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取り合う二人の手

 君の元へたどり着く、エルビスの強い思いが、隣国に伝わったのか、神の気紛れがおきたのか、


 幼なじみの少女が、連れ拐われる様に、連れて行かれてからその後、カザの町に兵士の召集がかかった。


 誰もが怖じ気づく中、自ら名乗りを上げたのは、少年エルビスだった。何故なら、サリの街へと向かえるからだ。


 年端が足りぬ彼だが、その熱意と、意志の強さに動かされた今の上官が、戦が始まるまでに育てれば、良い戦士になると目をつけ、はれて入隊を認められた。


 両親にも、兄姉にも、引き留められたが、彼の気持ちは動かない。彼の気持ちはただ一つ


 幼なじみの少女を守り抜くこと。


 それには戦う力が必要、そう考えていたところの、サリの街からの兵士の召集だった。


 日々、過酷な、命の危険と隣合わせの訓練を、積み重ねた。日々目にする神殿の高い塔、時があえば、月に一度、姿を垣間見る事が出来る、幼なじみの姿。


 それを心の支えとし、ただひたすら訓練に明け暮れた時をすごした。全てはこの夜の為に、



 ――― 闇夜に指差す彼女の姿、布の端から見えた涙に濡れた瞳。その表情、彼はその意を汲む。


 上官に手を引かれ、霊山を目指す彼女の背に向かい、力強くうなづくいた。


 ………街からは、火の手が上がり、人々が逃げ惑う声、斬撃の音、断末魔の叫び、この世において、最も無慈悲な血に満ちた力が、サリの街を蹂躙している。


 ………神殿の裏からラトスの麓へと、を暗闇の中、目指す。しかし、隣国の兵士の手は、すぐ背後迄迫っていた。


 麓迄たどり着ければ、山頂迄の道は、神官達と国を守る兵士、そして、姫のみにしか知らされていない、上官は指示を出す、護衛はここで、迎え撃つ様にと


 その場に留まる若い兵士達、闇に隠されて、姿が見えぬ上官達と共に遠ざかる彼女に、想いを込める。

 

 必ず、君の元へたどり着く、だから待っていてと


 ………裾をからげて、ひたすら駆けて行く、石に足を取られ、倒れつつも、立ち止まる事は許されない。


 途中、はぐれた敵兵に見つかり、神官達が身を呈して、彼女を逃がす。ようやく麓にたどり着くと、


 上官が先に行け、と山頂へと向かえと剣を振りかざしながら、来た道を駆けもどる。


 息を弾ませ、被っていた布を振り払い、頂きへの迷路のように、造られている道を登る、


 人知れず、ここで闇に紛れ、逃げ出す事も出来たかもしれない。しかし、姫としてそれは出来ぬ事。


 働く事のない高い身分、神の教え、祈りの日々、薄れたとはいえ、消えぬ彼女にはめられた枷、


 だから、山頂に向かわなければならない、せめて、あの祭壇で、祈りの言葉を捧げねばならない。


 夜が明けるまでに、日が昇る時に、あの場で唄えば、御使い達の贄となってましまう。


 姫の唄いと共に、月に一度供物を捧げていたのだから。肉食の御使いの大鳥に生の肉を。


 姫は懸命に登る、そして、白々と明け行く空の下たどり着いた祭壇で、心からの祈りの唄を、息を切らせながら捧げる。


 ――――この国が護られますよう、かつての姫様達、お力をお貸しください、そして、神様、姫様、御許し下さい。


 勝手な事だとわかっています。私だけ、死してからのお役目から逃げ出すのは。


 でももう後には戻れない、もし、彼が間に合わず、ここで終わる事になるのなら、それも運命。その時はサリの姫として、守るお役目を受けます。


 でも、あり得ない事だけれど、あの時の想いに気が付き、彼が、この地にたどり着く事が出来きた時は、


 共に生きる事を御許し下さい。それが僅かな時でもかまいません。



 ―――日が射し込む。山の頂きに、御使い達が舞う時が近い。


 祈りを終えたルスは、ふらつく足元で辺りを見渡す。


 隠れる場所は見当たらない、荒涼とした大小様々な石ばかり転がる山頂で、一ヶ所、大きな岩石合わさっている場所に、小さな隙間を見つけた。


 その隙間に潜りこみ、自分自身の為に祝詞を唄う、彼の無事を願い、共に生きたいと、切なき想いを込めて、言葉を紡いで行く。




 ………エルビスは、白々と明け行く空の下、霊山を登っていた。義に反するとは知りながら、彼は機を狙い、闇を利用して戦線から離脱した。


 この先この事で罪に問われようとも、彼に後悔はない。出来るなら、少しの時間だけ、あの子と笑って過ごす日々が有ればいい。


 岩山を最短距離で昇る彼の頭上を、御使いの影が舞い飛ぶ、それを目にすると、さらに急ぎ、山頂を目指す。


 エルビスは、ひたすら登る。教えられた道を使うのには時間が、足りなかった。


 爪が剥がれ、血を流しながら、目指すは、彼の守るべき少女の元へ、痛みも何も感じない。


 黒い影が、再び空を舞うのがわかる。また、もう一度、増えつつある神の御使い達。


 夜が明ける。日差しが空を照らし始めた時に、


 エルビスは山頂へとたどり着く。そこには誰も居ない、無人の祭壇、それだけ、姫の姿も何も無い。

 

 剣を抜き、名前を呼ぶ、愛しい幼なじみの名前を………


 岩の隙間の中で、息を殺していたルスの元へとその声は届く、あり得ないと思っていた彼の声。


 生きて行くことを許す、と神のお告げを聞こえた気がした。



 ―――天空に舞う御使い達、急がなければ襲われる。


「エルビス!」


 ルスは、名を呼びながら這い出し、息を弾ませ、手を差し出しながら駆け寄る。


 名を呼ばれた方に目を向け、笑顔が溢れるエルビス、彼も又、手を差し出しながら彼女の元へと駆け寄る。


「ルス、ルス!、逢いたかった、やっと、助けにこれた」


 彼は彼女の手を取る、もう決して離さぬ様に、力強く。そして、駆け出す。山の頂きから、御使い達の贄にならぬ様に。


 二人は笑う。この先どうなるかは、わからない、山を降りたら、目のあたりにする街の惨状も、何もかもがわからない。その様な中でも、笑いあえる。


 二人には不思議と不安はなかった。そう、


 今、お互い生きている、その事だけで彼等はとても幸せだった。



「完」


















 




















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