つかのまの休息
結局、ほとんど進むことは出来なかった。川から離れ、岩場に腰をかけると、わたし達はじっと身を寄せあって座り込んだ。疲労が足元から忍び寄ってきていた。これ以上は無理だ。わたしはともかく、友美は限界だ。日が出るまで待って、それから進むしかない。彼等だって疲労しているはず。そうなれば捜索体制も変わってくる。二十人全員参加の体制から、半分程度になるはず。
それとも、今も数人しか出ていないのかも。
「ねえ、友美。応援を呼んだ場合、一番早くてどのくらいで来るかしら」
「分からない」
「そっか」
じゃあ、今夜中は来ないとしよう。明日になってからだろう。わたし達が見つからない、とはまだ思っていないだろう。
「捜索には何人出てると思う?以前に、こういうことは無かった?」
友美は、しばらく考えていた。
「分からない。だって、ここに来て、まだ一週間だもの」
それはそうよね。
「疲れている?友美?」
「大丈夫。奈々は?」
「わたしは、昼間、寝ていたから」
「何でこんなことになっちゃったんだろう」
友美は、独り言のように言った。
「わたしが、ここへ来たからね」
わたしは、そう言った。団体の悪口を言っても始まらない。それに、そんなことを言い出せば、友美の気持ちを揺さぶることになる。団体のことは、友美はよいものだと思っている。悪口を言えば、わたしへの反感を与えるだけだ。
「今は、とにかく逃げなきゃ。友美が戻りたいなら、しばらく経ってからの方がいいわ」
「わたし、戻れるかしら」
わたしは、一瞬、言葉に詰まった。彼女は戻るつもりだ、と分かっていたことだけれど、ショックだった。だけれど、反論はしないことにした。
「戻れるわよ。しばらくしたら」
「しばらくって、どのくらい?」
「一週間か、一ヵ月くらいは離れていたほうがいいと思う。今回のことで、ほとぼりが冷めるのを待ったほうがいい。今夜は最悪ね。もう、ここまで来た以上、逃げるしかないわ」
自分の言っていることに、自信があったわけでは無かった。けれど、さも当り前、という感じで、わたしは言った。友美に理屈を言っても仕方無い。マインドコントロールされている人間は所属する団体への中傷にもっとも敏感になる。言わない方がいい。
「友美、少し眠ったら。ここなら見つかるはずないわ。夜が明けるまではね」
友美は、しばらく黙っていた。寒くて、眠れるかどうか、わたしには分からなかった。わたしは眠くなんてなかった。
「じゃあ、少し眠るわ」
友美は、疲れた声で言った。
友美が眠ってしまい、わたしは近くを手探りで探し始めた。手ごろなサイズの石とか棒切れになりそうな枯れ木とか、だ。バッグの中に握れるくらいの石を三つ入れると、もう一杯になった。財布や免許はジーンズのポケットに仕舞い生理用品だとかは諦めて捨てた。
環境がどうとか言っていられない。
調理場から持ってきたナイフでは木を削ることは出来なかったけれど出来るだけ持ちやすいように枝を払い棍棒を作った。
川を歩き続けることは困難過ぎることが分かった。道路を歩くしかない。いや、積極的に戦った方がいい。友美にも武器を持たせようか、と思ったけれど、それはやめた。彼女には仲間を殴ることなんて出来ないだろう。せめて、わたしのすることを妨害しないでいて欲しかった。
それも無理なことかもしれない。どうやって説得しよう。彼女にとって、彼等は友人以上の存在だと思う。ただの仲間じゃない。社会の中で、見捨てられたように感じたからこそ、こういう団体に身を投じたのだ。そこで生まれる一体感は、体験した者にしか分からないものだという。
これが、ただ、セミナーに参加しているだけなら、少しは違ったかもしれない。でも、この団体は、集団生活を行うまでになってしまっている。こうなったら、カルト宗教と変わらない。仲間は家族なのだ。
わたしは、そっと友美を抱きしめた。
友美は、ううん、とか言いながら、目を覚ましたようだった。
「ここは・・・?」
わたしは、友美の髪を撫でた。しばらく前に、これとは逆の立場で似たようなこと、していたなあ、と思った。
「大丈夫よ、友美」
「奈々」
友美は、落胆したような声を出した。
「夢じゃないわよね。これは夢じゃないのよね」
「そう、夢じゃないわ。わたし達は逃げてきたの」
「そうだったわね」
友美は、わたしに体重を預けた。
「ごめんね、友美」
わたしは、そっと言った。将来的にどうであれ、今、現時点では、彼女は家族を失ったのと同じ寂しさを味わっているのだ。彼女が戻る気でいても、戻れるのかどうかは分からないはずだ。
彼女にとっては。
現実的に言えば、戻れるのだろうけれど。わたし達が、それを阻止しない限り。
「用意が出来たら行くわよ」
わたしは、抱きしめたまま、そう告げた。




