様と目が合う。


「人は間違うものだし、誰だって最初は初心者だ。始めから完璧に出来る人はいない。失敗したらそれをフォローする手段を考えればいい。ここには貴女の味方がたくさんいます。あまり頼りにはならないかもしれませんが、俺もいますから」

「頼りにならないなんてとんでもない」


 思わず勢い込んで否定してしまった。テオドール様も驚いたのか、ふたりして自然と足が止まる。


「私のことを知りたいと言って、私のことを思い遣ってくださるテオドール様のことを、とても頼もしく思いますわ」

「……ありがとうございます。貴女にそう言って頂けるのは、嬉しいです」


 歩き出すテオドール様の横顔を見上げて、ふと気づく。耳がほんのりと赤い。そのことになんだかむず痒いような気持ちになりながら、私は帰路についた。

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