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あらためての顔合わせ

 私が生まれたディーネ王国は、豊かな水に育まれた農産物と、鉱山などから採れる魔石を使用した魔法道具によって栄えている国だ。賢君と称えられる国王により統治され、周辺国との関係も良い。しかし、魔石の生成されやすい土地であるらしく、体内に魔石を持つ凶暴な獣――魔獣の襲撃の多い国でもあった。

 その魔獣に対抗すべく、騎士や兵士が多いのも我が国の特徴だった。戦う力を持つものは尊敬され、代々騎士を輩出してきた家も多い。そんな騎士の家系への援助も兼ねて、貴族の娘が嫁入りすることもよくあることだった。

 そんな、ありふれた契約結婚であるはずだったのに。


「本日はお招きありがとうございます。もうお身体は平気なのですか?」

「ご心配とご迷惑をおかけし、申し訳ありません。今はすっかり元気ですし、お医者様にも診てもらいましたが問題はないということなので。お気遣いありがとうございます」


(やっぱり、修司様の声なのよね……この包み込むような低音、語尾が優しく落ちる話し方、間違いない)


 午後の涼しい風が吹き抜けるテラス。仕切り直しとして用意された席についたのは、本日は私とテオドール様のみ。メイドが淹れてくれたローズティーをひとくち含んで、心の底に落とすようにゆっくり飲み下した。


「よかった。急に倒れられたので、俺が何かしてしまったのかと思って」

「本当に申し訳ありません……」

「ああ、謝らないでください。今日、元気な姿を見ることができて安心しました。こちらこそ、今日は俺の訓練の都合で遅めの時間になってしまい、申し訳ありませんでした」


 凛々しい眉毛の下、強い赤の瞳は鋭く、表情も硬いけれど、声色はどこまでも優しい。その声が耳へ届くたびに心が震えて、早くなる鼓動を落ち着かせるように深呼吸をした。

 今の私は、アマリル・フォン・アルデンベルグ伯爵令嬢。未来の夫君に対して無礼な態度は許されない。

 たとえ、どうしようもなく惹かれる声の持ち主だとしても。


「あらためて、自己紹介をさせてくださいませ。私は、アマリル・フォン・アルデンベルグ。アルデンベルグ伯爵家の長女ですわ。これからよろしくお願いいたします、テオドール様。」

「ああ。俺からも、あらためて。テオドール・ド・ヴァルモンと言う。よろしく、アマリル嬢。」


 差し出された手は私の手を包みこんでしまえそうなほど大きくて温かい。しっかり、でも優しく握られたその温度に、心臓が跳ねた心地がした。


(そうだった、私はそもそも男性に対する耐性がないのだったわ……)


 社交の場で話すことはあっても、自己紹介と軽い雑談のみ。男性に触れたことなど、家族にしかない。舞踏会でのダンスも形式的なものばかり。前世の私にもそのような経験の記憶がなく……。このような場で、どう振る舞えばいいのか分からない。

 自分からたくさん話す方もいるけれど、テオドール様はそうではないようで、ふたりして黙りこんでしまう。場にはしばし、風が葉を揺らす音だけが満ちた。

 と、その時。


「ん?」

「あ……」


 ポ、とテーブルの上の灯りが点いたのを皮切りに、庭のあちこちに設置された灯りが点き、庭が照らされる。咲き乱れる薔薇が光を反射し煌めいた。


「魔石式の灯り、ですか」

「ええ。暗くなると自動で点くものなんです。ご存じかもしれませんが、我が領地は魔石の主要な生産地の一つ。質の良い魔石がたくさん採れますから、こういった魔石道具を手に入れられやすいのです。よろしければ、庭をご覧になっていってください。母が、より美しく見えるように灯りの位置にも気を遣った、自慢の庭なのです」

「是非。案内をお願い出来ますか」

「もちろん。こちらからどうぞ」


 日が落ち始め、暗いとも明るいとも言い切れぬ空の下をゆっくり歩く。よく手入れされた花壇には、形も色も違うたくさんの薔薇が、光を纏って堂々と佇んでいた。


「……きっと、こういう場では、あの薔薇はこういった特徴があってだとか、この薔薇は希少なものでだとかを話すものなのでしょうけれど。薔薇は、花は、ただそこにある美しさを讃えれば良いものだと私は思いますの。」


 鼻を掠める甘い香りに心が落ち着いたおかげか、言葉はするりと出た。


「知識があればより鑑賞を楽しめることももちろんあります。例えば、この品種、ヴェール・ルージュと言います。元々赤単色の品種と白単色の品種を掛け合わせたもので、一見すると赤なのですが、よく見ると中心だけが白いのです。お分かりになりますか?」

「ああ、本当だ」

「ただ見るだけでは、赤に隠されて中心の白は見えません。だからヴェール・ルージュ、花言葉は『秘められた想い』。知っていると、より美しさを堪能することができます。でも、知っていなくとも、その赤の美しさを感じることはできる。花びらの1枚1枚が内側を隠すように咲いているその優美な姿は、知識があろうとなかろうと損なわれるものではないと思うのです。」


 思わず力をこめて話し続けてしまい、落ち着くために深呼吸をした。


「……申し訳ありません、ひとりで熱く語ってしまって」

「いえ、貴女の言うことは尤もだと思います」


 思っていたよりも近い声に振り返ると、後ろに立っていたテオドール様と目が合った。赤が光を反射して、まさしく揺らぐ焔のような瞳。


「俺に知識は無いが、この庭に咲く薔薇が美しいことは分かる。大事にされているからこそ美しく咲いているだろうことも、貴女がこの庭を愛していることも」


 二人しかいない空間に、そっと落とされる言葉。


「花が、お好きなのですね。」


 目線を合わせるためだろうか、話をしやすいようにだろうか、身を屈めてくれているおかげで精悍なお顔が近い。耳に心地よい低音で織られる言葉が、私の心に染みこんでいく。


「もっと、貴女のことを教えてください。家の決めた結婚ではあるけれど、俺は貴女のことが知りたいし、出来れば親しくなりたいのです」


 真っ直ぐ気持ちを伝える言葉。その熱量に、顔が熱を持つのを感じる。思わず手で心臓を押さえてしまった。高鳴る鼓動、もつれそうになる舌をなんとか動かして、返す気持ちを紡ぐ。


「……私も。私も、貴方のことを知りたいです。私たちは、夫婦になるのですから」

「よかった。あらためて、これからよろしく頼む、アマリル嬢。」


 あまり表情の変わらない人だと感じていたテオドール様の、目元がほんの僅か緩んだように見えて、また心臓が強く跳ねた気がした。

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