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君が幕を開けるのだ  作者: 鈴木たまき
第一幕 異界の門

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第4話 贈り物

 ダンジョンの外は、森だった。

 先ほどまでレオの後ろを歩いていたはずのクロニクルが、勝手知ったるとばかりにレオを先導して街へ向かう。


 向かうのは、「勇者の塔」が存在する街、ヴァラー砦である。

 石造りの、堅固で武骨な見た目をした門を潜れば、小さくも活気に溢れた市場が目に入る。


「砦っていう名前のわりに、栄えてるんだね」


 行きかう人々の忙しそうな様子を見ながら、レオが言った。


「もっと殺伐としていて、男連中しかいないだろう、と……そう思っていたのかい?」


 クロニクルが問いかければ、レオは素直に、うん、と頷く。


「砦と言えば、戦争の要でしょ。そんな場所に、一般人が居ていいものなの?」


 レオの視線の先には、果物やら野菜やらを詰め込んだカゴを片腕に下げて、幼い子どもと手を繋いで市場を歩く女性の姿があった。

 どこか洒落たロングスカートを身に纏った若い婦人で、とても、戦に従事しているようには見えない――レオの見立て通り、彼女は一般人だろう。


「この砦は、戦を経験していないからね。あくまで、魔物が攻め込んできた場合に砦として機能することを想定して作られただけなのだよ」


 それに、とクロニクルが立ち止まって、指をさす。指先は、街の中央で空高くそびえ立つ、円柱型の塔を示していた。


「――勇者の塔、か」


 レオが呟く。クロニクルは「正解だ。さすがだね」と間の抜けた声で彼を褒めてから、歩みを再開した。


「勇者の塔は、ある日、突然、この街に出現した。勇者――先代の勇者が、自身の命と引き換えに残した建造物ではないか、と言われている」

「どうして勇者の仕業だって分かるの? 別に、勇者じゃなくてもいいじゃん」


 レオは興味など無さそうに、問いを発した。レオは、おそらく、答えが気になって問いかけたわけではないのだろう。


「こんな芸当ができるのは、勇者くらいのものだろう?」


 クロニクルは、にこりと笑って言った。


 あの塔が、勇者の塔と呼ばれるようになったのには、いくつかの理由がある。

 勇者本人の証言が教会に残っていることが最も強い理由ではある。しかし、あの塔が勇者の遺産であると誰もが信じて疑わなかった理由は、一夜にして巨大な塔を建築できるのは勇者だけだろう、という、市民からの信頼に拠るところが大きいだろう。


 クロニクルは、話しながら、大通りから少し逸れた小道に入った。レオは警戒を見せる様子も無く、クロニクルに付いて歩く。

 入り組んだ小道を通り抜けて、クロニクルは、迷いなく三階建ての宿屋に入った。


「少しだけ、部屋を借りても良いかい? 三十分で構わない」


 宿屋に入るなり、クロニクルは宿屋の店主らしき老婆に、そう言った。


「三時間でも構いませんよ。では、いつもの部屋へどうぞ」

「ありがとう」


 クロニクルは、じゃら、と音を鳴らしながら、財布代わりの布袋ごと、机の上に置いた。


「もう、十分にいただいていますよ」

「なぁに、使い道も無いからね。受け取っておくれ」


 老婆の言葉に、クロニクルは、にこやかな笑顔で言った。


 笑顔のままで、階段を登る。三階の廊下を歩いて、一番奥の、狭い部屋に到達すれば、クロニクルは、レオのために扉を開けてやった。


「どうも、ありがとう……こういう場所、使い慣れてるの?」

「ふふ、まぁ、それなりにね」


 こういう場所、というのは、こういった「裏」の店、という意味だろう。

 老婆が経営するこの宿屋は、もちろん宿屋として宿泊もできるが、他人の目を避けるためだけに、一時的に部屋を借りることもできる。密会はもちろんのこと、密輸など、違法な取引のために使われる場合もある。


「さすがに、人前でコレを出すのは憚られると思ったからね」


 クロニクルは、上着に隠されていたベルトから、大きめの袋を取り外した。袋の中から、片手だけの籠手を取り出す。一見すると、黒いだけの、ただの手袋にも見えるこれは、しかし、アーティファクトと呼ばれる類の、貴重な防具だ。


「魔王からのプレゼントだよ。上手に使いなさい、とのことだ」

「……そっか。売ったら怒られる?」

「売るのかぁ。怒られはしないだろうけど、さすがの彼でも泣くんじゃあないかなぁ」


 だよね、と言ったレオはあっけらかんとしていて、クロニクルは思わず苦笑した。

 そもそも、クロニクルの見立てでは、レオはこのプレゼントを大いに気に入っている。はじめから、売る気など毛頭ないだろう。


「それで、レオ。君はこれから、どうしたい?」


 籠手を色んな角度から見て調べるレオを微笑ましく眺めていたクロニクルであったが、しばらくして、レオに問いを投げた。

 名前を呼ばれたレオが顔を上げる。じっ、とクロニクルを見つめてから、視線を左下に逸らした。


「どう、ね……僕は、僕の弟のためになることをしたい、かな」

「それはまた、ずいぶんと曖昧な行動指針だねぇ」


 クロニクルの言葉に少しだけ不快そうに顔を顰めてから、レオは再び籠手に視線を落とした。

 対するクロニクルは、ふと思い立って、この暗い部屋とは対照的に、澄んだ色を見せる窓の外――青空へと、目を向ける。


 そうして、軽い沈黙が流れた。


「……情報かな」


 いつの間にか籠手を装着していたらしいレオが、ぼそりと呟く。

 視線は未だ、籠手に向けられたままである。


「なるほど、情報か。たしかに、君はこの世界に来てから日が浅い」


 クロニクルの「この世界についての知識なら、蓄えておいて損は無いだろうね」というセリフを聞いて、ようやく、レオは籠手から目を離した。


「情報収集といえば、図書館だよね。図書館とか、この時代に存在するの? 紙はまだ貴重品?」

「ふむ……紙は貴重品だが、図書館はあるとも。王室が所有する図書館と、教会が管轄する図書館の、二種類があるね。この街にあるのは、教会の図書館かな」


 クロニクルが脳内に地図を思い浮かべながら、さらさらと話す。

 レオはそれを難なく理解して、さっさと椅子から腰を上げた。


「じゃあ、教会の図書館に行こう」

「一般公開はされていないよ?」

「そう? でも、君ほど論理的な人が、わざわざ街にある図書館の話までしたんだ――まるで、今すぐにでも図書館に行けるかのような口ぶりでね。一般公開されていなくても、内部に入る方法はあるんでしょ?」


 レオの確信に満ちた問いかけに、クロニクルは笑顔を深めた。

 そうして、クロニクルも席を立つ。


「もちろん。今すぐにでも、教会の最高機密文書を見せてあげよう」

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