懺悔
気がつくと、わたしはまだ震えて、座り込んでいた。水が降ってこないことに気がつくまでにしばらく時間が必要だった。それに気付くと、わたしはようやく顔をあげた。震えて、視界が揺れて見えた。
友美が、優しく微笑みながら、立っていた。いつの間にか、タオルを持っていた。わたしはそれに手を伸ばし、受け取った。男達は、部屋からいなくなっていた。
立ち去ったのに気がつかなかったせいで、本当にいたのかどうか、わたしは不安になった。あれは、わたしの幻覚?
でも、どうしてこんなに寒いの?
わたしは、震える手で、水を拭きとり、それからそれを友美に返した。友美は頷くとそれを丸め、それから真っ白なワンピースを手渡した。
「これを着て。寒いでしょ」
わたしは、頷いた。友美の声は優しく聞こえた。わたしは、それを受け取って、それからブラジャーを外した。友美は、ワンピースを渡しただけで、下着は持っていなかった。
「その下着、洗濯しておくわ」
そう言うと、じっとわたしを見つめたまま立っていた。わたしは、そっとブラも手渡した。
もう、抵抗しようとは思えなくなっていた。わたしには、何かを決める力が無くなってしまったようだった。
薄い、木綿のワンピースは、ちっとも体温を保持してくれなかった。一応長袖だけれど、光りに透けてしまうほど薄かった。夏物としか思えない。
それに、下着もつけていなかったし、わたしは、いつまでも体の震えが止まらなかった。友美はわたしの手を引いて元の部屋に戻り、乱れたベッドのシーツを直し、それからその上にわたしを座らせ、自分も座った。
「奈々。気分はどう?」
わたしは、じっと友美の顔を見ていた。気分、気分は、わからない。
「すがすがしいでしょ。あなたは、今までの自分を洗い流した。気分はいい、でしょ?」
わたしは、頷いた。さっぱりはしたような気がする。
「さあ、震えていないで、大丈夫」
友美は、わたしの肩に腕を回し、それから抱きしめた。わたしは、なすがままだった。
「寒かったでしょう。でも、これはあなたのために必要なこと。もう、大丈夫だから」
わたしは、無性に泣きたくなった。涙が溢れてくる。時間さえ分からない暗闇から、抜け出たような気がした。少なくても、ここには人がいる。わたしのことを大切に思っている人がいる。
友美は、わたしを抱きしめたまま、じっとしていたが、やがてこう言った。
「次は、あなたが懺悔をするのよ。これまでの生活を捨てなくちゃ。後悔していることや罪を告白して、それを乗り越えなくちゃ」
わたしは、頷いた。
そう、新しく生まれ変わる。
「奈々は、何を後悔しているの?」
何を後悔しているのだろう。わたしは、何かを後悔しているのだろうか?
「奈々、ゆっくりと記憶を探って。あなたは罪を背負っているの。その罪を懺悔するの」
わたしの、罪。
わたしは、首をゆっくりと振った。分からない。わたしに、なんの罪があるのだろう。
「奈々。お願いだから、懺悔して。」
声の調子が変わった。焦るような気持ちが聞きとれた。わたしは、うつむいていた顔を上げ、友美を見上げた。
「今日、あなたが懺悔しないのなら、明日も今日と同じ水浴びをすることになるわ。一日経ってしまうと、あなたはまた、以前のあなたに戻ってしまうから。それがいい?」
わたしは、慌てて首を振った。それは嫌。でも、何を懺悔すればいいの?
「奈々。あなたの罪は何?」
わたしは、友美の顔を見つめたままだった。
「誰かを傷つけたことがあるでしょう。あなたのせいで誰かが傷ついたことがあるでしょう」
たぶん、あるだろう。それを言えばいいの?
「誰かを傷つけるのが罪。良心が痛むようなことをしたことは無い?それが罪。思い出して」
誰かを傷つけたこと。
「アストを傷つけたわ」
「それはいつ?」
「いつ・・・。いつかは分からない。たぶん一週間くらい前」
「彼をどうやって傷つけたの?」
「彼にひどいことを言った」
「どんな?」
友美は、わたしの肩を抱きながら、優しい声でささやくように話した。わたしは、中空を見ていた。視点が定まらない。
「分からない。彼が傷つくようなことを言ったことしか覚えていない」
わたしは、友美に、というより、独り言のようにつぶやいた。
「そう。何故、彼を傷つけてしまったと思ったの?」
「それは・・・ 」
わたしは、中空を見つめたままだった。ぼんやりとした明りが揺れて見える。それとも、わたしが揺れている?
「アストのことを拒絶したから」
「奈々、あなたは、彼のことが嫌いなの?」
わたしは、首を振った。
「違う。嫌いじゃない」
「じゃあ、好きなの?」
「好き・・・、だと思う。」
「じゃあ、どうして拒絶したの?」
「分からない」
温かい、と思った。友美の体は温かい。木綿の布を通して、彼女の体温が伝わってくる。冷え切った体に伝わってくる。
「考えて、奈々」
わたしは、ぼんやりした頭で必死に考えた。
「たぶん、洋一のことが・・・」
「洋一?死んでしまった彼のことが忘れられないの?」
「ええ」
「洋一さんのこと、愛しているのね」
わたしは、頷いた。洋一・・・。
「それが、彼を拒絶した理由?」
「たぶん」
「彼とは寝たの?」
「誰?」
「町田くん」
「アストとは・・・」
わたしは頷いた。
「でも、付き合えないと思ったの?」
頷いた。視点が定まらない。夢の中のような。体の震えは、いつの間にかおさまっていた。温かい。
「奈々は、町田くんを傷つけてしまった。それは罪ね。後悔しているの?」
わたしは、友美の顔を見た。
「後悔、後悔はしてない」
友美は、一瞬、怒ったような顔をしたように見えた。
「何故?」
わたしは、そっと視線を外し、また中空を見た。
「わたしは後悔はしないの。わたしは正しいと思ったことをするの」
歌うように、それを口にすることが出来た。それは、わたしの信念。生き方なの。わたしはふっと微笑んだ。
「それじゃあ、懺悔にならないわ」
友美は、急に立ち上がり、わたしをベッドに捨てた。わたしは、急に不安になって、友美に手を伸ばした。
「行かないで」
友美は、残念そうな顔をして、首を振った。
「また明日来るわ。それまでに考えて。あなたが後悔していること。それを考えて」
そう言うと、友美はドアに向かって歩き出した。わたしは、慌てて立ち上がると、友美の腕をつかんだ。
「一人にしないで」
友美は、軽蔑したような表情をした。それから腕を振りほどき、一歩歩いた。わたしは、パニックになりかけていた。一人になるのは嫌。一人になるのは。
「行かないで」
友美は、振り返った。わたしの腕をとり、それからこう言った。
「明日、また来るわ。懺悔が出来れば一緒にいてあげることが出来る。でも、今は駄目なの」
それから、前触れも無く、わたしを突き飛ばした。わたしは、不意を突かれて、床に倒れ込んだ。
友美は、その隙にドアから、姿を消した。




