証明するために友達でいるわけじゃない
七時を過ぎた頃、わたしはアストに電話していた。
彼に頼るのは、気が進まなかった。けれども、それはわたしの問題で、友美の問題では無い。一刻も早く、彼女を安全な場所に連れていきたかった。
「もしもし?」
何度もコールした後、ようやく眠そうな声で電話に出たアストに、わたしは言った。
『誰?』
不機嫌そうな声で、アストは言った。そうだった。もう一つ、彼に電話をしたくない理由。
寝起きが悪い。
「わたし。奈々」
しばらく、沈黙が流れた。
『奈々?本当に奈々か?何処に行っていたんだ?お前。連絡もしないで』
怒りで、眠気がふっとんだのか、寝起きが悪くて怒っているのか、わたしには区別できなかった。胃の辺りがキリキリと痛んだ。
「監禁されていたのよ」
『監禁?』
とげとげしい声のまま、彼は言った。わたしは、怒鳴りたくなるのをじっと我慢していた。
「今、友美も一緒なの。迎えに来て。電話代が、あんまり無いから話は後で」
『話は後って、何っだよ、それは』
わたしは、公衆電話のゼロという表示を見つめながら、インターチェンジの名前を叫んだ。
『今すぐか?』
「一時間以内には着くわ」
そう言い終わるか言い終わらないかのうちに、電話は切れた。
「何よ、もう」
わたしは、行き場の無い気持ちを電話のフックに叩き付けた。
インターチェンジには行かなかった。それを通り越して、ワンボックスを路地にいれ、仮眠をとった。疲れていた。インターチェンジの近くに駐車して『トランステクノロジー』の人に見つかりたくなかった。そこに見張りがいる確率は低いと思ったけれど、来ないとも言い切れない。思いついた可能性は、避けられるものなら避けたかった。
目が覚めたのは、電話をかけてから、二時間ほどしたころだった。
アストは、きっと、いらいらしながら待っているだろう。
「ちょっと寝過ぎたわ」
わたしは、独り言のつもりでつぶやいた。バックミラーの中の顔は、腫れぼったい目で見つめ返していた。
「奈々?ここは、何処?」
友美が、シートの間から顔を出した。
「あと少しでつくわ。車を乗り換えるから」
「乗り換える?」
「ええ。アストに電話したから」
「彼、来ないわよ、たぶん」
突然、友美は言った。
「来ないって、なんでわかるの?」
わたしは、思わず聞き返した。
「奈々の携帯から、メールしたの。」
「メール?どんな?」
わたしは、とげとげしい声になっているのに気がついた。
「もう、構わないで、って」
わたしは、口を開けたまま友美の顔を見つめた。友美は、居心地悪そうに、わたしを見ていた。
わたしは、ため息をついて、
「大丈夫よ。きっと来るわ」
とだけ言った。
「ごめんなさい、奈々」
友美は、そう言ってうつむいた。
「あなたが考えたことじゃないんでしょ?友美」
エンジンを始動し、ギアを入れて、路地からワンボックスを出した。
「私の考えなの」
友美は、目を合わせないようにして言った。わたしは、ぎゅっと胸を締め付けられるような気がした。ゆっくりと深呼吸して心を落ち着かせた。
「今は、後悔しているんでしょ?」
「うん、もちろん」
「それなら、仕方無かったってことにするわ」
友美は、自分の考えだったと言っているけれど、本当にそうだったかどうかは、分からない。それに、今、友美を責めても仕方が無い。アストは、きっと来る。それには確信があった。そういうやつだ、彼は。
「奈々、どうして彼が来るって思うの?ひどいこと、書いたのよ、私」
わたしは、バックミラーを直して後ろがよく見えるようにした。
「仲間だし、友達だから」
「友達だって裏切らないって言え無いでしょ」
「誤解があったなら解けばいいのよ。間違ったと思ったら謝ればいいの。わたしは、彼を信じているから、彼もわたしを信じているわよ」
「そんなの、証明出来ないでしょ」
「証明するために友達でいるわけじゃないわ」
「それは、そうだけど」
インターチェンジまではすぐだった。わたしは、銀色のクーペを探した。アストは自分の車で来るはず。それは、すぐに見つかった。
「あったわ。この車は、そこの路地に入れるわ」
友美は、じっとアストのレビンを見ていた。
アストの車に乗って、ようやくわたしは、ほっとしていた。ずっと張り詰めていた神経が、ゆっくりとほぐれていった。
「奈々。話して欲しいんだけど?」
意外にも笑顔でアストは言った。
「後じゃ駄目?」
眠くなって、わたしは言った。クーペの狭い後部座席で友美と並んで座った、わたしは目を閉じかけていた。
「出来れば、今」
アストは、高速道路には乗り入れずに走り続けていた。
「じゃあ、何から話せばいい?」
「最後に会った日から、だな」
「長い話だから、途中で寝たらごめんね。疲れているの。」
「ああ」
「それから、大学には行かないで。アストの部屋に行って。話の途中でわたしが寝てしまったら、起きるまでは誰にも連絡しないで」
「わかった。理由は、話を聞けば分かるよな?」
「ええ。それから、最後に電話をしてから、わたしはアストにメールも出してないし、自分の意思では手紙も出していないから。何かあったとしたら、それはわたしの意思とは無関係だから。」
「なるほど。それも、聞けば分かるな?」
「ええ」
「じゃあ、聞こうか」
わたしは、大きく息をつくと、目を閉じて、それから話し始めた。




