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死産された勝利者②

 ザッカーマンの襲撃から数日が経ち、ソニス市の外れに位置する小さな教会で、アイゼリカ・ダーシュの葬儀はしめやかに行われていた。

 さりとて棺の中にアイゼリカがいるわけでもない。《白銀の影》事件が未解決である以上、アイゼリカの死体は重要な手がかりとして保存室で厳重に管理されている。

 これはアイゼリカ・ダーシュの死亡手続きを全うするためだけの、架空の葬儀だ。

 なのにディードは葬儀に足を運ばずにはいられなかった。ディードがアイゼリカを手にかけた張本人だとしてもだ。

 理屈ではなく、それが自分の義務のように思えたからだ。

 心の弱さか、それとも世間体か。さすがに葬儀に参加するのは憚られ、ディードは喪服姿で教会の敷地の隅に佇んでいた。木に背を預けて、じっと葬儀に視線を注いでいる。

 滔々と流れる鎮魂の文句と同様に、無意味な時間が流れていく。

「しかしディードが赤以外の服を着ていると、びっくりするくらい違和感があるな」

「俺は秘境の奥地に生息する全身真っ赤な珍獣扱いかよ……」

 親友の軽口にディードは苦い顔を浮かべた。

「髪の毛も黒く戻したほうがよかったんじゃないか?」

「俺もそう思ったが、さすがに染髪剤の料金に躊躇いを覚えたんだよ」

「あひゃひゃひゃひゃ、私ゃ地毛でよかったよ」

 ディードの両隣には二人の人物が姿を見せていた。一人はディードと同じ年頃の青年、そしてもう一人は姉のレッド。敷地には三人以外にも数人の旧貴族階級が集まっている。

 同属の復讐劇とその死に、それぞれが複雑な思いを抱いて葬儀を見守っていた。

「旧貴族が集合しているのに、意外と気付かれないものだな」

「参列者が少ない、ってのが一番の理由だろうな。容疑者の葬式だから秘密裏に行われてるし、上司の殺害を企てたとあって《ゾルキス》社の連中も顔を出してない」

「寂しい葬式は、悲しくて虚しいだけだ」

「葬儀を公にして、遺族から石を投げられないだけマシじゃないでしょうかね」

 巨漢が口を開き、卑屈そうに長身を丸めた青年が応える。

「というより、アイゼリカさんはあまり他人と深く関わろうとしなかったらしい」

 知人の仲違いを諫めるように、ディードは故人について話を始めた。

「どこか余所余所しい態度で、周囲とは常に一線を引いていたようだ」

「革命の後遺症か」

 ディードは神妙に頷いた。革命によって民衆に裏切られた経験から、アイゼリカは仲間以外が信じられなくなっていたのだろう。それはここに集まった旧貴族の何人かも同じだ。

 ディードの脳裏に在りし日のアイゼリカが思い出される。世話焼きで悪戯好きな年上の女性。自身からのアイゼリカ像と、他人からのアイゼリカ像の乖離に、ディードは改めて悔しげに歯を食い縛った。今にして思えば、ディードに見せていたのが本来のアイゼリカだったのだろう。

 ディードに向けられていたアイゼリカの感情は、異性に対する好意ではなかったと思う。気の置ける仲間だけに見せられる、一種の甘えだったのだろう。

「……俺は、納得できていないんだろうな。

 アイゼリカさんを殺したことにじゃない。俺が殺す以外の手段を持っていなかったことにじゃない。自分で決めた結末のはずなのに、そのことで悩んでいる自分自身に対してだ」

 十年前に言われた言葉は、まだまだ実践できそうになかった。

「俺がアイゼリカさんを殺した。その事実は変えられないし、逃げられない」

「だったら、アイゼリカの死亡証明書を受け取りな」

 言って、レッドが見せてきたのは領収書だった。聖銀の討伐報奨金、というわけだ。

 ディードは特別なことは何もしていない。普段通りに、人を殺して得た収入で腹を満たす、それだけのことだ。

 なのに知人の命を奪って得たというだけで、その金がひどく汚らしいものに思えた。

「この先もACCを続けていくなら、同じことが起こらないとも限らない。実際に私は二度三度と苦い思いを味わった。ディードにこの金を受け取る覚悟があるのかい?」

 数日前にあったやり取り以上に、レッドのやりかたは効果的だ。

 口頭の確認だけではなく、領収書を見せて視覚的に、それを受け取る行為、そして金銭の授受という営利契約として、複合的な要素を組み合わせてより強く意識させていた。

 ディードは手を伸ばし、重々しい動きで領収書を摑む。途端に領収書に引き倒された気がして、思わずつんのめりそうになった。

 報奨金は破格の高値だ。それだけアイゼリカは凶悪視され、多くの罪を犯してきた。

 たった一枚の紙切れが、凄まじい重さを持っていた。金銭的な重さ、加害者と被害者の命の重さ、そしてアイゼリカの罪の重さだった。

 ディードは腕を震わせながらも、領収書を懐にしまう。決して今日を忘れてしまわないようにと、心の中に刻みこみながら。

「無粋で申し訳ないが、死亡証明といえば誰が葬儀の手配を? 《ゾルキス》社の社葬ではないのだろう?」

「《血の王庭》事件の遺族会だよ。エネルゲイトの遺族会に連絡を取って、ダーシュの身元を伝えて、葬儀の手配をしてもらったのさ」

「だが、銀炎の特定までは至っていない、と」

「ああ。《血の王庭》事件の遺族、その行方不明者からアイゼリカさんと懇意にしていた人物は見つからなかった。アイゼリカさんと銀炎は、革命後に知り合った目算が高い」

 聖銀が親しい知人だったこともある。科捜研を襲撃されたこともある。さらに三人目と脅迫者という新しい謎まで浮上してきた。どうにも上手くいかない事件だ。

「今の話を聞いてもう一つ疑問に思ったのだが、どうして《白銀の影》はソニス市で犯行を行っているのだ?」

「だからそれは、被害者を脅迫状で呼び寄せて」

「そうではなく、態々ソニス市に呼び寄せる理由があるのかと訊いている」

 ディードは愕然とした。どうしてそんな簡単な疑問にいき当たらなかったのだと。

「そう、だよな。呼び寄せる云々以前に、エネルゲイトで殺害すればいい話だよな」

 ディードは違和感に気付いた。最初にいきつく疑問を素通りした、それが謎だった。

「何かがおかしい。俺たちはどこかで、とんでもない思考誘導をされた気がする」

 それはどこだ? 思い返してみるが、それらしい記憶にはとんと心当たりがない。

 疑問を遮るように新調された携帯が鳴り出した。ディードは通話に出て頷く。

「すまん、今から事件の会議が始まるらしい」

 周囲に一礼して、ディードは葬儀に背を向ける。

「協力は惜しまない」

 背中にかけられた決意の言葉に、ディードは思わず足を止めていた。

「取り返しようのない悲劇なら、せめて次の悲劇を防ぐのが我々の責務であり、そして同属を救うことに繫がる」

「……取り返しようがないのに、救われる奴なんているのかね?」

 ディードが去り際に残した呟きは、その場に重い影を落とした。



 会議室にはディードを待ちかねていたという顔が並んでいた。ディードはシェラとスティ、クラーブにカスツァーと、全員の顔を見渡してから椅子に腰かける。

「それでは走査会議を始めるとしよう」

 クラーブの号令でディードは白板に視線を注いだ。捜査状況が記された白板には、今回新たにザッカーマンとアイゼリカの写真が追加されている。

 白板には一か所だけ、誰の目から見ても不自然な点があった。

「最初の問題は、どうしてザッカーマンが《白銀の影》の標的になったのか、だよな」

「ザッカーマンは革命に参加していない。だから《白銀の影》が関わってくるとは夢にも思っていなかった」

 白板に書かれた《白銀の影》からザッカーマンには襲撃の文字が、《血の王庭》事件には復讐の文字が、それぞれ矢印とともに書かれていた。

 シェラが白板にペンを走らせ、新たにザッカーマンと《血の王庭》事件の間に≠の記号を書き入れる。全く意味不明の三角関係が出来上がった。

「ザッカーマンを襲った理由は復讐相手だからじゃなくて、凶暴眼鏡が言ってた脅迫者の指図だったからじゃないの?」

「ベルゲルシアにしてはいいところを突いてきた。だが、ちぃと人間観察が足りない」

 シェラは白板に脅迫者の文字を記す。そして《白銀の影》へザッカーマンの殺害指示を、ザッカーマンへは殺意を書きこむ。

「《白銀の影》は、ロナさんや科捜研の職員を巻きこまないように行動しているお優しい連中だ。そんな連中が、脅迫されたからって無関係の人間を襲うとは考えられない。

 ザッカーマンは《白銀の影》と脅迫者の利害が一致して初めて標的になるんだ」

 この場合、《白銀の影》の利とは無論復讐のことだ。だが、どうしてザッカーマンが復讐相手たりえるのかが不可解だった。

「今になって考えてみれば、ACCを必要とした時点で、ザッカーマンが兵錬武の襲撃を予想していたのは明白だ。ザッカーマンは脅迫者が《白銀の影》だと知っていたんだ。

 くそっ、とんでもねえ食わせもんだよ」

「実はザッカーマンの《血の王庭》事件関与に対して、一つの仮説がある」

 クラーブは重く口火を切り、ザッカーマンの名を《ゾルキス》社という枠で囲んだ。

「《ゾルキス》社が軍式兵錬武の開発企業である理由を考えたことがあるか?」

 途端にシェラの無表情が硬くなった。クラーブと同様の重苦しい表情だ。

「それは技術力や生産力以外の要素、つまり密約や袖の下があった、という意味か?」

 シェラの問いには答えず、クラーブは《ゾルキス》社から革命軍へと点線を引く。

「例えばの話だが、《ゾルキス》社は革命に援助していて、軍式兵錬武開発企業の一角に名を連ねることに成功したとは考えられないか?」

「その仮説を突き詰めると、援助の中心人物はザッカーマンということになるのか」

「今となっちゃ確認する方法はないが、もしかしたら革命に使われた兵錬武は《ゾルキス》製だったのかもな。革命を援助し、実戦情報の入手を両立させる妙手だ」

 エルレイド革命には、俗に第一世代型と呼ばれる先行生産兵錬武が投入されていた。製造技術が発達して性能と量産性が高まった現行品は第二世代型と呼ばれている。

《ゾルキス》社の三人一組という開発理念は、暴動という統率の利かない状況から得られた情報によって、少人数でも安定した行動を行えるのが最良という着想に至ったためかもしれない。

「アイゼリカはザッカーマンの秘書だったな。最初から知っていて接近したのか?」

「いや、違うだろうな。事後からの逆算と仮説でしか成り立たないザッカーマンの関与を外部から知る手段はない」

「アイゼリカさんはあのときこう言った。『私たちの正体を知っているのは、私たちに兵錬武を与えた存在だけ』だとな」

 ディードはペンを走らせ、脅迫者から《白銀の影》へと兵錬武の文字を書き足した。すると、途端にこの構図は至極明快なものとなる。

「つまり、その脅迫者がザッカーマン殺害を計画し、ザッカーマンがエルレイド革命に援助を行っていたことを利用することにした。

 あとは《白銀の影》に兵錬武を与えて、ちょいと憎悪を刺激してやれば、自発的に復讐に走る代理殺人者の出来上がり、ということか」

「ふざけるな!」

 ディードは怒気を吐き捨て、激情のままに握り拳を振り下ろした。拳の到達点にあった机が中央でへし折れ、左右に弾け飛ぶ。

「これじゃまるで、アイゼリカさんたちの復讐は強要されていたみたいじゃないか」

 そんなことが許されていいはずがない。復讐だけでも褒められる行為ではないのに、それが赤の他人の干渉で実行されたなど、あっていいはずがない。

 脅迫者は復讐者の憎悪と殺意を弄んでいるのだ。被害者を人間として見ていないのだ。

「だが、復讐を選んだのは彼女たち自身だ」

 クラーブの言葉でディードの表情が変わった。

「或いは彼女たちも唆され利用されていなければ、平穏な余生を送っていたかもしれない。彼女たちも《新生の轍》に人生を狂わされた一人ということか」

「いや、この件に《新生の轍》は関わってない」

 断言とともに、ディードは白板に書かれていた《新生の轍》にバツ印を上書きする。

「俺は聖銀と銀炎、二者を直に見たから分かるが、あいつらの兵錬武が真製だとは思えない」

 ディードは二人が変身したその瞬間を思い出していた。二人の兵錬武には暗証入力も防御障壁もなく、それに何より、

「二人の兵錬武を真製と呼ぶには、戦闘力が低すぎる」

「あれで低いのか!」

 カスツァーが驚愕するのも当然だ。倉庫街の一角を廃墟へと変えたシャルピニオの圧倒的破壊能力を、それでもなお低いと言ってのけたディードの感性が理解できなかった。

「真製兵錬武同士が激突すれば、倉庫街どころじゃなくソニス市の十分の一が壊滅する。

 銀炎が免許持ち級の実力者だったのがそもそもの勘違いだ。序盤から一気呵成に攻め立てられたせいで、俺たちは兵錬武の性能以上に銀炎を過大評価しちまったんだ」

「私も銀炎と二回の交戦を経て、銀炎の兵錬武それ自体の性能は、おそらくゼドノギラス単体と同程度だと予測している。

 私と凶暴眼鏡の見立てを合わせると、あの二人の兵錬武は第二世代の武装型、獣化型、機能型の上、超人型や《バルドロケウス》製の殺人型に相当する性能となる」

 シェラの的を射た分析に、しかしディードは眉根を寄せた。

 違和感があった。何か重要な要素を見落としているような、脅迫的な猜疑心を覚える。

「押収した兵錬武から製造元や流通経路を辿れないの?」

「科捜研の設備が破壊されてしまったのでな。現在はカークケイト嬢がエネルゲイトで解析にあたっている。少し時間が必要だ」

 ディードの疑念はスティとクラーブの会話に遮られた。

「今回の件に《新生の轍》が関わっていないとは、正直残念でならない」

 クラーブは崩れるように肩を落とした。彼にとって、いや世界中の人々にとって歴史的な大捕物だっただけに、その落胆振りにも目を引くものがある。

「いや、《白銀の影》が人命を奪い、市民に恐怖と不安を与えている事実に変わりはない。落胆するのは不謹慎だな」

 それでもクラーブは生来の生真面目さを発揮して背筋を正した。

「そして最後にして最大の謎が、三人目の存在というわけだ」

 室内にいた全員の視線が白板の中心に注がれた。《白銀の影》と書かれた枠には〈聖銀〉と〈銀炎〉の名しか記されていない。しかしそこには確実に三人目の人物が存在しているのだ。

 正体不明、能力不明、そして殺害数0人の、実体のない復讐者が。

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