第8話 決闘
レオが塔に挑んでも問題が無いか否かを試すための決闘――ソフィアを納得させる、という、それだけのために行なわれるはずだった決闘は、いつの間にやら大量の観客を抱えていた。
「なんか、オーディエンス……見物客が多すぎない?」
教会が保有する訓練場の隅で、レオがクロニクルに話しかける。
「それは、もちろん! レオは、この私が推薦した人材だからね。君がどの程度まで戦えるのか、気になっている人は多いだろうさ」
「そっかぁ、お前のせいかぁ」
きっと、レオの実力について、かなりオーバーに胡散臭く説明したに違いない。
楽しそうに説明をするクロニクルの姿を容易に想像できて、レオはひとつ、大きくため息をついた。
「あ、そうだ。訊こうと思ってたんだけど、聖人って、そんなに……こう、有名なの?」
思い出したようにレオが問いかける。クロニクルは逡巡ののち、そうだね、と返した。
「一部では、それなりに有名かな。特に教会においては、聖人という役職は絶大な発言力を持つ」
クロニクルの返答に、レオは「厄介そうだね」と言った。
「今回みたいな厄介事もあるけれど、便利な場面だって多いとも。たとえば、予約もなしに書庫に入れる、とかね」
華麗にウィンクまでしてみせたクロニクルにげんなりとしながら、レオは「予約してなかったんだ……」と呟いた。
「もっとも、聖人が存在することを知ってはいても、私の顔を知っている人は少ない。私の存在はトップシークレットなのさ」
「へー、そうなんだー」
レオは適当に相槌を打ちながら、訓練場に目を向けた。
レオの視線の先で、人波が割れる。
人波が割れてから姿を現したのは、白と青を基調とした立派な鎧に身を包んだ、ひとりの騎士だ。
「聖騎士だね。彼が、君のお相手だよ」
教会に属する騎士の全てが、聖騎士と呼ばれるわけではない。
教会に所属する騎士の中でも、エリートと呼ばれる類の騎士のみが、聖なる称号を手にできるのだ。
「騎士? 聖騎士? よく分からないけど、あの人、強そうだね」
昨夜には「決闘なんて面倒なだけで、何の得もないよ」とぼやいていたはずのレオの目が、好奇心を宿して僅かに光る。クロニクルは、それを見逃さなかった。
「ふふ、殺しちゃあダメだよ。それじゃあ、行ってらっしゃい」
訓練場は、闘技場というわけではないらしく、ただの広場のような様相をなしている。
レオを見物しに来た教会の人間や、物珍しさに集まってきた騎士らは、廊下のほうに集って、レオと聖騎士をはやし立てた。
クロニクルが笑顔で手を振って、レオを送り出す。それと同時に、聖騎士も、訓練場の中央まで歩み出てきた。
審判役の司祭が、屋根の下の日影から、軽く持ち上げた腕を振り下ろす――それが、開始の合図だ。
腕が完全に振り下ろされるよりも少し早く、重そうな鎧に見合わないスピードで、騎士がレオへ迫る。横薙ぎに振るわれた騎士の剣先がレオの目前できらめいて、レオはそれを剣で迎撃せずに一歩下がってやり過ごした。
くるくると回りながら、両者は踊るように、迫っては避け、再び迫っては避ける、と同じ動作を繰り返す。
「避けてばっかりじゃねえか!」
「腰抜けめ!」
野次馬の声が耳に届いて、レオは少しだけ、そちらに目を向けた。
エリートたる聖騎士がその隙を見逃すはずも無く、大振りの一撃をふるう。レオはそれを剣で受け止めて、少し顔を顰めた。
レオが大きく飛び退る。しかし、聖騎士がレオを追いかけて踏み込むせいで、思うように距離を離せない。
互いに刃を潰された剣で斬り結ぶ――レオの細腕は、膂力という点で、圧倒的に不利であった。
「……よろしいのですか、聖人さま」
「ん? 何がだい?」
審判の後ろ――近くまで来ていたクロニクルに気付いて、ソフィアは戸惑いつつ話しかける。
「このままでは、レオさんは、死んでしまいます」
「そうかな? これは、あくまで決闘であり、ただの試合だ。殺し合いじゃないのに、死者が出るのかい?」
誰がどう見ても、レオは劣勢だった。野次馬の中にも、当然のように、レオを応援する声は無い。
「あの聖騎士は……もともと、聖人さま直属の、聖人さまの護衛を行なっていた騎士、ですよね」
「あぁ、そうだね。わざわざ立候補したと聞いているよ」
肯定しつつも、クロニクルは聖騎士の顔を覚えていなかった。ひとりの聖騎士が護衛についていた、という過去の事実は記憶していても、護衛をしていた人物の名前や顔までは、把握していない。
「教会は今回、聖人さまが塔へ挑むことに反対しているようです」
「それは、そうだろうね。私は、今世紀で唯一の聖人なのだから、当然の反応だろう」
――聖人とは、ただ存在するだけで、人類に進化を促す存在である。
教会は、私利私欲のために、クロニクルの塔への挑戦を渋っているわけではない。ただ、クロニクルという人材を危険にさらすことは、人類の発展を妨げる行為であると、そう信じてやまないのだ。
「……くだらないですね」
ソフィアが呟く。クロニクルは、ソフィアの言葉に驚いた素振りを見せて、しかしソフィアの言葉の真意を尋ねようとはしなかった。
「教会内部での、そういう発言は控えたほうが良い。貴族なら、なおさらね。社交の場に出てから、苦労することになるよ」
――まぁ、私も、君と同じく、実にくだらないと思うけれど!
クロニクルが心なしか大きな声で言えば、聞き耳を立てていたらしい審判が、ぴくりと耳を揺らした。
「その……はい、気を付けます」
ソフィアが視線を地面に落とした。地面は、からからに乾いている。
「あの、それで……聖人さまは、レオさんを、塔へ挑む際の護衛として推薦した、と聞き及んでおります。対戦相手の彼は、それを知ってから決闘に立候補した、とも」
「うん、そうだろうね」
ソフィアは少しだけ迷ってから、震える声で問いかける――「レオさんは一般人です。武芸を少し嗜んだ程度の人間が、あの聖騎士に勝てるはずがありません。そして、あの騎士が決闘へ立候補することは、あなたなら分かっていたはず――あなたは、レオさんが負けるように、あえて仕向けたのですか?」と。
「さぁ、どうだろうね」
クロニクルは試合に目を向けながら言った。日の光が眩しかったのか、目を細めて、言葉を続ける。
「とはいえ、早とちりは良くない。レオは勝つさ」
「相手はあなたの護衛であったという誇りで以て、試合に挑んでいるのですよ。あなたが推薦した相手だから勝たせてあげようだなんて、そんな八百長をするような人柄でもありません。彼は確実に勝利を掴みに来ます、それこそ、レオさんを殺してでも――!」
クロニクルに固執しているなら、聖騎士は十中八九、憎悪を混ぜながら勝利を狙うだろう。
なぜなら、この決闘に勝利した者が、聖人の護衛という任務を引き受けることができる、と――聖騎士にはそう伝えられているからだ。
「結果なんて、誰にも分からないさ。そうだろう?」
クロニクルがうっそりと微笑む。
同意を求める彼の声が、ソフィアには、悪魔の声に聞こえた。




