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自己啓発セミナー

 「田辺先輩、自己啓発セミナーって、実際何をしているんですか?」

高橋は、車に乗ってから、振り向いて後部座席のわたしに、そう言った。

「奈々先輩に聞いて。」

田辺はギアをローに入れながら言った。

「奈々先輩、自己啓発セミナー・・・。」

わたしは、外を見ていた。ブロック塀が流れていく。

「マインドレイプ、よ。」

「れいぷ?」

高橋が変な顔をした。

「ある新興宗教で話題になった言葉にマインドコントロール、っていうのがあるわよね。いわゆる洗脳ね。セミナーは、マインドレイプをするの。一種のマインドコントロールなんだけど、閉じ込められた状態で、トレーナーと呼ばれる人によって目に見えない形で強制されて、自分の言いたくない過去なんかを無理に告白させられるの。」

「言いたくない過去ですか?それがレイプなんですか?」

「そうじゃなくて、自分の秘密を人に知られていると、不安になるじゃない?」

「ええ、まあ。」

「塩谷友美、って言う人が書いた本に『マインドレイプ』って言う本があるの。その中にいろいろ書かれているの。自己啓発セミナーについて。」

「そうなんですか?」

「大学生のころに読んだんだけどね、それによると、精神的に追い詰められたような状況で、他の参加者やセミナーのトレーナーと呼ばれる人達の前で、自分の一番言いたくない過去を話すようにしむけられちゃうわけ。」

カローラバンは、左折して国道に入った。

「それでね、話した内容は記録されちゃうの。不安よね。さらにセミナーが進んで、最後には人生には意味がないって教えられるの。」

高橋は考えるような顔をした。

「それで何がどう変わるっていうんですか?」

「何も変わらないわ。でも、多くの人は、引き続き次の段階へとステップアップして、自分の友人にもセミナーを勧めるようになるわ。」

「なんでですか?」

「高揚感、ね。一度のプログラムで何十人もの人が一緒に同じプログラムに参加するんだけど、隔離されたトレーニングの会場で、仲間と同じ気持ちになって、泣いたり笑ったり心が繋がったような気持ちになるの。参加した人に言わせると、今まで味わったことのない気分のいい体験ね。家に帰った後も、しばらくはその高揚感って消えないの。そんな感じを、もう一度味わいたいとか、次のステップで手に入れられるらしいものを失いたくないとか、そんな気持ちになるわけ。」

高橋は、不思議そうな顔で聞いていた。

「本当ですか?」

「参加してみなくちゃ分からないわよ。」

「そうなんですか?」

わたしは、ふっと笑みを浮かべた。

「高橋君、あなたは自己啓発セミナーにはまるタイプかもしれないわね。」

「どうしてですか?」

ちょっとだけ、むっとした顔で高橋は言った。わたしは、それには答えず、田辺の方を向いた。

「それで、何処へ向かっているの?この車は。」

田辺は、運転しながら答えた。

「このセミナーのところです。」

そう言いながら、ちらしを振った。

「ちょっと貸してくれる?」

そう言って、紙を受け取った。『トランス・テクノロジー』という見出しが大きく書かれている。これが、セミナーの名称だろう。ゲストワークへのご案内、とある。

「田辺君。これを見る限りでは、紹介者と一緒に来いって書いてあるわ。いきなり行っても駄目なんじゃないかしら?」

田辺は前を向いているから、どんな表情をしたかは分からなかった。ただ、声だけが返ってきた。

「でも、他にどうすればいいんですか?」

わたしは、じっとちらしを見つめた。今までの自分からの脱却、とか性格を変えたい人へ、という文字が並んでいる。

「とにかく、大学へ戻りましょう。インターネットで、この団体について情報を集めましょう。それから、友美の友達から情報を聞いて、彼女がどうして、このセミナーに行ったのか聞かなくちゃ。」

田辺は、しばらくの間、黙っていた。

「でも、この事務所に現われるかも。」

「そうね。」

わたしは、頷いた。現われるかどうかは分からなかった。なんと言っても、まだ友美のことが全然分からない。

「高橋。」

田辺は、急に隣の席のほうを向いた。

「今から、あの事務所を張り込めるか?」

急に言われた高橋は、驚いて田辺を見返した。

「講義は、大丈夫ですけど。」

「じゃあ、この住所の所で降ろすから、事務所を探してそこに入っていく人間をチェックしてくれ。もし小早川さんを見つけたらすぐに携帯に連絡してくれればいい。その時、次の指示を出すから。」

高橋は頷いた。顔にやる気がみなぎっているように、わたしには思えた。

「分かりました。必ず小早川さんを見つけてみせますよ。」

だから、来るかどうかは分からないんだって。

「分からないことがあったら、電話してくれ。アドバイスするから。」

「大丈夫です。」

そう言うと、右手を突き出した。親指を立てて。


 インターネットでは、『トランス・テクノロジー』の名前で検索をかけた。結果は7件。そのうちの2件は、自動車のトランスミッションを作る会社だった。

 3件について、同じホームページの違うページで、それは『トランス.テクノロジー』のホームページだった。

 プログラムについて、紹介されているけれど、具体的な内容については載っていなかった。ただ、プログラムを受けた人の感想や、有名な人らしい人のコメントが紹介されているだけで、詳しい日程も載っていなければ、討論形式で行われるというプログラムの題目さえも記載されていなかった。

 わたしは、グランドルール、という言葉を思い出した。

 こういうセミナーでは、参加者が守らなくてはいけないルールがある。それをグランドルールと言う。セミナーのプログラムの内容を人に話してはいけない、というのも一つだ。それを聞いてしまうと、セミナーの効果が薄くなってしまうから、らしい。

 わたしは、残りの2件にアクセスした。

 それは、セミナーについて批判をしているホームページで、『トランス・テクノロジー』の批判があった。どうやら、書き込みのページのようで、『トランス・テクノロジー』を批判する文章を投稿した人物は、『サレンダー』という名前だった。

 一通り読んでから、その『サレンダー』なる人物にメールを書いた。

 次に、わたしは、インターネットの回線を切った。

「田辺君。電話、使えるわよ。」

わたしは、デスクで学生名簿をめくっていた田辺に声をかけた。何故、この事務所に学生名簿があるのかは、秘密だ。表立って手に入れられるわけではない。これには、いろいろとわけがあって・・・。

「じゃあ、手当りしだいにかけます。奈々先輩はどうするんですか?」

わたしは、パソコンの電源が落ちたことを確認すると、立ち上がった。

「わたしは、ゼミの先生のところに行ってくる。友美のことで聞いてみるわ。」

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