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聖なる銀③

 ディードの人工眼球が最初に捉えたのは、眼前に出現していた特大の銀の槍。先ほどと同じ超容量の銀血を、今度は波濤の面攻撃ではなく槍の点攻撃として放ってきたのだ。

 尖塔とすら思える巨大さの槍が、列車の勢いで突進してきた。常なら足が竦んで身動きのしようがないその脅威を前に、しかしディードは無造作にペルテキアの槍を突き出す。

 真紅の槍と銀の槍が正面衝突し、爆発じみた火花と大音声が弾け渡った。両者の相殺によって衝撃が拡散して突風が生み出され、倉庫の床には境界線のように横一文字の亀裂が刻まれる。水風船が割れるように銀血の槍が破裂して、重たい雨となって降り注ぐ。

「やはり最大稼動で相殺してきたわね!」

 アイゼリカの嗤いはディードの真横、左の耳元から聞こえてきた。切り札である二発目の最大稼動は囮、本人が接近して必殺の剣撃を叩きこむための布石だ。

 すでにディードの左腕は振り下ろされていた。二度目の最大稼動による必殺の手刀が、断頭の刃となって虚空を切断。絶命必至のその攻撃を、しかしアイゼリカは完璧に回避していた。

 ディード本人が言ったように、最大稼動の二連発は有り得なくない。だからこそ三発目はこない。三発目を出せば、アイゼリカが戦闘可能時間において優位性を得ることになるからだ。

 続けて三発目の最大稼動が放たれた。鉄鎚が振り下ろされ、床に直撃。四方八方に亀裂が走り、逆様の雪崩となって粉塵が舞い上がる。局所地震とすら思えるほどの衝撃が倉庫を襲った。

 三発目の最大稼動は、アイゼリカにとって想定外もいいところだ。一歩でも攻撃態勢に入っていれば直撃を受けていただろう。ディードの早すぎる迎撃が仇になったのだ。

(だけどこれで、最大稼動は使えない!)

 さらに四度目の最大稼動。薙刀が突き出され、アイゼリカの左脚を太腿で切断する。アイゼリカは有り得ないはずの四発目と左脚の喪失で、呆然と放心していた。

「殺戮の兵錬武《屍狩り虫ペルテキア》の能力は、最大稼動の無制限発動だ」

「反則すぎよ!」

 アイゼリカは怒号を迸らせ、至近距離から銀血の剣山を放つ。銀色に輝く無数の切っ先がディードに殺到し、何も捕らえられぬまま虚空に抜けていった。

「ザッカーマンが言うには、《十一人》も真製も複製も、非環珠の理論は同じらしい。真製の能力が《十一人》に満たないのだとしたら、能力の〝質〟を最大稼動の〝量〟に置き換えることは充分に可能だ」

 低空に屈みこんだディードが大斧を横一閃させ、さらにアイゼリカの右脚を切断。アイゼリカは銀血の砲弾で応戦、しかし単純すぎる攻撃はディードに軽々と回避される。

 その時点でアイゼリカの姿は消えていた。

 アイゼリカは砲撃の反動で後方に滑空し、倉庫の壁を突き破って屋外に脱出していた。失った機動力を補い、ディードとの距離を開いていく。

 アイゼリカには技量の優位性も、時間的な余裕も、兵錬武の性能差も、切れる手札もない、つまり完全な手詰まり。正体が明かされる不利益を承知で逃亡に移る。

 ディードがアイゼリカを追い駆ける。上体を前傾させて地を蹴り、長い尻尾で重心を取ったその様は、まるで肉食恐竜のようだ。応射される銀の砲弾を掻い潜り、路面や倉庫の壁、街灯や金網、放置された電動車の屋根などに次々と足跡が穿たれる。

 ディードは最大稼動で地を蹴り、舗装路を粉砕。一歩一歩が巨人の踏み足となって路面を抉り、高速で駆け抜けていく。

「ならこれでっ!」

 アイゼリカは銀血を塊にして上空へと打ち上げた。銀の塊が破裂し、刃の豪雨となってディードに降りかかる。ディードの忠告を聞き入れて、攻撃を質から量に切り替えてきたのだ。

 不可避であるはずの豪雨を、しかしディードは完璧に回避する。進路変更と体の動作、そして背に回した大斧で防御しつつ、些かも速度を衰えずにアイゼリカへと接近。

 ディードの全身を彩る目玉模様が蠢いていた。模様ではなく、本物の人工眼球だ。全身に配置された百からの視覚器官で銀の豪雨を、その軌道を完璧に把握しているのだ。

 助走の勢いのままにディードは跳躍。肩当てと腰当てが展開し、内部から透明な膜が広がる。極限の薄さを持つ虫の翅だ。

 ディードの翅が振動し、動体視力の追跡を振りきって消失。泳ぐように跳躍の軌道を変更し、応射される銀の砲弾を掻い潜って、アイゼリカとすれ違い様に左腕を肩口から切断していく。

 アイゼリカは衝撃で体勢を崩し、成す術もなく墜落した。路面を転がり、何度も地面に体を叩きつけ、剣を突き立ててようやく制動をかける。

 比喩ではなく、ディードは四枚の翅を振動させて宙を飛んでいた。それも仕組みの解明されていない虫の飛行だ。

 飛行技術のない現代において、空中戦を可能とする真製兵錬武は、それだけで圧倒的な優位性を所持していた。

「飛行船は世界一安全な乗り物だと言われているが、実際はそうでもな……い……?」

 ディードは突然に声色を激変させた。自らの言葉によって、重大な齟齬に気付いたのだ。

「科捜研が襲撃を受けた時間帯、当の聖銀であるアイゼリカさんは俺たちと一緒に飛行船の離陸に居合わせていた。アイゼリカさんが科捜研を襲えるはずがない!」

 アイゼリカは沈黙を貫く。肯定も否定もしてこないその態度は、追求されるのを明確に拒絶していた。

 兵錬武には表情を演出する機能がない。それでもディードはそうと分かるほど、困惑を理解へ、そして驚愕へと変貌させていく。

「……まさか、《白銀の影》に三人目がいるのか?」

「そこまでよ!」

 激昂したアイゼリカは右腕一本で跳躍、ディード目がけて突っこんでくる。無謀とも思えるアイゼリカの行動は、核心を触れられたからに他ならない。

 アイゼリカが首を振り、銜えられた剣が弧を描く。剣は長柄で受けられ、右手で繰り出した拳は左腕で止められた。アイゼリカは剣から銀血を放とうとして、その身に巨大な影がかかる。

 それは長く伸びたディードの尻尾だ。五つに枝分かれした先端が巨大な掌となってアイゼリカの胴体を握り締め、振り下ろして地面に叩きつける。アスファルトの塊に激突したことで一瞬意識が途絶し、間髪入れず放たれた回し蹴りが腹部を直撃、内臓を尽く破壊。

 そこでアイゼリカの変身時間がつきた。再びの白い光に包まれ、金属の肉体から生身の肉体に戻される。左腕と両脚が再構築されるが、内臓の損傷まではどうにもならない。激痛と夥しい内部出血で尻から崩れ落ちる。

 顔色は土気色となり、唇の端には内臓からの吐血で糸が引かれる。アイゼリカの命は、今や風前の灯となっていた。

「どうしてよ……」

 倉庫の壁に背を預け、絶命寸前となったアイゼリカの口から悔しさが溢れ出す。

「どうして私の家族が殺されなきゃいけなかったの? どうして私の家族を殺した連中が英雄や先駆者だと持て囃されているの? どうして私たちの復讐は許されないの? どうしてディード君は私の邪魔をするの? 私の憎しみと悲しみはどこに向かわせればいいの?

 どうして? どうしてよ! こんなの、こんなの、何もかも間違っているわ!」

 アイゼリカの眼前に立ちはだかったディードは変身を解く。全身の負傷も再現され、激痛が脳を突き抜ける。負傷のためではなく、ディードの顔は歪んでいた。

「俺はアイゼリカさんの復讐が許されないとも、アイゼリカさんの家族を奪った連中が許されていいとも思っていない。

 だけど俺は兵錬武犯罪者を狩る側で、アイゼリカさんは狩られる側だった。この対立だけはどうにもならない」

 アイゼリカにどんな正当性があろうと、それは犯罪者の独善でしかない。しかしディードには彼女の言葉を聞き流すことができなかった。

「アイゼリカさん、俺は殺せるんですよ。肉親を、親友を、同僚を、恋人を、この手で殺せるんです。躊躇いはしても、最終的には殺せる。そういう人間なんです」

 ディードは死に逝くアイゼリカへと、精一杯の真摯さで言葉を紡いでいく。

「俺は兄のように好いていた、〈ソニス4〉を殺せたんだ」

 秘密の暴露とともに、ディードは複雑な感情の視線をペルテキアに注いだ。

「〈ソニス4〉を殺した賞品として与えられたのが、このペルテキアだ。

 とんでもない矛盾だよ。兵錬武を憎んでいる俺が、《大戦》の元凶になった男を慕っていて、この手で殺して、それで手に入れた兵錬武で人を殺しているんだから。

 だから俺は、兵錬武犯罪者を殺すことしか選べない」

 ディードは失笑と苦渋を浮かべていた。泣き笑いのような表情だった。

「安心してくれ、ってのも変だけど、約束する。俺が絶対に、連中に償わせてやる」

「そう。それなら、いいかな」

 アイゼリカは微笑を浮かべた。別れを惜しむ、寂しげな笑みだった。

「……さようなら」

 薙刀が振り下ろされ、アイゼリカの左肩から右脇腹へと駆け抜ける。心臓が破壊され、夥しい量の鮮血が胸元を赤く染めていく。

「最後に一つ、教えてあげるわ」

 血の溢れる唇を微笑の形に歪めて、アイゼリカは最後の言葉を吐き出した。

「ザッカーマンを脅迫したのは、私たちじゃない」

 言われてみれば不自然な点があった。ザッカーマンが《白銀の影》に脅迫されていたのだとしたら、脅迫に反して身を隠したのに、どうして過去を公表されていないのか?

「それどころか、私たちが脅迫される側だった。ザッカーマンを殺さなければ正体を公表すると脅されて、無謀にもディード君と正面衝突する羽目になってしまった」

「それじゃ、誰がザッカーマンとアイゼリカさんたちを脅迫したと?」

「決まっているわ。私たちの正体を知るのは、私たちに兵錬武を与えた存在だけ」

「それは、どこの誰だ……?」

 ディードの問いに答えは返ってこない。アイゼリカの瞳から命の光は消失していた。

 死人となったアイゼリカは、濁った瞳でディードを見上げていた。死人に感情があるはずはない。しかしディードには、その視線が自分の弱い部分を抉ってくる気がした。

 ディードは膝から崩れ落ち、その場に蹲った。喉奥から上ってくる不快感を解放し、盛大に嘔吐する。まるで胃が握り潰されているかのように、止め処なく反吐が溢れ出す。

「畜生。畜生!」

 出てくる言葉は、いつも決まって同じだった。拳を舗装路に叩き下ろす。皮が破れて血が出るのも構わずに、何度も何度も殴りつける。

「いつもいつも、どうして俺はこんな結末しか選べないんだよ!」

 殺人者の慟哭が、ソニス市に響き渡っていく。


 その様子を、倉庫の陰から悪霊が観察していた。

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