ゾンビ
友美は、安心したのか街に入った頃には眠っていた。わたしは、しばらく走った後、国道から外れたところでコンビニに入った。そこで気付いたのだけど、わたしの財布には三百円少ししか入っていなかった。
わたしはジャムパンを二つとオレンジジュースを二つ買って、それから公衆電話で田辺に電話した。けれども彼は電話に出ず、わたしは諦めて車に戻った。燃料計は半分ほどの燃料が残っていると示していた。満タンで何キロ走るのか全然分からなかったけれど、普通に考えると大学まで行けると思った。車のダッシュボードの時計は四時を示していた。さすがに眠くなっていたけれど、わたしはディーゼルエンジンを始動し、それから車を走らせ始めた。
『トランステクノロジー』は、白いワンボックスを盗難された、と届けるだろうか。
わたしは、それは無いだろう、と思った。彼等は客観的にはわたしを拉致監禁していたわけだし、それが表に出ることは避けるように思われた。
断言は出来なかった。
罪状は何になるんだろう。
それに地図もない状態では国道以外の道をたどることは出来なかった。国道に『トランステクノロジー』が捜索隊を出したら発見されそうな気がする。わたしの財布の中味は知っているだろうし、それでは高速道路を使えないことも知っているだろう。
田辺は何時に起きるだろうか。わたしは事務所の電話番号は覚えていたけれど田辺個人の携帯電話の番号は覚えていなかったしアストの部屋の電話を除いて他のメンバーの携帯電話も覚えていなかった。
だって携帯からしか掛けないから覚える必要なかったんだもん。
だから電話で叩き起こすことが出来る人物は一人もいなかったのだ。
アストには、なんとなく掛けたくなかっただけだけれど。何で、と言われても、なんとなく、としか答えられない。自分から助けを求めたく無かった。
国道に戻り家路を急ぐ。スピード違反をするわけにはいかない。周りの車に合わせて走れるところはそうしたし周りに車がいなくなったときには制限速度プラスアルファで走り続けた。
眠け覚ましに小さな音で深夜放送をかけオレンジジュースを少しづつ飲みながら走り続けるしかなかった。
疲れていて余計なことはしたくなかった。国道を走り続けるのはリスキーだとは思った。けれど、正直に言って面倒だったから。
第一わたしの目的地ははっきりしている。大学か友美の家か、だ。わたし達を捕まえるなら、そこで待っていた方が早い。
わたしは、ぼうっと運転をしながら、これまでのことを思い返していた。
信じられない出来事、というより、信じたく無い出来事がたくさん起きた。一番ショックなのは、今夜、人を棒で殴ったこと。
死ぬかもしれないことを知りつつ殴ったこと。その相手が自分の意思で行動していたとはいえない状態であったことを知りつつ殴ったこと。
そうしなければ逃げのびることが出来なかったかもしれない。
でも、それは言い訳にはならない。自分が自分の身を守るためには他人を犠牲にしてもいい、と思っていたことを認めたくなかった。
今夜の、わたしは何処かおかしかった。発狂寸前だったと言い替えてもいい。それが自己弁護だと分かっているけれど。
友美を守るためだった。
そういう事を言うことは出来る。
けれども結局は弁解にはならない。誰かを守るためには誰かを犠牲にしてもいいという考え方も、わたしの中には無いはずだった。
信号が赤になって、わたしは慌ててブレーキを踏んだ。疲れている、と思った。
朝の六時を過ぎ、あたりは明るくなった。朝日が徹夜のまぶたに激しく刺さった。
ゾンビ、という言葉が、頭の中ではしゃぎまわっていた。マインドコントロールされた人達。
誰かに操られている人達。
マインドコントロールという言葉は割りと新しい。洗脳という言葉も新しい。これは、もともと中国語で、それを英訳した言葉をさらに和訳した言葉だ。複雑だけれど、そうなんだから仕方が無い。
語源が中国語なのにはわけがある。
中国共産党に捕えられたアメリカの捕虜が思想改造されたからだ。その時「洗脳」という言葉が生まれた。五十年くらい前のことだ。研究自体は、その前からあってナチスの実験では死者も出たという。しかし、戦後、もっともその分野の研究が盛んだったのはアメリカで、その時の実験が、後にもっと複雑な洗脳を生み出した。
何十年も前の洗脳は拷問が必要とされていた。いろいろな実験のなかには、頭に電極を差し込んだり、頭蓋骨を切り開く、なんていうマッドサイエンティスト顔負けのものもあったらしいけれど、それは一部の話で、そのほとんどは大学などで行われた安全なものだった。少なくても当時は安全だと思っていた。環境が人間に与える影響や社会心理学的なトリック。
けれども当時の研究では、人間の人格や信条を永久的に変えてしまうのは不可能だとわかっただけだった。一時的な洗脳は出来ても永久的に意見を変えさせることは出来ない。中国共産党に捕えられたアメリカの捕虜達も恐怖感にさいなまれるとか幻覚を見るとかいう後遺症に悩まされながらも、元の人間に戻っていった。
転機は、「ハースト事件」だった。
十九才のパティー・ハーストは、誘拐された後、二か月後に解放された。彼女は裕福な家庭のお嬢様だったのだが解放された後、再び、誘拐したグループに自らの意思で戻って「ターニャ」と名乗り、最終的に銀行強盗をして機関銃を乱射した。
彼女は、「共生自由解放軍」に誘拐されていた間、決して拷問されたり虐待されたことは無かった。それどころか丁寧に扱われていた。
けれども、そこが重要な点だった。
パティーは誘拐された後、しばらくはクローゼットに閉じ込められていた。そこから出された時、当然彼女は、虐待されるか殺されるか、と思ったに違い無い。ところが、そうはならなかった。だから、彼女は自分を誘拐した人達と信頼関係を持つようになっていったのだ。そして彼女は今までに見たことも聞いた事もない理想に触れた。
説明されれば、なんてことはない。それがマインドコントロールなの?と思う。彼女が自分で決めて、自分で活動に参加しただけじゃない。それに「共生自由解放軍」のメンバーが意図的にやったことでもない。
でもオウム真理教だって、自己啓発セミナーだって、参加した人は、みんな自分の意思だと思って参加したのだ。常識的に見れば、あきらかにおかしい修行や、冷静になれば気付きそうな利用されているだけの勧誘というプログラム。あやしい自己啓発セミナーには必ず、何処かの段階で、新しい参加者を連れてくるというプログラムがある。
どうして、それに気がつかないのか?
それは、パティー・ハーストが、共産主義のために銀行強盗をしたのと同じこと。いつの間にか、それを正しいことと思っていたのだ。いくつもの段階を経て自分で考えていたつもりが、そうでは無かった。
だから、マインドコントロールされた人達は、決してゾンビなんかじゃない。異常な人でも無い。普通の人なのだ。




