第18話 先代勇者の記録
異世界人と仲良くなった地球人なら、この塔を攻略できるはずだと、そう思っている。なぜなら、第一の試練は異世界人にとっては容易くも我々にとっては難しく、第三の試練は地球出身でなければ突破できないからだ。
そして、モンスターは倒さなければならない、という固定観念からも、挑戦者諸君は脱却できているはずだ。もっとも、テレビゲームを遊び慣れている子どもなら、ノンアクティブモンスターの存在について知っていても不思議ではないが。
なにはともあれ、君は、君たちは試練を突破した。おめでとう。
塔の設計者である自分が言うのはおかしいかもしれないが、この塔を攻略できる人が現れるかどうかは、賭けだったのだ。そもそも、今後、勇者が召喚される保証など、どこにも無かった。
けれど、まったく勝算の無い賭けだったわけでもない。魔王がいなくても、勇者は召喚されるのだから。
勇者は魔王の討伐のために、召喚される。魔王は魔物を操り人間を殺める、凶悪なモンスターだ。勇者には、最初に、そういう説明が行われる。
だが、それは違った。勘違いだった。第二の試練で見ただろうが、魔物は、彼らは、ただの動物に過ぎない。そういう生態系を持つ、ちょっとファンタジーなだけの、動物なんだ。
この塔は、それを伝えるためだけに作られた。いや、他にも伝えたいことは色々あったけれど、文字を書くのはあまり得意じゃないものだから。
特に、勇者がどの国から召喚されるのか分からない以上、君たちに読ませるための記録は、この世界の共通言語で記しておいた方が安全だろうし。たぶん。きっと。分からないけど。
塔は魔法でどうにかなったけど、本は、そういうわけにもいかない。全部の国の言葉で文章を綴るのは、大変だからね。
さて、そういうわけで、書くことは得意じゃないから、伝えたいことを早めに、さっさと記してしまおうと思う。
友人の功績が、後世に残らないのは、なんだかちょっと、寂しい気がするし。ついでに、我々の願いと、真実についても、君には、君たちには、知ってほしいと……そう思う。
我々の旅の目的は、魔王の討伐だった。でも、魔王なんてものは存在しなかった。
先にも述べた通り、魔物はただの動物だった。クマとかイノシシとか、スズメバチみたいなものだね。犬だって、全ての犬が人間に友好的なわけじゃない。それと同じだ。だから、魔物を統べる魔王なんて存在が、いるはずもなかった。
では、今、この世界に存在する魔王とは、何なのか?
結論から述べるならば、魔王は、我々の仲間だ。魔王という生き物ではなく、人間だ。それも、我々と同じ旅路を歩んだ、仲間なんだ。
当時の世界情勢について、説明しよう。人々は、魔王へと対抗するために、一致団結していた。
地球の歴史を知っているならお察しかと思うが……人は、何かに対抗するためには一致団結できても、平和な時代になってしまえば、戦争を始めてしまう。我々は、それを、そのことを、よく知っていたのだと思う。
だから、勇者パーティーの中で一番強い男を、我々の旅の友を、魔王に仕立て上げることにした。
最終的な決定を下したのは、リーダーである勇者、つまり、自分だった。
心苦しくはあったんだ。だから、君たちには、真実を知ってほしい。
魔王に仕立て上げられた友人について、話しておこう。
名前はイグナで、面倒見の良い、可愛い人なんだ。それでね、彼はすごい発見をした。彼は魔法の天才だったけれど、根源魔法だけは使えなかった。それでも、彼にはずっと、根源魔法が発現する人が見るっていう、神器が見えていたんだ。
そう、17歳を過ぎても、ずっと見えていたんだ。
イグナは結局、自分たちが知る限りでは、根源魔法の発現には至っていない。根源魔法が無くても、イグナはとっても強いしね。
でも、イグナはここで、ひとつの仮説を立てたんだ。根源魔法は17歳までに発現すると言われているが、実際には、年齢など関係ないのではないか?
さて、イグナはこういう仮説を立てたわけだけれど、魔王になったから、王国には帰還できない。我々がこの発見を横取りするのも、なんだか嫌だった。でも、この発見が――この仮説が正しかったとしても、間違いだったとしても――後世に残らないのだって、それはそれで悲しい。
だから、こうして、塔を建てることにした。
協力してくれたマリアには、とても感謝している。
いつか、人間たちが平和に過ごせるようになった暁には、また3人で旅をしよう。
「あと、君たち両想いなんだから、さっさと結ばれなよ――おしまい」
まるで一本の物語を読み終わったかのような口調で、クロニクルは手記を閉じた。
「17歳を過ぎても、根源魔法は、発現する……?」
ソフィアは、ぽつりと呟いた。静かで狭い室内に、その声が大きく反響する。
反響した自分の声に驚いたのか、ソフィアは肩を跳ねさせて顔を上げた。レオが、じっとソフィアを見ている。
「よかったね」
レオの小さなひとことで、ソフィアは泣きそうに破顔した。
小さく上がった口角から、掠れた声で「はい」と漏らす。声は、その表情以上の歓喜で満ちていた。
「ねぇ、ニック」
「……うん? あぁ、私のことか。その呼び名は、慣れないねぇ。……なんだい?」
クロニクルは日記を台座に戻してから、レオを振り返った。
レオは淡々とした瞳でクロニクルを見つめて、「この世界って、平和だと思う?」と問いかける。
「さぁ、どうだろうねぇ……ところで、私がどう思っているのか、それを聞いたところで、君の決断は変わるのかい?」
クロニクルは、にこりと笑って言った。
レオは気まずそうに、目を逸らす。目を逸らした先にいたソフィアと、視線がぶつかった。
「僕は、人間が……全人類が平和主義者になる時代は、来ないと思う。永遠に」
「それは、どうして?」
レオがようやく絞り出した言葉に対して、クロニクルが即座に質問を返す。
レオは、言葉に詰まった。
この世界に来てすぐの頃、レオは戦いに慣れていなかった。きっと、平和な世界で生きていたのだろう。
もしもレオが、平和な世界で、平和な時代を生きていたのならば――戦いの最中にないからこそ、人間の本質を、よく見てきたはずだ。
「人間は、他者の痛みを理解できない。自分の経験に置換して、理解した気になるだけ。だから……同じ痛みを実際に経験するまでは、何も気付けない」
レオの声の調子は、心なしか沈んでいた。
レオが何かを失った経験を持っているのか、あるいはただ歴史に共感しているだけなのか、それを判断できる人は、この場にはいない。判断していいものでもないと、直感している。
それでも、クロニクルの思考の片隅では、ひとつの仮説が無粋にも踊っていた。
レオは、誰にも理解されなかったのだろう。レオが抱く痛みや疵を理解できる人は、誰一人として、いなかったのだ。
――寂しい子どもだと、クロニクルは、レオのことを、そう思っている。
「だから、世界が真の意味で平和になる日は、きっと来ない」
レオはそう言ってから、ちらりとソフィアを見た。少しの葛藤を瞳の中に覗かせつつ、おもむろに、身に着けていた籠手――魔王からプレゼントされた籠手に、手を伸ばす。
するりと籠手が外された。紐が解かれて、手袋じみたそれの奥に隠れていた刻印が、露わになる。
ほんの少しだけ目元を細めて、レオは白い人差し指の先を、唇に沿えた。
「――このことは、秘密だよ」
ソフィアの視線は、吸い込まれるように、レオの刻印へと奪われたままだった。




