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洗脳

 しばらくの間、わたしは暴れ回った。手当りしだいに回りの物を壁に投げつけ、跳ね返ってきた物を、別の壁に投げつけた。

 なんだっていうの?

 何がなんなのよ。

 混乱して、いったい何がどうなっているのかさっぱりわからない。

 何がなんだっていうの?

 跳ね返ったプラスチックの器が額に当たった。

 痛い。

 痛いのよ。

 何がなんなの。


 気が付くと、わたしはベッドにもたれて壁を見つめていた。

 また一人。

 なんの音もしない。


 冷静にならなくちゃ。

 冷静にならなくちゃ。

 頭の何処かで、誰かがそう言っていた。

 冷静になれって言ったって、無理よ。


 わたしは、立ち上がって、それから部屋の中を歩いた。裸足の足に、割れたガラスのかけらが刺さった。

 痛い。

 その痛みが、急に懐かしく感じられた。

 どうして懐かしいのかしら。

 わたしは、ベッドに座って、自分の足を見た。一センチほどのガラスが刺さっていた。

わたしは、それをそっと抜いた。血が、ベッドのシーツを汚した。汗と涙で汚れているシーツ。

 乾き掛けた髪が、ばさばさする。

 シャンプーもリンスも無しだったから。

 わたしは、思わず笑った。シャンプー?リンス?

 あんなのは、水浴びでもシャワーでも無いわ。

 あんなのは・・・。

 あんなのは、なんだろう。

 わたしは、ぼうっと壁を見つめた。

 はっとして、わたしは首を振った。駄目よ、現実感を持たなくちゃ。

 あれは儀式じゃない。

 あれは、レイプ。

 そう、レイプよ。

 わたしは、自分の中に怒りが湧いてくるのを感じた。

「あれは、レイプ」

口に出すと、そんな気がした。

 じゃあ、これは?

 この部屋は?何故、閉じ込められているの?

 これは、なんだろう。

「奈々、考えるのよ。何かが起きているの。わたしは何か目的があって閉じ込められているの」

 友美は、わたしに懺悔させてどうしようと言うんだろう。

 懺悔。

 わたしは、はっと気が付いた。

 友美は、セミナーに通っているのだ。友美はマインドコントロールされている。レイプと言う言葉と、マインドコントロールと言う言葉が結び付いた。

 わたしは、高橋に言ったじゃない。

 セミナーはマインドレイプする、と。

 それは、誰かが作った言葉だし、本当のレイプとは違う。ある種のマインドコントロールをそう呼んでいるだけ。

 つまり、友美はマインドコントロールされてしまっていて・・・。

「え?」

 わたしは、はっとした。

 つまり、わたしも洗脳されるの?


 わたしは必死に思い出そうとしていた。

 徐々に体が冷えてきて、震えた。寒い。こんなぺらぺらのワンピースじゃ何も着て無いのと変わらない。

 わたしは、投げてしまった枕と、布団を取りに立ち上がった。それを体に巻き付けて、コンクリートの床に座った。

 洗脳される。

 自分で思い付いた言葉に、わたしは恐怖を感じた。何か、得体の知れないものが、わたしの気が付かないうちに忍び寄ってきて、わたしをめちゃくちゃにしてしまうような気持ちになっていた。

 ここに閉じ込められている限り、それは必ずやってくる。

 どうにかしなくちゃ。

 どうにかしなくちゃ。

 早く、思い出したい。

 わたしは、以前に、マインドコントロールについての本を読んだはず。心理学を学んだのだから。

 それは、そのころ話題になっていたし。

 だから、わたしはそれについて書かれた本を読んだ。

 マインドコントロールされないようにするためのテクニックについて。

 わたしは、首を振った。

 思い出せない。マインドコントロールされないこつ、なんて。

 書いてなかったのかな。

 どうでもいいことは、思い出す。例えば、マインドコントロールは、洗脳の洗練されたものだ、とか。マインドコントロールは、気が付かないうちに思考をコントロールされることだ、とか。


 考えても、何も思い出せなかった。

 心理学からの考察を少し思い出した程度。マインドコントロールされないこつ、は思い出せなかった。

 不安で、わたしは眠れなかった。

 例えて言えば、高校のテスト前みたいな。

 わたしは、ふっと笑った。変なこと、考えているわ。

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