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とある妹メイドの独白

作者:十蛇秋紅
愚かで阿呆な割に、顔の良さと悲劇のヒロイン気質で乗り切ってきた、私の姉の話をしよう。

姉と私は父の愛人の娘として産まれた。
父は家ではちょっと出張の多い普通の父として過ごしていたから、姉は自分が愛人の子だと気付いてなかった。ちょっと注意して見ればすぐ分かりそうなものだが。
父親大好きな感情豊かな姉とどこか冷めた物の考え方をしたどっちにも微妙に距離がある私。当然の帰結として姉は両親に目一杯可愛がられて甘やかされて育った。元よりホステスしていた母(姉はやっぱり知らない)に似ている華やかな愛らしい顔立ちの姉は小さくても近所で有名な美少女だ。周囲の大人はその愛想と外見にちやほやした。
私は独り、数人の仲の良い友人を作って勝手にしていた。友達の家に無断で外泊して問題にならない3歳児だった。

そんな日々も、姉が6歳、私が5歳の時に終わりを迎えた。
母が死んだのだ。厳密には殺された。
父に愛人がいることを知った父の実家の人が、父の奥さんにバレる前に始末したらしい。
後で知った事だが、父の奥さんは完全にどうでもいいから、母の存在を知ってて放置していたらしい。よって母は無駄死にだ。

残された姉と私は、父に引き取られた。父は蓮寺(れんじ)という、日本で五指に入る大企業で未だ権力の殆どを握る創業者一族の、婿養子だ。私達姉妹は蓮寺家の離れで育てられる事を許された。その家には父と奥様、奥様の子供達がいた。
子供は長男が姉の二つ上、長女が姉と同い年、次女が私と同い年だった。

離れでも普通の一軒家と同じぐらいの広さと設備を兼揃え、渡り廊下で本宅と繋がっている。
本宅とは比べるべくもないが、住宅街にあれば十分に立派な家に住まわせて貰えて、衣食住に教育も施して貰えるなんて、なんて贅沢だろうと私は思っていたが、姉は違ったらしい。

「あの子たちはあっちで暮らしてるじゃない!なんで?同じパパの子供なのにズルイ」

「本妻の子供と一緒にいられるわけないでしょ」

「あたしの方がパパに可愛がられてるよ?」

「だから?」

うじうじと嘆く姉を適当にあしらう。これ以上の扱いを求めたらさすがに罰が当たるだろう。

「あの子たちと一緒にいたら、君がイジメられるかもしれないから離してるんだよ。わかってね」

それでも不満を言う姉に、父は言う。そんな本妻の子の印象が悪くなるような事言って大丈夫だろうか。
姉の中で本妻の子は意地悪な子だと刷り込まれた瞬間だった。接触したことなどないくせに。


それから小学校(近所の公立)に姉が通うにあたり発覚した事実にまた姉が泣いて嘆き出した。

「どうしてパパと違う苗字なの!?」

姉の名は生島星那いくしませな。ちなみに私は生島那月いくしまなつき。生島は母の名字だ。引き取られる前から使っている苗字で、私なんか変わらない方が楽だと思ってたんだが、姉は父に引き取られるのだから、父と同じ苗字になるのが当たり前だったらしい。そんな決まりないんだけど。

「蓮寺というのは特別な苗字だから、星那たちは名乗っちゃいけないんだ」

「どうして?」

「蓮寺家の決まりなんだ、わかってくれ」

姉は目に涙を貯めながら黙った。姉の中で自分たち姉妹は、蓮寺家に迫害されているということになった。何度も言うが、接触したことなどないくせに。

私も小学生に上がった頃には、そこそこ令嬢として通じるくらいには礼儀作法とマナーを修めていたため、そこそこ友達ができた。
ちなみに姉は学校中の男子にちやほやされていた。男子の中では、私は「冷たい家に引き取られながらも、健気に耐える姉」に「守ってもらっている妹」らしい。守られた記憶はない。しかもそれを教師にまで言われるとか、どんな広まり方してるんだって話だ。無視しておいた。

そんな二年生に上がる頃にメイドとして修行してみないかと、蓮寺家の侍女頭さんに勧誘された。
離れで掃除洗濯ちょっとした料理やお菓子作りを趣味としてやっているのが耳に入ったらしい。姉は何もしてない。私が作った菓子を自分で作ったと言って学校で振舞ってるが、どうでもいいので放置している。家では包丁どころかトースターにすら触ったことないけど。まだ修業期間だし、バイトとして雇えない年齢だからお小遣い程度しか出せないけど、賃金も出ると聞いては迷う理由もない。もとより、大金持ちの豪邸の使用人なんて魅力的すぎる。
だが。

「妹を働かせるなんて、なんてひどいの!パパに言ってくるわ」

「冗談じゃない本気でやめて」

何かの勘違いの被害妄想を爆発させた姉を全力で止める。父に何を言った所で無意味だが、言ったという事実でこの話が立ち消えたらどうしてくれる。
渋々と言わんばかりの姉をなんとか黙らせて、メイド修業を始めた。






それから10年近く・・・

「那月。今の状況を説明して頂戴」

伊音お嬢様の、ひどく呆れ返った声音の問いに、とても申し訳ない気持ちになりつつも、プロとして表に出さずに冷静にと努める。

「かしこまりました、お嬢様。ですが先に謝らせてください。愚かな姉が申し訳ございませんでした」

心の底から、本当に。
私は伊音お嬢様の斜め後ろから、目の前の馬鹿共を見る。
姉を囲み、まるで・・・いや、自称お姫様を守る自称騎士として5人の男が姉に侍る。嘆かわしい事に、姉の周囲にいるのは家柄・成績・ルックス全てにおいて優良な生徒会メンバーだ。会長、副会長、会計、書記、果ては顧問まで。こいつら全員姉の自称恋人達。

「那月!もうそんな女に従わなくていいのよ!これからはちゃんと、お姉ちゃんが守ってあげる!」

姉が阿呆吐かして・・・ごほん。頭の緩いこと宣ってる。そんな姉に追随する優秀(笑)な男たち。

「そうだ。蓮寺の令嬢だからって君の所業は許されない!妹、その女から助けてやるから、来い!」

「星那ちゃんを虐めるなんて、あんな性悪女見限っていいんだよ、妹ちゃん」

「蓮寺伊音。イジメは学校側としても看過できない。相応の処分を覚悟してもらおう」

「蓮寺の愛人の子が、今まで随分デカイ顔してきたな!それももうおしまいだ!」

「伊音、君との婚約はなかったことにしてもらおうか。我が家の嫁に、君のような女は相応しくない」

口々にわめき立てる阿呆・・・もとい、上から書記、会計、顧問、副会長、会長。会長はお嬢様の婚約者候補筆頭だった。
取り敢えず、色々勘違いしている馬鹿は無視してお嬢様の求めに応じる。

「僭越ながらご説明致します。現在、伊音お嬢様はそちらの生島星那を陰湿な手段で侮辱し、辱めたとして生徒会の皆様によって糾弾されております。生徒会の皆様は顧問の教師も含めて全員、生島星那の味方です。それから、先程の発言を鑑みるに、生徒会長様はお嬢様との婚約を拒否するそうです」

自分に向けての助けてあげる発言は全部無視しよう。取り合うのも馬鹿馬鹿しい。
生徒会長は堂々と姉の肩を抱く。会長に熱い視線を向ける姉は、頬を染めている。
それに白けた目を向けながら、伊音お嬢様は生徒会長に向かって首を傾げる。

「婚約辞退は、私は別にいいのだけど、ご家族が了承するの?蓮寺との繋がりを欲しての婚約でしょうに」

「勿論、星那とするさ。同じ蓮寺の娘なんだ、家族だって説得してみせる」

伊音お嬢様はこれみよがしに深々とため息をついた。一時でも筆頭にしていた男がとんでもない馬鹿で、自分の見る目のなさにがっかりしているため息だ。そこそこの年月お仕えしてきたから分かる。

「那月。私もう帰るわ。このお花畑に色々現実教えてやってね。この男との婚約を白紙撤回してくるから」

「畏まりました、お嬢様」

さっさと去ろうとするお嬢様に、馬鹿な姉は噛み付く。

「逃げるの、卑怯者!」

「逃げる算段つけなければならないのは、そちらではなくて?」

さらりとかわして面倒そうに迎えの車の所に行く。
残ったのは、私と姉と生徒会。しばし沈黙が流れた。
姉の予定だと「婚約破棄なんてイヤ!」とお嬢様がごねて、それを更に責め立てるつもりだったと思われる。まぁ、この姉の妄想なんか理解したくないからいいや。
そんな事を考えていたら、姉が近付いてきた。なんか嫌な予感がする。

「那月、もう大丈夫だよ。伊音に脅されてるんでしょ?もうお姉ちゃんが守ってあげるからね」

とか言って抱きしめてこようとする。それは、ひょいっとかわす。勘違いが痛々しい。

「那月?」

「勘違いが痛々しい」

思わず本音がもれちゃった。姉はぽかんとしているけど、こっちからしたら姉の考え方の方がぽかんなんだけど。
取り敢えず、カーテシーをして、ディスってみよう。

「皆々様、この度はご愁傷様でございます。あまりにも途方もない勘違いで色々なものを失われて、これから大変と存じますが、どうぞ頑張ってくださいませ」

「那月?何を言っているの?」

姉は理解できず首を傾げている。そんな理解していない姉を盲目的に恋い慕う生徒会の皆様も、怪訝な顔をしている。

「僭越ながら、皆様の絶望的な勘違いについて説明させていただきます」

愚かしくも衆人環視でお嬢様を辱めようとした報いとして、自らの馬鹿さを周囲に知らしめるといい。

「まず勘違い一つ。伊音お嬢様は生島星那に対してイジメなど行っておりません。する理由もございません。もしおありでしたら、イジメの物的証拠、又は確実な証人を提示していただきたく思います。理由もつけていただければ幸いです」

淡々とした指摘に姉が泣きそうな顔をする。

「だって、あの人は私を疎んじていたわ。同じ学校に入った事だって気に入らないようだったし、実際に私の持ち物が切り刻まれたり、机に酷い落書きされたりしていたのよ・・・」

途中でうぅ・・・と泣き出す姉に、周囲が近寄って慰めにかかる。泣かせた私を睨む人もいる。

「お嬢様がやったという証拠ではありませんね。あと、お嬢様は貴女を疎んじる程気にしていませんでした。被害妄想のような勘違いですね」

淡々と言わなければ、思いっ切りゴミを見るような視線でゴミに話し掛けるような虚しさが口調に出てしまう。こんな証明の面倒な事は議論しません。続いて、視線を生徒会長に向ける。

「勘違い二つ目。生徒会長様、貴方とお嬢様の婚約は、元より存在しておりません。ただ単に婚約者『候補』であっただけで、破棄する婚約も存在しておりませんでした」

「え?そんな馬鹿な」

「事実です。お嬢様には貴方の他に国内外から幾つも縁談がございます。その中から能力と人柄を見て吟味している最中です。お嬢様ご自身が決定権を持っておられるので、先程の宣言は正式なものと扱われます」

そこで、ちょっと堪えきれないので笑いを発散しておこう。

「婚約者でもないくせに、自意識過剰で随分と恥ずかしい宣言をなさっておられましたねぇ」

ぷぷ、と息を吐いて笑いを僅かばかり発散して、再び無表情に戻る。ふぅ、ちょっとは発散しておかないと途中で吹くからね。
会長は顔を真っ赤にして俯いている。恥ずかしいという感情はあるようだ。

「蓮寺との繋がりを作るための縁談を勝手に破棄して、会長はお家での立場が相当な事になるのではと愚考いたします。もう手遅れなのですが」

ちょっと忠告してあげるぐらいの優しさは持ち合わせてます。
元々は優秀なんだから、この意味分かるよね?他の皆様も、会長を嗤ってる場合じゃないでしょう。見捨てられるまでのカウントダウン入ってますよ。

「そ、それでも!星那と結婚すれば蓮寺との繋がりはあるのだから、問題ない!」

会長が強がって睨んできた。そこの所を姉の話しか聞いてないから勘違いしてるんだ。

「それでは、勘違い三つ目。姉は蓮寺家との血縁は一滴もありません。赤の他人です」

「「「「「え?」」」」」

姉込みの驚きの声。姉は呆然としているが、他の男たちは姉を見ている。

「え?なに?」

「嘘を・・・ついていたのか?」

「どういう?」

戸惑って半笑いの書記、声もでない会計、呆然と呟く顧問、言葉少なくあちこち視線をさ迷わせる副会長。そして、困惑して姉を見る会長。

「星那・・・君は、俺達を騙していたのか?」

「ち、違う・・・騙してなんて、嘘なんて、そんなの・・・」

血縁がないなら、姉が訴えていた事の8割事実無根ということになる。実際そうだが。
姉はふるふると首を振って、目に涙を溜める。ぽろりと落ちる涙のなんと美しく魅せること。
ちなみに、訴えてきた事とは。

「蓮寺家では愛人の子だからって冷遇されてるって言ったよね?」

「妹は幼い頃から働かされていて、自分は屋敷を歩くだけで厭味を言われるって」

「伊音たちだってお父さんの奥さんの愛人の子なのに、差別されてるって」

「蓮寺の苗字を名乗ることも許されていないと・・・」

「本当よ!全部本当の事しか話してない!」

ちょっと狂乱気味に姉は私を見た。というか睨んだ。いいんですかねぇ、私を守ってるはずの人が、そんな殺気立った目を妹に向けて。

「那月、伊音に何を言えと命じられたの?そんな嘘、ひどいわ!」

どこまでも伊音お嬢様を悪者にしようとする根性、すごいと思う。でも現実は見よう。

「姉さん。私達は、蓮寺吾郎とその愛人の娘。間違いないでしょう?」

諭すように確認すると、力強く頷いた。他もどこか安堵の表情をしている。

「勿論、私はパパの娘。DNA鑑定だってできるわ」

「蓮寺吾郎は蓮寺家の婿養子。蓮寺家の直系は奥様の方。もうご理解いただけますよね?」

「「あ」」

会長と副会長は声を上げた。会計と書記も呆然として、顧問は信じたくないのか首を振ってへたりこむ。顧問、ロリコンの汚名は蓮寺との繋がりでカバーできるとでも思っていたのか。

「婿養子とその愛人の娘が、直系の令嬢とその愛人の娘と同じ待遇になるはずございません。全く血の繋がりがない赤の他人が、自分も蓮寺の令嬢だなどと痛々しい勘違いをして図に乗っていれば、それを疎ましく思う親戚の目が冷たいのは当然でしょう?」

「そんな」

姉は一言呟いて絶句した。血色の悪い顔で、ふらりとよろめいたのを会計が支える。

「でも、蓮寺の屋敷に住んでるんだろ?」

「蓮寺のご当主様と奥様のご厚意です。こうしてお嬢様と同じ学校に通えているのも破格なのです」

ふぅと息を吐く。ちょっとぐらい自分の話をしてもいいよね?

「呆然となさっておられるのなら、少々私の話にお付き合いください」

言葉遣いはどうしようかな。そのままでいいか。別に親しくもない人に崩した言葉遣いで話し掛けたくないし。

「姉は、随分と自分に都合のいい勘違いをしやすい人です。ホステスをしていた母に似て、男好きする可愛らしい顔立ちで、父も母も溺愛しておりました」

「え!那月、何を勘違いしてるの?ママが死んだ時小さかったからわかんなかったのかしら。ママはホステスなんかじゃないわ。ママはOLしてたのよ?」

「それは吾郎氏の大嘘です。それと、どこの世界に夕方出掛けて朝も遅くにお酒とタバコの臭いと共に帰ってくるOLがいますか」

姉を黙らせて、続けて姉の生い立ちを私視点で語りましょうか。

「姉が6歳の時にその母も亡くなりました。父方の親戚に命じられた悪漢に、それはもうズタボロに殺されたのです。理由は、母と浮気していた父が離婚されて、蓮寺家と縁が切れるのを恐れたため。蓮寺家は父を『どうでもいいもの』として浮気も気にしてなかったので、思い込みと勘違いによる、完全な無駄死にですが。この勘違い加減はさすが血縁ですね」

「そん、な・・・ぱ、パパは、ママは事故でって・・・」

「父からしたら、事故でしょうねぇ。母は妻の黙認もらってる愛人だったんですから。安心して囲ってたら身内の暴走で殺されて」

母には思い当たる節のない、通り魔に出会ったような死だったろう。黙認されて、愛する人と誰憚らず一緒にいただけなのに殺されたのだから。母の死因は、交通事故ではなく連絡事故だ。

「自分の親戚の暴走に罪悪感でも沸いたのか、父は愛人の子である姉を自宅に引き取りました。蓮寺家に事後承諾で。それでも離れを提供し、衣食住を保障し、お嬢様たちと同じ教育を受けさせていただけるほど厚遇で迎えてくれました。会えば恐縮するだろうと慣れるまで接触しないという気遣いまでしていただいたというのに」

すっと、視線が無意識に冷たくなる。視線の先には今にも倒れそうな姉。ここまで理解してくれて何よりだ。

「それなのに、姉は自分も蓮寺家の令嬢だと勘違いし。離れに満足せず母屋に住みたがり。自分のために蓮寺家の方が出向いてこなければ無視されたと嘆き。この高校に入るまで殆ど接触もなかったのに本家の跡取り兄弟が自分に意地悪してくるという被害妄想を抱いて」

周囲を見る。全部が全部、彼らが掲げた正義のよってたつ話が根本から覆った気持ちはどうよ?
野次馬の皆さんも、きょどきょどしてますよ?

「挙句の果てには、こんな衆人環視で多くの男を侍らせてお嬢様に濡れ衣を着せようとする始末。恥知らずにもほどがあります」

うんうん、静かになって何より。喚くようなら、貴方がたのご家族にご連絡申し上げますよ?まぁ、人の口に戸は立てられぬと言うし。遅かれ早かれ、ですよ。特にロリコン教師。

「生島星那さん。この度の件であの離れすら出て行かざるをえないかもしれません。何せ、大恩ある蓮寺家のご令嬢に喧嘩売ったんですから。父ともども、荷物をまとめる支度をなさった方がよろしいかと」

言いたいことは終わった。これで更に悪評を立てるようなことをすれば、蓮寺家が今度は全力で潰すだけだ。
一礼して、その場から去ろうとする。

「待ってよ!」

一歩踏み出したところで、愚かな姉に呼び止められた。今更何を言うことがあるというのだろうか。
振り向くと、そこにはそんな顔見せて大丈夫?と心配になるほど醜悪な表情の姉がいた。

「何、自分だけ無関係みたいな話し方してんのよ!今言ったように、那月だって蓮寺と繋がりはないじゃない!蓮寺を出て行くなら、あなたも一緒よ!私の妹だもの」

ああ、なんだそんなこと。っていうか、それは心中のお誘いだろうか。御免こうむりたい。

「私は蓮寺家のメイドとして働いています。恩知らずの穀潰しであるあなたがたと一緒にされたくありません」

「なっ・・・!」

姉が何か言おうとして、私の後ろを見てぽかんとした。周囲の男たちも唖然としている。というか何故こんなところにと聞こえるが・・・。

「那月」

声をかけられて振り向くと、超絶イケメンがいた。姉の周囲を固めている男どもがもれなく霞むほど。姉より二つ上、私より三つ上で、こんなところにいるのが不思議だ。

「いかが「あ、あの!」」

姉がかぶってきた。その目は肉食獣のようで、頬を赤らめてうっとりしている。

「私は那月の姉の星那です。あなたのお名前を聞いても?」

その発言に、姉以外の全員が驚いた。え、何故顔も知らないんだ?彼も私の顔を見て「あれマジ?」と呟いている。マジだと思います。

「?ねぇお名前を・・・」

「姉さん。この方は蓮寺家の後継である黒金様ですよ?何故顔も知らないのですか」

「え!?」

驚いてわたわたしてるけど、誰も助けてくれないって。姉がまさか黒金様の顔を知らないとは思わなかった。最初から彼が来れば長々喋って、姉の妄想を証明する必要はなかったかもしれない。

「取り敢えず・・・那月、遅いから迎えに来た」

「それは、お手数おかけしました。もう終わりましたので帰ります」

「そっか」

黒金様は自然な仕草で私の肩を抱き寄せ、帰りを促す。私も逆らわずに大人しく帰ることにした。後ろで姉が喚いているけど、無視だ無視。

「何よ!あんただって結局蓮寺の跡取り誑し込んだ売女じゃない!私ばっかり責めるなんてひどいわ」

そう思ったのに、姉の一言が彼の怒りに触れた。ぴたりと立ち止まり、冷徹な冷え冷えとした表情だ。
あ、これアカンやつだ。

「生島星那。お前の荷物はまとめておくから、明日には出ていけ。今夜一晩はせめてもの温情だ」

「え?そんな!追い出すなんて、ひどいわ!」

わぁっと泣き出すが、既に場は白けた。私と彼は無視して帰った。



「お手数おかけしました」

「構わない。それに腹が立ったからな」

帰りの車で、黒金様はぶすっとした顔で答えた。

「俺の愛しい那月を侮辱したあの女。本当はもっとしたいが、それは那月がしたいんだろ?」

私はにっこりと笑む。理解してくださる黒金様は流石だと思う。
今まであのメンヘラでどれだけ苦労被ったと思ってる。想像の三倍は精神と評判にダメージを負ったんだ。お返ししたっていいじゃないか。

「ねえ那月。今、すっごい清々しい綺麗な笑顔してたよ」

「ありがとうございます」

礼を言うと、ため息をつかれた。普通に笑っただけだが。
黒金様はやっぱり不機嫌顔をしている。今日は早く帰ると言っていたのに遅くなったからだろうな。

「今日は晴れの日だったのに。変なケチがついたような気分だ」

「そのようにおっしゃらないでください。私は清々しいですよ。この胸の内にあった長年の澱みをすっかり吐き出しましたから」

すっきりしてるんだ。私は晴れの日だからこそ綺麗な気持ちで迎えたかった。

「黒金様、早く帰りましょう。若旦那様と奥様をお待たせしては申し訳がありません」



姉は温情で高校卒業まであの離れにいることが許された。父は使用人にすら空気扱いされるまでに、蓮寺家での地位を低下させた。しょうがない、姉の勘違いのアレコレは、だいぶ父の見栄による嘘のせいがあったから。姉の取り巻きたちは、蓮寺家の令嬢に公衆の面前で濡れ衣を着せたせいで、家での立場と社会的な立場を急降下させた。お嬢様に必死に擦り寄る姿は実に哀愁と失笑を誘う。

それが少し落ち着きを見せた頃。正式に私・生島那月と蓮寺家長男・蓮寺黒金との婚約が発表された。
分かりにくかったようですので、補足を・・・

蓮寺黒金・伊音兄妹は、蓮寺家の一人娘とその愛人の子供。
生島星那・那月姉妹は、蓮寺に婿養子で入った吾郎とその愛人の子供。

蓮寺夫妻の間の子供というのは一人もいません。
姉の「蓮寺の子になった」は勘違いで、生島姉妹は養子になったわけでもない居候です。

なので、生島姉妹は蓮寺とは赤の他人です。

ついでに、蓮寺家は一人娘が継いでいますので、吾郎氏には何の権限もありません。

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